第026話 隠し切れなくなった本性

「キョウ!! うわぁーん!!」

「おわっ。よしよし……」


 俺が壊れた船を見上げていると、横からコレットが抱き着いてきて大泣きし始めた。俺は困惑したものの、落ち着くまで背中をポンポンと撫でてやった。


「仕事は大丈夫なのか?」

「うん、ぐすっ……船がこの状態じゃできないだろって」

「そりゃあ、そうだな」


 こんな状態じゃ仕事なんてできるわけないか。


 船はコレットにとって両親の形見。そして、彼女の商売道具だ。それが壊されたとなれば、彼女も悲しみで一杯だろう。


 その責任者の人が優しい人で良かった。


「コレット!!」


 コレットを慰めていると、焦った様子で声を掛けてくるウィルの姿を見つけた。


「ウィル兄? なんでここに?」


 ウィルがやってきたことに目を丸くするコレット。

 彼女は俺から離れた。


「ああ。コレットの船が壊されてしまったと聞いてね」

「そうなんだ。来てくれてありがとう」


 ウィルが来てくれて安堵するコレット。

 やはり幼馴染というのは家族以外で一番近しい間柄。

 信頼できる人がいると安心できるんだろうな。


「おじさんとおばさんに頼まれているからね。このくらいなんでもないよ」


 ウィルは話しながら、俺の方にちらちらと視線を送ってくる。

 俺の顔に何かついているんだろうか。


「これじゃあ、コレットは仕事ができないね。新しい船を買ってあげるよ」


 ニヤニヤした笑みを浮かべたウィルがコレットに提案する。


「んーん、賠償金を肩代わりしてもらってるのに、船まで買ってもらうのは悪いよ」

「でも、どうするんだい? 船がなければ僕への返済もできないじゃないか?」

「それは……」


 コレットは断ったけど、図星を疲れて言葉を失った。


 船がなければ彼女は仕事をすることができない。そうなると、借金を返済できてもこれからの生活が立ち行かなくなる。


 普通の仕事をするにしても探すのだって大変だ。


 俺がいる間は良いとしても、俺は宇宙船を手に入れたら、ここを旅立つつもりだ。その後のことまではどうにもできない。


「それに、僕だって慈善家じゃない。返す当てがないのなら、君の財産を指し終えることになっちゃうけど……」

「え、そんな……」


 さらに続けられたウィルの言葉を聞いて、コレットは絶望的な顔になっていた。


 確かに借金の返済の当てがないなら、彼の立場上少しでも回収できるようにしなければならない。


「でも、そうだな……全部丸く収める方法がないこともないよ?」


 コレットの顔を見て、ウィルは少し考え込む仕草をした後で顔を上げて言った。


「え、どんな方法?」


 コレットは早く話してと言わんばかりにウィルを催促する。


「それはコレットが僕の家族になることさ。家族なら借金返さなくてもいいからね」

「どういうこと?」


 ウィルが言ったことが理解できずにコレットは首を傾げた。

 ああ、そういうことか。ウィルの言いたいことが分かった。


「ん? 僕とコレットが結婚するって話さ」

「え!? なんでそうなるの!?」


 なんでもないことのように話すウィルに、コレットは目を見開いて驚く。

 突然そんな話をされても受け入れられるわけがない。


「僕と結婚するのは嫌なのかい?」

「だってウィル兄は私のお兄ちゃんみたいな人で、家族だからそんな風に考えたことは一度もないし……」


 それが今まで唯一の家族だと思っている相手ならなおさらだ。

 家族は親愛という意味で一番近しい相手だけど、恋愛という意味だと一番遠い相手のように思える。

 そんな相手をいきなり異性としてみろ、と言うのは無理がある。


「これから考えてくれればいいさ。そうすれば、すべて丸く収まるんだからさ」

「……」


 ウィルの言葉にコレットは俯いて黙ってしまう。

 コレットは今頭の中がぐしゃぐしゃになっているだろう。

 考える時間が必要だ。


「止めろ」

「なんだい。部外者が口を挟むのは止めてくれないか」


 口を出したら、ウィルが忌々しそうな顔をして俺を睨みつけてきた。

 そんなことで怯む俺じゃない。


「どう見てもコレットが困っているだろ。それに借金の返済なら問題なくできる」

「へぇ~、そんなことができると?」


 引き下がらなかったら、ウィルが虫でも見るかのような目で俺をあざ笑う。


「あぁ、勿論だ」

「ふーん。分かったよ。今日の所は帰ろう。突然のことでコレットも驚いているようだし、ゆっくり考えてみてくれよ」


 ウィルは勝ち誇った方な笑みを浮かべてハンガーから帰っていった。

 俺が何もできないと思って舐めているみたいだな。


「大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫だよ。びっくりしただけ」


 俯いているコレットに話しかけると、彼女は放心状態のまま呟いた。


 これはどうにもならないな。


「そうか。ひとまず家に帰って休もう」

「うん、そうだね」


 俺はコレットの肩を叩いて、彼女を家まで送り届けた。




◆第三者視点◆


「おい、いったいどういうことだ?」


 ウィルは自家用車に乗り込むと、直ちに部下に問いただす。


 キョウは昨日死んでいるはずだった。しかし、船を失って悲しむコレットの許に駆けつけたら、そこにはいないはずのキョウの姿があった。


 ウィルはその理由を確認せざるを得なかった。


「はっ。申し訳ございません。全て返り討ちにあったようです」

「なんだと!? 最新鋭の戦闘型アンドロイドを送ったんじゃないのか?」


 部下の報告に、ウィルは目を見開いて聞き返した。


 それもそのはず。


 ウィルが用意したアンドロイドは戦争の兵士としても使われて、格闘技術や兵器が多数詰め込まれており、普通の人間が勝てるような相手ではなかった。


「はい、その通りです。しかし、全機戻ってきませんでした」

「まさかそれほどの戦闘能力があるとは……誤算だったな」


 キョウが軍事アンドロイドを倒す程の力を持っていることなど分かるはずもない。

 ウィルの部下達が測り間違えたのも仕方がないことだった。


「何かいい考えはあるか?」


 ウィルはすぐに頭を切り替えて、次の作戦を考える。

 簡単に割り切れる辺り、ビジネスマンらしい。


「そうですね、逃げ場のない宇宙で処理する方が安全かと。証拠も残りませんし、いくら戦闘力が高いと言っても船ごと爆破すれば、確実に殺せるでしょう」

「そうだな。宇宙に出るような依頼を出しておびき寄せるとしよう。手配しておけ」

「承知しました」


 ウィルは部下の提案に頷いて指示を出した。

 部下の言う通り、船を爆破してしまえば、生身の人間が生き残れるはずもない。


「全く忌々しい奴だ。コレットの前で僕に恥をかかせるなんて絶対に生かしておかないぞ。確実に殺してやる。それにしても次に会うのが楽しみだな。泣きついてくるコレットが目に浮かぶよ」


 自分に縋りつくコレットの姿を想像して、ウィルは恍惚の表情を浮かべていた。

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