魔物使いとスライムの復讐

蟹場たらば

1 魔物使いの復讐

「テイラー、お前をパーティから追放する」


 リーダーから唐突にそう宣告された。


「追放?」


 俺は思わずオウム返しする。まさかそんな用件で部屋に呼ばれたとは予想だにしていなかった。


 このパーティ――『暁の剣』には、これまで十分に貢献してきたつもりである。前回のゴーレム討伐の依頼を達成できたのだって、俺の活躍が理由の一つだったはずだろう。だから、今日呼び出しを受けたのも、てっきり報酬を分配するためだと思っていたくらいなのだが……


「なんで俺が追放されなきゃいけないんだ?」


「お前が無能だからに決まってるだろ」


 さも当然のことのように、リーダーの青年――ヒースはそう答えた。


「今まで言わなかっただけで、俺はずっと我慢してたんだ。魔物使いっていうからには、いつかはドラゴンやフェンリルみたいな強いモンスターも手なづけてくれるんだろうって。

 それなのに、お前はスライム、スライム、スライム、スライム…… いつまで経っても、雑魚のスライムしか仲間にしやがらねえ。これじゃあ、スライム使いじゃねえか」


 スライムとは、ゼリーのような半固形状の体を持つモンスターである。


 この半固形の部分は特に『粘体ねんたい』と呼ばれており、あたかも粘土をくっつけるかのように、粘体の一部が傷ついたり欠けたりしても、周りの粘体を寄せ集めることで簡単に修復することができる。だから、スライムを倒すには、粘体の中心にある球状の内臓、通称『核』を破壊しなくてはならない。


 このように防御力や再生力に優れる一方で、スライムは攻撃力には乏しかった。体当たりくらいしか攻撃手段がないのに、半固形の体が災いして動きが鈍いせいで、相手に大したダメージを与えられないのだ。


 また、動きが鈍いということは、相手からの攻撃を受けやすいということでもある。そのせいで、せっかくの防御力・再生力も宝の持ち腐れになってしまっている感は否めない。


 それゆえ、ヒースが雑魚と罵った通り、スライムは最弱のモンスターの一角として挙げられることが多いのだった。


 しかし、そんなことは俺だって理解している。むしろ、理解しているからこそ、次々にスライムを仲間にしてきたのだ。


「確かに一匹一匹は正直言って強くない。でも、何匹も力を合わせれば十分な戦力になる。それはお前だって分かってるだろ?」


「ああ、そうだな」


 ヒースは意外にもあっさりと頷く。今までのスライムたちの働きを、一応は評価してくれていたようだ。


「じゃあ、追放を取り消して――」


「そうやって数を増やした結果、バカみたいにスライムどもの食費や治療費が膨れ上がっちまったわけだ」


 ヒースの反論を聞いて、俺は言葉に詰まってしまう。痛いところを突かれたからである。


 俺が現在手なづけているスライムは合計で十二匹。概ね人間の頭部ほどの大きさで、大食いするようなモンスターではないものの、ここまで数が多いとさすがに食費がかさんでしまう。


 しかし、だからといって、安くてまずい食事を出すわけにもいかない。モンスターを手なづける時の基本は餌付けなのである。もし食費をケチったら、俺に対する不満が募って、仲間をやめられてしまう恐れがあるのだ。


「それなら、スライムたちにかかる金はパーティの経費にしなくていい。俺が自分の給料でどうにかする。だから、パーティに置いておいてくれ」


 スライムの主な攻撃手段は体当たりで、あとはせいぜい相手の顔に張りついて呼吸を塞ぐくらいのものだった。また、俺はスライムへの指示役が基本で、個人としては簡単な剣術を修めた程度である。つまり、スライムも俺も、火や雷といった攻撃魔法を使うことができないのだ。


 そのため、火魔法でモンスターの群れをまとめて倒したり、雷属性が苦手なモンスターの弱点を突いたりといった戦い方は俺たちにはできない。誰かとパーティを組まないと、どうしても倒せる相手が限定されてしまうのだ。


