第15話

「ここは……?」


 奈落の底に着地した冬弥。周囲は冷たいコンクリートで覆われている。


「下水道か? 水は流れてないみたいだけど」


 灰色の床の上には、ホームセンターから落ちてきたであろう棚や家具が瓦礫に埋もれている。


 上を見ると、ぽっかり空いた穴にホームセンターの天井が見えた。


 穴までの距離はざっと三メートルほど。横幅は五、六メートルはある四角いトンネルになっている。どうやらここは周囲の下水の合流地点になっているようだ。 


 右か左のどちらかが外の田んぼを横切る川に繋がっているはずだと冬弥は予想した。


 人差し指にツバをつけて風向きを調べる。


 左の通路から風が吹いていることが確認できた。


「出口はこっちか……。外に出る前に、まずはみんなと合流しないとな。ええと、これか?」

 

 冬弥はデバイスを確認した。マップアプリのアイコンをタップすると、モニタが緑色の画面を表示した。画面の左隅に赤い点が二つ固まっている。二つの点から少しこちらに近いところに、一つだけ孤立した点があった。


「まずいな、だれかわかんないけど一人離れてる。はやく合流しないと」


 冬弥は出口と反対側、左の通路を進んだ。


 天井、つまりホームセンターの床はところどころ開いており、ホームセンターの天井から降り注ぐ光が点々と下水道を照らしている。


 当然だが、上よりも暗い。


 それでも冬弥は臆することなく進んでいく。


 しばらく歩いていると、アーチ状の巨大なトンネルのような下水道に出た。


 どうやら冬弥が歩いてきた場所は田んぼ側から流れてくる脇道だったようで、ここが下水道の本流のようだ。


 下水道の中央部分にはまだ微かに水が流れていたため、冬弥は壁の両端に敷設ふせつされた細い通路を歩き始めた。


 ここの天井が一部崩落しており点々と光が降り注いでいるものの、脇道よりも薄暗い。


「暗いな……使うか」


 冬弥は手のひらを上向きに開いた。


 すると彼の手のひらの中に、赤い炎が灯る。


 魔法の炎の光を松明代わりに進んでいく。


 やがて曲がり角に差し掛かったところで、デバイスの赤い点もこちらに近づいてきているのがわかった。


「おーい、迎えに来たぞー」


 冬弥が呼びかけると、角の向こうから「冬弥くん!?」という声とともに、小走りに駆け寄ってくる音が聞こえた。


 角から姿を表したのは、まひるだった。


「よかった、無事だった----うわ!?」

「冬弥くん! あえてよかった!」


 まひるは合流するや否や、冬弥の胸に飛び込んできた。


「ど、どうした?」

「デバイスのモニタが割れちゃってすごく不安だったの!」

「そ、そっか」

 

 ぎこちない動作で頬を掻く冬弥。


「あ、ご、ごめんね! 急に抱きついたりして!」

「いや、大丈夫」


 たぶん計算ずくなんだろうなぁ、と冬弥は自分に言い聞かせる。


「冬弥くん、計算だと思ってるでしょ」

「え!」


 図星をつかれて固まる冬弥。

 

