第5話 脱出成功

 ニット帽をかぶり、ノートパソコンを手に持った少年がやってきた。

 遊園地に遊びに来たお子さんかな?


「ごめんね、ボク。今とってもいそがしいんだ。あっちのジェットコースターがたのしそうだよ!」


「板出さん、ボクだよ。【真実直通】のシュダ。電車を乗り継いでたから遅くなっちゃった」


「えぇっ! だって……フリーターだって!」

「中学生って言ったら相手にしてくれないでしょ? 中学生だけど、謎解き脱出成功率は高いんだよ。まぁ、そのことはまた後で話そう。今は板出さんの無実を証明しなきゃならないからね」


〝消し炭のタツ〟は【真実直通】の身元証明カードを見せられ、仕様がなくシュダくんと相対した。

【真実直通】の調査員と警察官とは、年齢の差や経験の差がいくらあろうとも、対等な立場で話さなければならないとされている。

あくまで事件を捜査するメインは警察であり、【真実直通】はセカンドオピニオン。被害者と容疑者と警察官以外の第三者の目線。警察はそれを無視してはならない。


「【真実直通】は民間人に警察の真似事をさせる。それが透明性だの多様性だのもてはやされているから、こういうことが起こる。ガキに事件の何が分かるってんだ?」


「謎を解いたあと、偽物の爆弾には「スタッフより」という言葉。観覧車のスタッフがゴンドラを操作したことで観覧車に閉じ込められた客を助けるヒーローを演じたと。このエンディングはつまらない。トゥルーエンディングは他にある」


〝消し炭のタツ〟こと消炭刑事はシュダくん相手に睨みをきかした。

 でもシュダくんは大して気にしていないように消炭刑事の横を通り過ぎた。


「板出さん、ボクはさっき言いましたよね、このゴンドラの中が一番、この遊園地の様子を見渡せるポイントだと」


「だから犯人がこのゴンドラに乗っているんじゃないかって仮説を言っていましたね」


「そう。その仮説はあながち間違っていなかった。さっきボクがこの観覧車の前に着いた時、ちょうど板出さんが正解の操作をしていた時だった」


【酒を献杯、背に刻め、凍える唇、未だ見ぬ茜空へ。】


 南に10、北に12、東に5、西に7!

 その操作をちょうど終えた時、空からカギが降ってきた。


「そう。謎を解いたとき、カギが降ってきましたよね。爆弾は偽物だった。ゴンドラには何も仕掛けられていなかった。ならば、正解の操作を行なったところで普通ならばカギが降ってくるはずがないんです。観覧車には何も仕掛けられていなかった。最初の異音アラームも、最後の『ゴゴゴゴゴゴ』『カチリ』っていう正解音も、犯人が流していたんです」


 非日常を演出していた。

 非現実を自作していた。

 自作自演。だったってこと、か。


「このゴンドラには何の仕掛けも施されていない。それなのに、どうやってカギは降ってきたのか?」


 謎に正解した時に、犯人がカギを落とした?

 このゴンドラの中から!


「〝酒を献杯、背に刻め、凍える唇、未だ見ぬ茜空へ〟この暗号の通りにゴンドラを動かした時、爆弾の仕掛けられていた支柱の真上、つまりゴンドラの一番上からカギを落とすことができるのは何番のゴンドラか?」


 僕はゴンドラを見上げた。

 爆弾が偽物だと分かり、少しずつゴンドラを動かして、閉じ込められていた被害者を救出していく。

 一組ずつ、密室から脱出していく。


 未だ見ぬ茜空へ。西に7番ゴンドラがある時に、一番上にいたのは10番のゴンドラだった。


 10番のゴンドラの扉が開いて、中に乗っていた人が降りる。出てきたのは……、ボーダー柄のシャツを着ていた青年。


「見事脱出成功、か」


 彼がこの爆弾予告未遂犯だったのか。

 見た目は不思議でもなんでもない。言っちゃなんだが、どこにでも居そうな外見の青年だった。


 未遂とは言うが、初めから爆弾を仕掛けるつもりは無かった。慌てふためく僕たちを、見晴らしのいい場所から眺めていたのだろうか。


 揺れる密室に守られ、

 高みの見物をしていたなんて。


 許せない。

 こんな奴のために他のスタッフたちは、あるはずの無い爆弾を探して、来るはずのない危険から他のお客様たちを守っていたというのに。


 僕が前に出て今にも犯人に掴みかかろうとした時、シュダくんがその細い腕で僕を制した。

 シュダくんは謎解きが好きな中学生だ。犯人の気持ちが一番分かるのかもしれない。

 ありがとう。僕は君のおかげで救われた。

 冤罪からも。爆弾からも。


 シュダくんが一歩進み出て、言った。

非日常ゲームは楽しかったよ。でも、誰かを傷付ける謎を作るのだけは。あなたとは普通に遊びたかったよ。じゃあ、現実に戻ろうか。日常が待っているよ」


 シュダくんがゴンドラから降りた犯人を先へと促す。

 犯人の目前には、刑事たちと、到着したばかりの爆弾処理班が待ち受けていた。


 現実を裏切った彼にお似合いの現実を。

 日常を踏みにじった彼に相応しい日常を。

 


 不思議なことに、

 犯人は満足そうに笑っていた。

 まるで、この光景が見たかったんだとでも言うように。




 完

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顛末申し上げます ぎざ @gizazig

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