 経費を自腹で立て替えるのは確かに痛手である。しかし、パーティに残留できることを考えれば、まだメリットの方が上回っているだろう。


 だが、そんな俺の提案にヒースは首を振っていた。


「俺も最初はそうするつもりだった。でも、お前よりももっといいメンバーが見つかったからな」


「もう新メンバーまで決めてるのか?」


 それじゃあ、まるで追放は決定事項みたいじゃないか。


 そう驚く俺に対して、ヒースは冷ややかな態度で説明を続けた。


「そいつは武闘家でな。言うまでもなく、スライムよりも攻撃力がある」


「でも、手数ならスライムたちの方が上じゃないか?」


「それがそうでもねえ。あいつは身軽だし、特に連続攻撃ラッシュが得意だしな」


 ということは、スライムたちが――俺がその新メンバーを上回っている点はないということか……


「しかも、まだガキのせいか遠慮がちでよ。お前よりも安い給料で契約できた。お前の完全上位互換ってわけだな」


 より優れた人材が見つかったのである。客観的に見れば、クビにされても仕方のない状況なのかもしれない。


 だが、俺にだって生活がある。冒険者として名を残すという夢がある。何より、ヒースとはこれまで一緒にやってきたという信頼関係がある。


「確か組んだのが十四の時だから、もう五年になるか? いくら代わりが見つかったからってそんな簡単に……」


「うるせえな。全部お前が無能なことが原因だろ。むしろ、今までパーティに置いてやってたことを感謝してほしいくらいだぜ」


 吐き捨てるようにそう言われた。やはりヒースの中では、追放はもう決定事項だったようだ。


 もうヒースを説得することは不可能なのだろう。そう考えた時、今ここにはいない他のパーティメンバーたちの顔が脳裏をよぎった。戦士のウォーレン、盗賊のシーモア、魔法使いのウィルマ、そして僧侶のアコ……


「他のみんなも同じ意見なのか?」


「ああ、そうだよ。相談した上でのことだ」


「アコもか?」


「あいつなら『これでもう役立たずのお守りをしなくて済むんですね』って喜んでたぜ」


 ある意味では、追放を告げられた時よりもショックだった。いつも「お疲れさまです」「今回は大変でしたね」と回復魔法をかけてくれた僧侶のアコ。彼女の優しさも、うわべだけのものに過ぎなかったようだ。


「……分かった。抜けるよ」


 というよりも、俺はとっくにパーティメンバーではなかったのだろう。ただ、俺がそう認識していなかっただけだったのだ。


「それで、前回の冒険の報酬は?」


「はぁ? なんでもらえると思ってるんだ?」


「なんでって、俺だって参加したんだから当然だろ?」


「支払う前にお前が辞めるって言ったんじゃねえか」


 急な解雇に対して違約金や慰謝料を払ってくれるとは思っていなかったが、まさか正当な報酬すらケチるとは思わなかった。怒りを通り越して呆れてしまう。そして、呆れて物も言えなくなってしまう。


 それに何か言ったところで、おそらくムダだろう。「今までスライムどもにかかった経費だろ」とかなんとか難癖をつけられて断られてしまうに違いない。


 もうヒースの相手をする気力は、俺の中には残っていなかった。よろめくような足取りで部屋を出る。


「……テイラー、大丈夫?」


「ああ、平気だよ、リン」


 俺とヒースのやりとりは、部屋の外まで届いていたらしい。俺のことを待っていた彼女は、そう心配げに声を掛けてきた。


 リンというのは、俺が仲間にしたスライムたちの内の一匹だった。


 モンスターの中には、成長するにつれて人語を話せるようになったり、人型に変身できるようになったりする個体がごく稀にだが存在する。このリンもそうで、スライムらしく肌は青く半透明なものの、顔つきや体つきは人間の少女そっくりだったのだ。


「これからどうするの? 他の人と組む?」


 パーティメンバーのせいで嫌な思いをしたばかりとはいえ、今のままソロでやっていくのは厳しいのである。リンの提案は理屈の上では正しいだろう。


 しかし、感情の面では違った。やはりパーティメンバーのことを許す気にはなれない。だから――


「その前にやりたいことがある」


「やりたいことって?」


「ヒースに復讐するんだ」



          ◇◇◇



 宿屋のヒースの部屋から自分の部屋へと戻ると、俺は仲間のスライムたちに事情を打ち明けた。


 事前の通告もなしに、いきなりパーティを追放されたこと。それだけならまだしも、無能だ雑魚だと暴言まで吐かれたこと。そして、そのために復讐を計画しているということ……


