虹の向こう側へ

西しまこ

第1話

 僕は知っていた。

 虹の向こう側にいる女の子のことを。



 僕たちの世界は虹で区切られていて、虹のこっち側と虹の向こう側とに分けられている。虹の向こう側には行っちゃいけないって、お父さんやお母さんに言われて育った。虹の向こう側はとても恐ろしい世界で、もし行ったら生きて帰れないからって。魔物がいっぱいいて、怖いところなんだって。


 でも、僕ね、虹の向こう側から来た女の子とおしゃべりしたことがあるんだよ。

 その子は間違えて入って来ちゃったみたいで、虹の境のところにいた僕と目が合うと、いきなり泣き出したんだ。僕は女の子に、もいだばかりのりんごをあげた。そしたら女の子は泣き止んで、にこって笑った! すごくかわいく!


 僕たちは森の中の大きな木の根元に並んで座り、いろんな話をした。

 女の子はライラという名だった。

「ライラックのライラ?」

「うん、そう。あなたは?」

「僕はモーブ。紫色のことだよ」と僕が言うと、ライラは「ライラックも紫色! いっしょね!」と、花開くように笑って、僕はその笑顔にどきっとしてしまった。


 僕たちはその日、陽が暮れるまでいろんなことを話した。

 ライラの話はおもしろかったし、怖いって言われている虹の向こう側も、こっち側とそんなに変わらないような気がした。


 ただ一つ、虹の向こう側には魔法がないらしかった。

 そして、僕には虹の境がはっきり見えているのだけれど、ライラには見えていなかった。

 そのことは、とても大事なことのような気がして、ライラと僕の秘密にしておくことにした。


 僕はライラが現れた場所にライラを連れていった。ライラはリスを追いかけて森に入って、リスが消えたと思ったところに手をやったらこっちに来てしまったみたい。

「ライラ。たぶん、僕といっしょにここに手をやったら帰れると思うから」

 ライラが向こうで虹の境に手をやったとき、僕も虹の境に手を触れていた。偶然に。

 ライラも僕も紫の名を持つ。だから、虹の紫の部分に手を触れた。

 すると、ふっと一瞬虹が緩んだ。

「ライラ、じゃあ、明日も同じ時間に!」「うん、モーブ、明日も!」

 僕たちは約束して別れた。

 かわいいライラ。


 僕たちは毎日、こっそり会った。そして森の中でいっしょに過ごした。

 ライラ、大好きだよ。モーブ、あたしも。

 

 ――戦争が全てを壊していった。僕たちの幸せな時間も。



 僕はいまでもきみに逢いたい。

 僕は虹の向こう側にいる女の子に恋をしていたんだ。



   了



一話完結です。

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☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

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