Last stage 金の盾を盾にして

「あなたが送ったんですね? 畠山さんの家から盾が盗まれたよう偽装するために」

 那須はついに刑事に追い込まれた。


 認めてしまえば那須の負けだ。絶対に引き下がるわけにはいかない。

 ではどうするか。うちの盾も盗まれたことにするか。いや、下手に嘘をいって、自室に捜索のメスが入りパソコンを調べられたら、生配信の偽装工作がバレてしまうかもしれない。一応データは消したが、警察はどんな手を講じてくるかわからない。オークションで落札されたものさえ取り返してくるのだから、油断大敵である。


 そうなると、残された道は一つしかない。あくまでも、畠山の家から畠山自身の金の盾が盗まれたと主張するのだ。那須はニヤリと笑ってみせる。

「これは畠山の金の盾だ。どうして餅田さんの指紋がついていたか説明してあげよう」

「教えてください」

「餅田さんが畠山の家から盗んだからだよ」


 味方になってくれた餅田を裏切ることになるので、彼には申し訳ない。しかしこうしか言い逃れができない。自分を守るために優しいことはいっていられない。


「そんな~ ひどいよ~」

 餅田は悲しそうな表情を浮かべた。

「それは思いつきませんでした。餅田くん、きみの仕業なのかい?」

 橘刑事が尋ねると、餅田は刑事に駆け寄って手を握った。

「ちがいますよ~ 信じてください~」


 那須は、橘刑事と餅田を一瞥すると嘲笑った。

「刑事さん、そんなテキトーな証拠で追い詰められると思った? 『指紋が検出されました』なんて誤魔化して、カマかけようとしちゃって。笑っちゃうね」

 那須は橘刑事の目の前に立ち、問い詰める。

「本当は捜査、難航してるんでしょう?」

「いえ、順調です」

 橘刑事は朗らかに笑った。


「どうかな。金の盾の指紋が最大の切り札だったんじゃないですか? もうこれ以上の手がなくて、心の底では焦ってる」

 橘刑事は黙って那須を見つめている。那須は挑発を続ける。

「何もいい返せないんだね。ゲームでもよくあるんですよ。最強のキャラを召喚させてもボコボコにされちゃうことって。気持ちわかりますよ、かわいそうに。それにしても皮肉だねえ。まさか文字通り、金の盾が俺を守ってくれるとは」


 思いつく限りの軽蔑の言葉を刑事にぶつけた。刑事は苦し紛れにいう。

「しかし盾以外にも、部屋のいたるところから犯人のものと思われる指紋がみつかりました」

「俺の指紋だっていいたいの?」

「現段階ではわかりません。ですから、指紋を照合させていただけませんか?」


 那須は鼻で笑った。

「ふっ。別にいいですよ。意味ないと思いますけど」

「なぜですか?」

 那須はニヤリと笑っていう。

「いっときますけど、あいつの家には何度も遊びに行ったから、俺の指紋は出てきて当たり前なんですよ。それにさっき刑事さんいってましたよね。あの筋トレ器具には畠山の指紋以外はなかったって」

 橘刑事は目を細めて、部屋の隅に並べられていた筋トレ器具の数々を静かに眺めた。

「いってましたよね? どうなの?」


 橘刑事が無視するので、那須は部屋の隅にあった筋トレ器具を指さして繰り返し尋ねた。だが、橘刑事は答えなかった。


 那須はイライラし始めた。円盤状のおもりを掴んで、刑事の目の前に突き付ける。

「ここから指紋は出たのかって聞いてんだよ!」

「確かに、このおもりからは畠山さんの指紋以外は検出されませんでした」

 橘刑事は下を向いたまま表情をみせない。那須はすかさず怒号を浴びせる。

「ほらね! 凶器から犯人の指紋が検出されないんじゃ、俺の指紋を照合する意味はない! そうだろ? 違うか?」

 橘刑事はうつむいたまま、小さな声でボソッとつぶやく。

「おっしゃる通りです」

「は?」

 那須が恫喝するかのように大声を出すと、橘刑事はきちんと聞こえるように答えた。

「おっしゃる通りです」


 那須が追い打ちをかける。

「金の盾の指紋だけに目を付けて、俺を犯罪者扱いしやがって! ふざけるな!」

 那須の怒りは沸点に達した。

「あんた、名誉棄損で訴えてやるからな? いいな?」




 刑事は返す言葉もないようだ。那須は円盤状のおもりを床に置いて深呼吸すると、人格が変わったように餅田に優しくいう。

「さ、インタビュー始めましょうか」

 那須は餅田の肩をポンと叩くと、撮影ブースの席に座った。

「あ、ごめんなさい。すでにカメラまわってました~ はっはっは」

 餅田は気まずかったので、必死に笑って誤魔化した。

「今のところまではカットだな」

 那須がいうと、橘刑事が割って入ってきた。

「那須さん」

「しつこいな、まだなにか? はっきりいって仕事の邪魔です」


 那須がキレ気味に返事すると、橘刑事は床に置かれた円盤状のおもりを拾い上げた。

「たしかにこの筋トレ器具から、犯人と思われる指紋は検出されませんでした」

「ああ、残念だったなっ!」

「しかし那須さん――」

「あ”? なんだよ?」

「どうして、これが凶器だとご存じなんですか?」


 那須は、いま刑事が何を指摘しているのかよく理解できなかった。

「あなたが私と一緒に畠山さんの家を訪れたとき、すでにこのトレーニング用のおもりは回収されていたはずです。ですから、あなたはこれが凶器であることを知り得るはずがない」


 刑事のいいたいことが分かった那須は、頭が真っ白になった。

「凶器…… 俺はそれが凶器なんて一言もいってないぞ」

「先ほどはっきりと、このおもりを指さしておっしゃいました。凶器から犯人の指紋が検出されないんじゃ、俺の指紋を照合する意味はない。と」

「刑事さんの空耳では?」

「餅田くん、聞いたよね?」

 橘刑事が尋ねると、広報の餅田は首を傾げた。

「う~ん、いってたような、いってなかったような」

 那須は大声を張り上げる。

「ほら! いってない!」


「ちょっと確認してみましょう~」

 餅田は立ち上がり、三脚の上に乗ったビデオカメラに近づくと、録画を一旦止めようとした。


 しまった、録画していたのか。このままではれっきとした証拠になってしまう。

 慌てた那須は、餅田からカメラを奪い取ろうとした。

 だがカメラに手がかかる寸前のところで餅田に体当たりされ、那須は遠くに弾き飛ばされてしまった。

 その隙に餅田はカメラを三脚から取り外すと、赤ちゃんを抱く母親のように大切に腕の中で保護した。


 倒れ込んだ那須を睨みつけて、餅田は大声でいう。

「これは警察署の備品です。破壊しないでください!」

 餅田のコメントはいつも少しだけズレている。那須はついおかしくて笑ってしまった。


 ここで、橘刑事がゆっくりと歩み寄ってきた。

「那須さん、フェアプレイでいきましょう。乱暴はいけませんよ」

 橘刑事が微笑むと、那須は笑いながら負けを認めた。

「ここまでかあ…… ここでゲームオーバーかあ」

「お疲れさまでした」

「逃げ切れると思ったのに」

 那須は深いため息をつくと、悔しそうに橘刑事を見上げて続ける。

「まさか、警察署で捕まることになるとは思いませんでしたよ」

「毎回こうして犯人が署まで来てくれると、手間が省けて助かります」

 那須は苦笑するしかなかった。

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