第018話 セレブリティな奥様

「まぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ!! これはどういうことかしら!?」


 数時間後、テンタークと俺がいる庭に甲高い声が響いた。そちらに顔を向けると、上品な服装の女性が立っている。


 つばの広い帽子を被り、ウェーブのかかった長い金髪を煌かせ、サングラスを手に持っている。セレブな奥様って感じだ。


 彼女はその端正な顔を歪ませて驚いていた。


 多分この家の奥さんだ。

 テンタークを勝手に外に出したから怒られるかもしれない。

 大丈夫だろうか……。


「ど、どうされましたか?」


 そう思って身構えながらその女性に尋ねた。


「テンタークちゃんがあんなに楽しそうにしているなんて信じられないわぁ!! 私にもあんなに嬉しそうな姿は見せてくれないのよ?」

「そ、そうなんですね……」


 奥さんは目を輝かせて俺との距離を詰めて力説する。

 俺はその勢いにタジタジになってしまう。


 意思疎通ができない相手を喜ばせるのは至難の業だ。

 でも俺は魔法でテンタークの気持ちを知ることできる。

 だから、そんなに感激されると恐縮してしまう。


「そうなのよ? あなたはテンタークちゃんに何をしてくれたのかしら?」


 少し落ち着いた奥さんが俺から離れて首を傾げた。

 とても絵になる姿だ。


「私はただ、石を取ってくる遊びをしていただけですよ」

「まぁまぁ、そんな遊びがあるなんて知りませんでした。私もやってみてもよろしいかしら?」


 奥さんが俺たちがやっていた遊びに興味を持つ。

 こんなセレブな人がやるようなものじゃないと思うけど……。


 俺は奥さんの後ろに控えているジャンさんに視線を向ける。彼はしっかりと頷いた。


「はい、私が許可するようなものでもありませんし」


 ジャンさんの許可が取れたので、これ以上俺が言うことは何もない。


「ありがとう。見本を見せていただけるかしら?」

「分かりました」


 俺は奥さんの要望に応えて、何度かテンタークに石を取ってこさせた。


「テンタークちゃんはこういう遊びが好きなんですねぇ」


 その様子を見ていた奥さんは満足そうな顔で頷いている。


「それじゃあ、私もやらせていただきますね」

「はい、どうぞ」


 やり方を覚えた奥さんにクリーンでこっそり綺麗にした石を渡す。

 テンタークにもちゃんと奥さんの言うことに従うように指示しておく。


「えい!!」


 奥さんは思いきり石を投げた。意外にもその見た目に反して結構遠くまで石が飛んでいった。テンタークはウネウネとその石を追ってキャッチする。


「まぁ!! まぁまぁまぁ!! よくできました、テンタークちゃん!!」


 石を取って戻って来たテンタークを見て奥さんは感激して大喜びした。

 パチパチと手を叩いて飛び跳ねそうな勢いだ。


「それじゃあ、もう一度いきますよ!!」

「オロロロロロロロッ」


 それから奥さんが満足するまで石投げは続けられた。その間も俺のSAN値は下がり続けた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 テンタークを檻に戻した後、奥さんから依頼完了のサインを受け取った。


「キョウ様、ちょっとお時間ありますか?」


 帰ろうと思ったところで奥さんに声を掛けられる。


 うーむ。この依頼でかなり稼いだので、今日はこれ以上働かなければいけないわけじゃない。それに、こういうお金持ちか有力者とのつながりはあった方がいいかもしれない。


「はい、特に予定はありませんので」


 俺は少し考えた後、打算的に頷いた。


「それではお茶でも一緒にいかが?」

「ぜひご一緒させていただきます」


 俺は彼女に従って庭の一角に設置された東屋に案内された。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 東屋の椅子に腰を下ろすと、すぐにメイドがお茶と茶菓子を持ってやってきた。奥さんはティーカップをとってお茶を口に含む。


「今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、私は仕事をしただけですので」


 ティーカップを置いた奥さんは俺に深々と頭を下げる。

 俺は慌てて体の前で手を振った。


 SAN値が削り取られる以外は、魔法を唱えて普通に遊ぶだけの簡単なお仕事。

 そんなに感謝をされるようなことをしたわけじゃない。

 

「いいえ、今まで最後までやり遂げた人がいませんでしたもの。とても感謝しております。忙しくてなかなかテンタークちゃんを構ってあげられませんので……」

「ははははっ。私でよければ、このコロニーにいる間でしたら、依頼をいただければ、お受けしますよ」


 これだけ感謝されて悪い気はしない。

 それに、かなり割りが良くて楽な仕事だ。頼まれれば受けてもいい。

 混乱耐性や苦痛耐性を上げる魔法を使えば、俺の心も守れるはず。


「まぁ、本当ですの? それなら次回は指名依頼を出させていただきますわ」


 彼女を目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」

「……キョウさんは変わっていますのね」

「そうですか?」

 

 俺はただゲームが好きなだけの普通の大学生。

 そんなに変わった性格をしているつもりはないんだけど。


「はい、誰もがテンタークちゃんの見た目を見てすぐ逃げ出しますのに」

「あははは……それは……」


 テンタークの見た目に関しては答えようがない。

 ただ、それが依頼クエストなら最後までこなすのがゲーマーってものだろう?


「私も分かっております。テンタークちゃんの見た目が他の方にとって受け入れがたいということは」

「……」


 奥さんは、少し遠くを見て話し始めた。

 俺は邪魔をせずに黙って話に耳を傾ける。


「あの子はこのコロニー内に持ち込まれた違法な生物ですの。数カ月前、違法生物を扱っていた店で事故が起きて、彼らは外に逃げ出しました。勿論そのような行為は帝国法に反しておりますので、すぐにその店は閉鎖。関わっていた人間は皆、宇宙監獄行きとなりました。しかし、コロニーには行き場を失った生物たちが後に残されました。私は違法を止められなかった責任をとって捕まえられたテンタークちゃんを引き取りましたの」

「そうだったんですね……」


 まさかテンタークにそんな過去があったとは……。

 あいつも被害者だったんだな……。

 それにこの人多分かなり偉い人だ。

 法を取り締まる側の人間なのかもしれない。


「はい……ただ、あの時逃げ出した生物にはまだ捕まっていないものがいます。このコロニーのどこかにいると思うのですが、一体どこに居るのか……それだけが気掛かりです……」


 悲し気な表情をする奥さん。


「……っと暗い話はここまでにいたしましょう!! さぁさぁ、このお菓子は美味しいですよ?」


 しかし、奥さんはハッと我に返ってパンっと手を叩いて、上品な仕草でお菓子を食べてみせる。


「いただきます」


 俺は奥さんの勧めに従ってお菓子を食べた。


 その後は、楽しく雑談をしてその場を後にした。

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