3話 島に到着

 数週間後。


 まるで流されるかのように、“楽園”を運営管理しているサイレダイスの指示に従い、俺は船に乗っていた。

 もちろん行き先は“楽園”だ。

 しかしそれは操舵者の手にかかっていて、本当に“楽園”に向かうかはわからない。

 ただ俺は、俺たちは“楽園”に到着することを祈るしかできない。

 今乗っている船が“楽園”に直行、及び専用の船だった場合、他の同船者も俺と同じく“楽園”に参加する者達だ。

 複数の港を経由するたびに同船者が増えていく様子からして、日本各地の港から“楽園”の参加者を乗船させているのだろう。 


 ちなみに俺が働いている会社への説明は“楽園”の管理運営会社、サイレダイスがやってくれた。

 なんと退職代行のサービスあるとのことで、“楽園”に参加申請すると同時に社会との繋がりから解放してくれるとのこと。

 もちろん無料だ。


 なのでこの船に乗っている人数分だけ会社、あるいは社会、世間に突然人材が抜けたことになるだろう。

 だとしてもたった数十人の人間がこの世界から居なくなったって問題なく回り続けるはずだ。

 後悔なんてない。

 安心しながら俺は海面の波を窓から眺めた。





 数時間後。


 船が港に到着すると、俺は他の乗船者の後ろをついて行って船から下りていく。

 久しぶりの外の空気を吸うと、なぜか美味しく感じた。

 味なんて無いのに、まるで水を得た魚のように体に力がみなぎってくる感覚がある。

 そこまでは言い過ぎかもしれないけれど、とにかく元気になる感じがあった。

 そして空気が美味しく感じる要因は、今俺が立っている陸地にも関係があるだろう。

 周囲を見渡すと海が広がっていて、陸地を海面が囲い込んでいる。

 港だから当たり前のように感じるけど、遠くの景色まで同じような光景が続いていて、また陸地が緩やかに曲線を描いているので、もしかしたらここはどこかの島なのかもしれない。

 また近くに建っている柱には防犯カメラが設置されている。

 もしくは監視カメラだろうか。

 それにしてもカメラの数が多い気がする。

 まるで死角を無くそうとしているかのように、周囲に建っている全部の柱にカメラが付いていた。


 島と海の様子を傍観し続けていると、“楽園”の参加者と思われる多くの人々がぽつぽつと港に足を踏み入れていく。

 ざっと目視して50人ほどはいるだろう。

 老若男女とまではいかないけど、バランスの取れた男女比の比較的若い人たちが参加者を占めていた。

 比較的若いといっても、未来を感じる十代はあまり見かけられない。

 外見だけの第一印象だけなので、実際はどうなのかはわからないけど。


 乗船していた参加者たち、もちろん俺も含めて全員が港に移動し終えると、船に備わっていたスピーカーから若干低めの男性の声が聞こえてきた。


『“楽園”の参加者のみなさん、黙島もくとうへようこそ。みなさんはたった今から苦しい社会に揉まれる生活から解放されました。さあ、これからは思う存分楽をして生きていきましょう! というわけなので、まだ未練があって社会のと接点、つまり何か通信機器を持ってきてしまった方は、近くのサイレダイス社員にお預けください。没収ではありませんので安心してください。ちなみに、そのまま黙って持ち込んでしまうと、この先みなさんの身になにか起こっても擁護出来ませんのでご了承ください。そんなのは嫌ですよね? 安心安全で快適な生活を送りたかったら、社会との繋がりを今ここで断ちましょう。参加申請をする時にも、自らの意思で同意しましたでしょう。さあ、まだの人は機器を置いていってください』


 アナウンスが途切れると、指で数えるほどの数人が近くに立っていた黒いスーツ姿の社員にスマートフォンヌを渡していった。

 参加者と違う雰囲気を纏っている彼らはきっとサイレダイスの社員だ。

 黒いスーツを着ているけれど、特に危ない雰囲気を感じず、むしろ出来る社会人という印象を受ける。

 社会から解放される“楽園”なのに社会を感じさせるその風貌のギャップ、矛盾に若干頭が混乱した。


 俺の頭の状況なんてお構いなしに、続けてスピーカーから音声が流れてくる。


『参加者のみなさん、機器は預け終えましたね? これが最後の機会ですよ? いいですね? ……さあ、みなさんの黙島もくとうでの生活が今から始まります。ですが、いきなり自由に生きてくださいと言われても困るでしょう。私たちはみなさんを粗末に扱いません。私たち、サイレダイス社の飛行型ドローンがみなさんの近くまで飛んでいきます。飛行型ドローンというのは、文字通り空中を移動する機械です。安全ですので警戒しないでくださいね。そして私たちのドローンがみなさんを体育館へ案内しますので、はぐれないようについてきてくださいね。複数のドローンでみなさんを監視しているので、万が一はぐれたとしてもしっかり誘導しますので安心してください。でも数に限りがありますので、みなさんなるべく先頭のドローンを見失わないようにしてください』


 声音は若干低いけどどこか優しさを感じられるアナウンスから数十秒後、俺たちの近くに説明通りドローンが飛来してきた。

 もちろんそのまま俺たち参加者に突進してきて危害を加えてくるわけでなく、一定の距離を保った場所でその場で滞空し続ける。

 そしてゆっくりと、まるで人が誘導するかのように島の中央に向かって移動していく。

 ドローンは明らかに機械だけど、その機敏な動きは心のこもった人間が動かしているものだと見てわかる。

 俺たちは生気が抜け落ちてるかのように、重めの足取りでドローンの後ろをついて行く。

 そしてそんな情けない俺たちの左右、背後、上空に居るドローンも追従してきた。

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