「それで具体的に何をするつもりなの?」


「決まってるだろ。ヒースを殺すんだ」


 リンの疑問に、俺はそう答えた。


 ヒースの職業は、剣も魔法も使いこなすいわゆる魔法剣士である。その中でも特に優秀なために、勇者と呼ばれることもある。『暁の剣』が高ランクパーティになれた理由はいろいろ挙げられるが、ヒースの強さがその一因であることは間違いないだろう。


 また、『暁の剣』は必ずしもメンバー同士の関係が良好なパーティとは言えなかった。特に単純で感情的な戦士のウォーレンと、理屈っぽくて皮肉屋の魔法使いのウィルマがしばし揉め事を起こしていたのだ。それでもチームとして連携を取れていたのは、リーダーのヒースが彼らを実力で押さえつけていたという点が大きい。


 だから、ヒースがいなくなれば、『暁の剣』は崩壊する可能性が高い。ヒースを殺せば、同時にパーティメンバーたちへの復讐も達成できるのだ。


「そんなの――」


「言っとくが、『殺人は許されない』とか『ヒースを殺したって問題が解決するわけじゃない』とか、そんなお説教を聞く気はないからな」


 リンの反論をそう封じ込める。ヒースたちに復讐することは、俺の中では


「あいつは俺だけじゃなくて、お前らのことまで馬鹿にしやがった。だから、これはお前らのための復讐でもあるんだ」


 雑魚呼ばわりされたことに、内心では思うところがあったのか。あるいは、俺が無能呼ばわりされたことが許せなかったのかもしれない。


「……分かったよ」


 リンも最後にはそう頷いたのだった。


「でもボク、テイラーが捕まるのは嫌だよ」


「それは俺だって嫌だよ。だから、狙うのは完全犯罪だ」


 誰かのためではなく、自分自身のために復讐をするのである。自分の人生を捨てるような真似をする気はさらさらなかった。


「それならいいけど…… でも、一体どんな方法で殺すつもりなの?」


「俺一人じゃあ無理な方法だ。だから、お前らも協力してくれ」


 そう改めてリンらスライムたちに呼びかけると、俺は具体的なトリックの内容について説明を始めるのだった。


「――というわけだ」


「確かに、それなら上手くいくかも……」


 リンは迷いながらもそう同意する。


『これはお前らのための復讐でもあるんだ』


 先にそう言い聞かせておいたのが効いたらしい。他のスライムたちも、鳴いたり頷いたりして賛成の意を示していた。


 全員の合意を取れたと見ていいだろう。


「それじゃあ、作戦実行の前に腹ごしらえをするか」


 俺がそう指示したのは、何も士気や団結心を高めるためだけではなかった。食事を取ることも、トリックの範疇だったのだ。



          ◇◇◇



 食事のあと、俺はリンと二人で街へと出かけていた。


「あの野郎許せねえ」


「ホントそうだよね」


「大体、ヒースのやつはいつも勝手なんだ」


「うんうん、分かるよ」


 俺の愚痴に、リンは相槌を打つ。


 俺たちが訪れた場所は酒場だった。パーティを追放されて、ヤケ酒をあおりにきた……というていで、トリックを実行しにきたのだ。


「なのに、なんで俺が!」


「抑えて抑えて。他のお客さんもいるんだから」


 リンは表面上そう注意してくるが、実際にはそれこそが俺たちの狙いだった。わざと大声を出すことによって、この店で飲んでいたことを店員や客に印象づけておきたかったのだ。


 なぜなら、ちょうど今頃が――午前0時前後が、ヒースの死亡推定時刻になる予定だったからである。


 念のために、夕方から朝までずっと、俺は夜通し店で飲んでおいた。また酔って気が大きくなって、うっかり失言したりしないようにするために、リンには素面しらふのまま相手をしてもらった。


 さすがに明け方になる頃には、二人とも眠気と酔いで意識が飛び飛びになってしまったが、迷惑な客として店員に覚えてもらうという目的は十分達成できただろう。


 しかし、朝になって、俺のことを起こしたのは店員ではなかった。


「テイラーさんですね?」


 見知らぬ男に名前で呼ばれた。緊張に思わず心臓が脈打つ。


「そうですが、あなたは?」


「私はディック。憲兵です」


 跳ねた髪に、伸びた無精ひげ。服はよれよれで、靴もくたびれている。一見して、冴えない中年男にしか見えない。


 だが、目つきだけは鋭かった。


「あなたにヒース氏殺害の容疑がかけられています」


 その言葉に、俺の眠気と酔いは完全に覚めたのだった。

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