「顔にかいてあるもん」


 まひるはぷくっと頬を膨らませた。明らかに演技だが、ドキッとする。


「もう、酷いよ冬弥くん! 本当に不安だったんだからね!」

「あ、ああ。ごめん」

「計算なのは半分だけだよ! もう!」

「半分は計算なのか……」


 女って怖い。冬弥はそう思ったが、同時に疑問も抱いた。


「そういうのって、正直にいっちゃっていいのか?」

「んー? どうせウルカちゃんがバラしちゃったし、冬弥くんにはそこそこぶっちゃけちゃおっかなと思って」

「ああ、そういうこと」

「だからね、実は冬弥くんだけなんだよ? わたしが本音で話せる男子は」


 まひるはそういって振り返り、「さ、いこ」といって歩き始めた。


「……え? ちょっとまって、いまのってどういうこと?」

「教えてあげなーい」

「それも計算? 本当は俺を都合よく利用しようとしてる?」

「かもねー」


 もやもやしながらまひるの後ろをついていく。


 彼女は、小型の懐中電灯で足元を照らし進んでいく。


「冬弥くんて魔法も上手なんだねー」

「まぁそれなりに」

「魔法って便利だよね」

「めちゃめちゃコスパ悪いけどな。魔法で焼いた肉を食べても魔法を使うカロリーのほうが大きいってよくいうし」


 魔法はかなり体力を使う。もしも魔法で銃弾と同じ威力を出すくらいなら、素直に銃弾を使った方が圧倒的にマシだ。


 中世ころの剣と魔法の時代なら魔法は人々が使えるエネルギーの主役だったけど、科学が発達した現代において魔法は機械の起動やスポーツに使われる程度のものになった。


「そりゃあ機械を使ったほうがずっと効率がいいもん。自分のエネルギーを消費するより石炭とか石油のエネルギーを消費した方が楽だしね。でも、もしも魔法がなかったら、わたしたちは火も水も電気も使えなくていまごろ本当に人類が滅亡してたかも」

「そうかもな。まひるはどんな魔法が得意なんだ?」

「普通に火をだしたり水をだしたりできるくらいだよ」

「本当に?」

「本当だよ?」

「ウルカが言ってた、特別な魔力探知は?」

「できないよ」


 まひるははっきりそういったが、相変わらず嘘か本当かわからない。


 しかも会話が途切れてこれ以上探りを入れることもできない。


 黙々と歩きながら、彼女の背中で揺れる黒髪を見つめ、冬弥は思考を巡らせた。


 まず思ったのが、まひるはずるいということだ。


 無害な雰囲気で親し気に話しかけてきておきながら、その実態は男を弄ぶ魔性の女。正直、幻滅した。


 その事実にこちらが気づいて警戒しても、人懐っこい笑顔と巧みな演技でするりと懐に入り込む。


 なのにこっちが興味を示せばとたんに素っ気ない態度が返ってくる。追いかけてはいけないとわかっているのになぜか追いかけたくなってしまう。


 長いことシンプルな会話を好むアスダリアと関わってきた冬弥にとって、つかず離れず本音を隠して翻弄してくるまひるは怖くもあったし気になる存在でもあった。


「ああ、そっか。だからか」

「? なにが?」

「あの時すごく嬉しい気がした理由」

「あの時って?」

「校長室の前でまひるが本当の笑顔になったときのこと」


 冬弥がさらりというと、まひるは勢いよく振り返った。


「な、なに!? なんなの!?」

 

 まひるは目を見開いてずいぶん動揺している様子だった。柘榴石ざくろいしのような大きな赤い瞳と視線が交わり、むしろ驚いたのは冬弥の方だ。


「ど、どうした? そんなに慌てて」

「え? あ、いや……」まひるは、すぅ、と目を閉じ、いつもの仮面のような微笑みを浮かべた。「別に? なんでもないよ?」

 

 瞬時に平静を装うまひる。


 また、冬弥の胸に熱いものが込み上げてくる。


「いまさ」

「うん」

「まひるがすっげー可愛く見えた」

「うん。先、急ごうか」


 まひるは振り返って歩き出す。 


「意外と大きいんだな、目」

「黙って歩こうか」


 声のトーンが少し低い。そんな変化も楽しい。


「なんで普段は薄目なんだ?」

「怒るよ?」


 これ以上は駄目だ。冬弥はそう思って話を変えることにした。


「ところで、俺たちはどこにむかってるんだ?」

「さっき向こうから物音がしたの。確認しておこうと思って」

「物音? じゃあ、なんで逆方向に来たんだ?」

「だって魔物とかだったら嫌だもん。もし魔物だったら冬弥くんやっつけてね」

「お、さっそく借りを返すチャンスが巡ってきたかな」

「違うよ。これはセクハラの代償」

「え、さっきのセクハラなの?」


 まひるは答えず、ずんずん歩いていく。


 まぁいいかと心の中で納得する冬弥。それくらいの価値がさっきのまひるの表情にはあった気がする。


(さて、こんどはどうやって本音を引き出してやろっかな。……って、ちょっと悪趣味だな)


 しつこい男は嫌われますよ、と囁くアスダリアの声が聞こえた気がした。

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