第16話

 不機嫌なまひるの後ろをついていくと、彼女は突然立ち止まった。


「どうした?」

「だれか……いる」


 まひるの肩越しに通路の奥を見る。壁に大量の血しぶきがついており、通路上には叩き潰された魔物の死骸が散らばっていた。


「これは、鈍器だな……でもウルカのとは違う」

「ね、冬弥くん。デバイス確認できる?」

「あ、そっか」


 デバイスに赤い点が表示されれば少なくともローカスト・ガーデンの生徒であると確認できる。もしも赤い点が表示されていなければ、それはデバイスを持たない人物。つまり学校の外の人間である可能性が高い。


 冬弥がマップを開いて確認すると、表示された赤い点は四つ。二つは自分とまひる。さっきよりも離れた場所にもう二つ。こちらはウルカと吉田だろう。


 五人目を示す点はない。


「生徒じゃないな」

「もしかしたら闇ギルドかも……」

「闇ギルド? っていうかギルドって?」

「ギルドっていうのは盗墓屋の組合のことだよ。盗墓屋ギルドはそれぞれ自分たちの管轄をもってて、所属している盗墓屋はその管轄内でしか盗墓しちゃいけないの。他の管轄で盗墓していいのは申請書を提出したときか救援要請があった場合だけ。闇ギルドっていうのは、そういう管轄のルールを無視していろんなところで好き勝手に物資を回収する無法者アウトローのことだよ」

「ウルカたちが救援要請をした可能性は?」

「ないと思う。あったとしても他の管轄からこんなにすぐにはこれないよ」

「それもそうか」


 魔物の死骸を通り過ぎるとき、冬弥は死骸を見下ろして。


 魔物は巨大なネズミのような姿をしていたようで、二本の大きな前歯がついた頭部が残されている。


 胴体部分はぐちゃぐちゃにすりつぶされており、直視するのもはばかられる状態だ。


 背後から襲われたのか、下半身にいくほど酷い有様だった。


「ん?」


 ふと、冬弥は死骸の奇妙な点に気がついた。


「なあまひる。この死骸、なんか変じゃないか?」

「なにかって?」

「前足はあるのに、後ろ足がない」 

「いわれてみればそうだね。でもこういう魔物なのかもよ? 魔物って、その環境によって大きく姿が違う場合もあるし」

「そうなのかな……」

「それか、後ろ足が千切れて水路に落ちたとか。どっちにしてもいまは魔物の死骸より、どこかに潜んでる謎の人物に警戒したほうがいいと思うな。はやくウルカちゃんたちと合流しようよ」

「それもそうだな」


 冬弥は立ち上がり、二人は再び奥へと進んだ。


 デバイスに表示されている赤い点を目指して進んでいく。


「そこの脇道だな」

「うん」


 冬弥の指示を聞いて、まひるが角に差し掛かる。すると角の向こうから風を切る音が聞こえて、冬弥は反射的にまひるをつき飛ばした。


「っぶねえ! なんだいったい!?」


 なんとかナイフで受け止めたものの、眼前にはスレッジハンマーのヘッドが迫っている。


 冬弥はハンマーの持ち主を見て強烈な胸騒ぎを覚えた。


 黒い半袖のパーカーに迷彩柄のハーフパンツ。


 腕や足など肌を一切露出させないように巻かれた包帯。


 フードの下の顔までもを巻き隠した包帯男マミーマン


 目の前にいたのは、かつて冬弥の相棒を破壊した人物だった。


「お前----っ!」

 

 叫んだ瞬間、包帯男の蹴りが腹部に突き刺さる。冬弥は自ら後ろに飛びのいて、水路に着水した。


「止まって! 誰なの!?」


 通路上にいたまひるがクロスボウを包帯男に向けた。


 けれど包帯男は彼女に見向きもせず、スレッジハンマーを片手で軽々と振り上げると、まひるの手からクロスボウが消えた。


「え……」


 唖然とするまひる。彼女の背後に破壊されたクロスボウが落下した。


「…………」


 包帯男は硬直しているまひるの頬に手の甲を叩きつける。


「あっ!」

「まひる!」


 冬弥が水路に落ちたまひるに駆け寄ろうとすると、包帯男は床を蹴って跳躍し、冬弥めがけてスレッジハンマーを振り下ろしてくる。


「そんな見え見えの攻撃が通用するかよ!」


 冬弥は先ほどやられたお返しと言わんばかりの強烈な前下痢を包帯男の腹部にぶちかました。


 包帯男は通路の壁に背中を打ち付け、腹を抑えてうずくまる。


「どうした? 前はそんなもんじゃなかったはずだ」


 いまの攻防で力の差は完全に把握できた。


 全力の五十分の一。冬弥はそのくらいで倒せると予測した。しかもこれは万全のコンディションではなく、荷物を背負ったいまの状態での話だ。


(おかしい。前に襲われたときは、少なくとも単純な力勝負なら五分だったはずなのに)


 相手が格下であるとわかっても冬弥は警戒を解かない。


 自分も全力を出していないように、相手もまたなにかを隠しているはずだ。


 げんに包帯男は例のメスのような右腕を使ってこない。出し惜しみしているのか、それとも何らかの条件がそろわないと使えないのか。

 

 いずれにしろなにが飛び出してくるかわからない以上、慎重になるにこしたことはない。


 冬弥が様子を伺っていると、包帯男はスレッジハンマーを杖代わりにして立ち上がった。


 息が荒い。さきほどの前蹴りがかなり堪えたようだ。やはり、弱い。


 いっそ一気に片をつけてしまおうか、と考えていると、包帯男はおもむろにハーフパンツのポケットに手を入れた。


 直後、冬弥の頭上で強烈な閃光が瞬いた。


 爆音とともに天井が瓦礫の雨となって降ってくる。冬弥は避ける必要もなく、ナイフで落ちてくる瓦礫を片っ端から弾いていく。


 視界の端で包帯男がスレッジハンマーを振り上げているのも見えた。投げてくるつもりだ。


 こんな子供だましが通用するわけがない。たとえあのハンマーを投げられても冬弥は十分対応できる。


 包帯男はそんな冬弥の力量を知ってか知らずが、振り上げたスレッジハンマーを投げつけてきた。


「冬弥くん!」


 弾き返す体勢は整っていた。けれど、迫りくるハンマーの間にまひるが割り込んできた。


「まひる!?」

「ああっ!」


 まひるの体が回転するハンマーに弾かれ、宙を舞う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る