ごめんね、イノセンス


 もう夏休みの時期と聞いたので、ちょっと早めに特別投稿♪




―――

――


 透明を模した木漏れ日のなか、ゆっくり瞬きをするあなたは美しくて、俺にはあまりに眩しすぎた。



「どうしたの?」


 この人を好きになったのはいつだっただろうと考えてみる。


 思い出せる限りではもう、ずいぶんと前だと思うんだけど、恋心が確実になったのは2年くらい前のことだったようにも思えるし、ずっと昔から知っていたような気もする。


 恋をしていると、盲目に加えて時間感覚さえ狂うんだろうか。


 でも、狂わされているのがこの人なら、別にいいか、なんて。


 そう思う内はきっと、惚れた俺の負けなんだろう。


「……あ、なんて言いました?」

「いや、ぼーっとしてるみたいだったから。大丈夫?」

「大丈夫ですよ」


 普段のトーンで返したら、あなたは安心したみたいにそっか、って呟いて眼下に広がるたんぽぽにほほえんだ。


 あるとき言われて気がついたけれど、俺はこの人の隣にいるとき、いつもより数トーン低い落ち着いた声になるらしい。


 喉元で未だつっかえ続けている「好きだ」という言葉のトーンはどうなるんだろうと、来るかもしれない未来を予想してみる。


 きっといつもよりちょっと早くて、そして上擦ったような声かな。


 伝えるつもりのない恋心を吐露するのも、きっと墓場のなかだろうか。それなら何度だって叫んでやろう。「あんたが好きだ!」って。


 どうせ届くことのない、叶うことのない思いなら、秘め続けている方が楽だ。



 一足先にわたげになったたんぽぽを見つけた。ぷち、と茎で折って、手に持つ。ふわふわ具合があなたの髪と同じくらいだな、なんて思いながら、ふっと吹き飛ばした。


 一息でわたげを吹き飛ばせたら願いが叶うと言われるおまじない。


 ――少しでもあなたが、俺のことを見てくれますように。


 狡猾な俺は、いつも『後輩』の顔をしてわがままを聞いてもらっているからあなたは知らないだろうけれど。


 長年秘めてきた思いに、少しでも悪あがきしたくて。


 そんなことも知らない綺麗なあなたは、「あれ、わたげだ。早いんだねぇ」って笑っていたけれど。


「綺麗だね。お日さまみたい」

「夏になったら向日葵の農園にもいきましょうか。2人で」

「海辺でドライブしてから行きたい」

「相変わらず海好きですね、あんた」


 きっとその時には、古ぼけてちょっと塗装の剥げたいつものオープンカーで、固いシートに2人で座ってどうでもいい話をするんだろうな。


 いつだってこの人と出掛けるときは「海の近く通って」ってごねるから俺が運転して、あなたは両手をあげて風を感じて笑うんだ。


「潮の匂いがする」って。


 風に運ばれてふきつけるあなたの香水の匂いに、いつだってどきどきさせられていたのを、きっとあなたは知らない。


 限りなく透明に近い空の下で、潮の匂いがするーって笑う横顔が思い浮かんで、1人で笑った。


 いつだって、俺の隣にいるこの人は無邪気だ。


 眩しい……って小さく口にだして、あなたがこっちにもたれかかってくるから、肩を引き寄せて頬を寄せる。


「あ、ちょうちょ……」


 黄色い蝶が飛んできて、立てた人差し指にとまる。ゆっくり羽を風にまとわせ、小さい腹で息をする蝶を2人で見つめる。


「……ああ!?」


 少し離れたところで肉を焼いていた先輩が大声を出して、そのせいで蝶が指から飛び上がった。


 そのまま黄色は空に消えていく。


「もー、あの子はまたなにやってんの……」

「痴話喧嘩でしょ、いつもの」

「また彼女ちゃんかな?」

「たぶん。大体、あの人に突っかかれるのなんてあの子しかいないし……」


 わんこと猫がきゃんきゃん吠えあってるのが聞こえる。まったく、いつまでも変わらないな。


 肩をつかんであなたを巻き込んで、ふさふさの芝生の上に寝転ぶ。


「わぁ……っ!」

「……そんな反応かわいかったっけ」

「ひどくない? あんたの前限定なんだけど?」

「……そうでしたね」


 ほら、こうやって普通の顔をして爆弾をおとしてくるからたちが悪い。


 目に差してくる光を遮るようにかかげられた白い手をとって、その指を捕まえて絡める。


「ちょ、眩しいよ……」

「目つぶっててください。眩しくないでしょ」

「……むーっ」


 何度か頭の位置を調節したあと、頬を俺の胸によせて目を閉じる愛おしい人。――あったかい。


 体に降り注ぐ陽のあたたかさにも劣らない、万年ぽかぽかしている体温を抱き締める。


 そのまま白い頬を指でつんつんさわると、やめてとも言わんばかりに手で払われて、仕返しに首を鼻筋で攻撃してやった。


 くすぐったいのが苦手なあなたは「ひーーーっ」って笑いながら逃げている。


 上半身を起こした彼女を真似て、俺も体を起こすと、

「やぁ! 首はだめって言ったじゃん!」

「えーそうですかぁ?」

「振りじゃないからね!」


 ぷんぷん怒ってるあなたに口だけで謝ったら、別にいいよ、って返されて、いつでもこの人は俺の心臓をえぐってくるよなぁ、って考える。


「……ねぇ、勝負しない?」

「え。急になんですか」


 いつだってこの人は突然、嵐のように静かに、けれど確実な破壊力をもって迫ってくる。


 いたずらっ子みたく細められた目が俺に向いて、きゅっと上がった肩が上機嫌そうに左右に揺れるから、勝負にのらない選択なんてできなかった。


「なにを言われても、『嫌い』って答えるゲームね」


 楽しそうににこにこしている彼女が目に眩しくて、ちょっとだけ目を細める。


「え。……それ絶対にそっちが不利じゃないですか。嘘つけないんだから」

「そっちだって、サムギョプサル嫌い? ピザは? アイスクリームは?」

「……ずるいですね」


 食べ物で釣るなんて、と拗ねていると、「どっちも不利だからこれでフェアでしょ?」ってあなたが笑うから、じわりと頬が熱くなった。


 初夏の気温のせいだと思われますように。


 最初は俺が質問する番で、当たり障りのないことを並べてから、あなたの好きな、

「ペンギンは嫌い?」

 って訊いたら、

「それはなしでしょーっ!」

 って焦ってたから俺の勝ちだ。


「じゃあわたしの番ね」

「ぜったい負けませんよ」


 勝負するだけじゃつまらないから、この人が負けたら好きなものおごってもらう約束をした。


 ぜったい負けない、って自信満々な俺をみて、無邪気に笑っている。


「ラーメンは好き?」

「嫌い」

「ええーっ、じゃあピザは?」

「嫌い」

「ハンバーガーは?」

「嫌い」

「強くない? うーん……」

「食べ物で釣ろうってったってそんな簡単には折れませんよ」


 あともう美味しいものないよーってあなたが眉を下げる。美味しいもので「嫌い」を言わせようとしてるのが甘いなあ。


「食べ物以外でなんかないですか」

「えぇー?」


 そう言いながらあなたは、遠く、透明を模した木漏れ日のなか、突き抜けるような空を見上げて。


 長い睫が光を湛えて、スローモーションの瞬きとともに影がゆらりと揺れて。





「好きだよ」






 そうして無邪気なふりをしたあなたは、湿っぽく潤んだ目で俺を見る。


 喉につっかえた言葉が、嘘みたいにするりと舌の上まで出てきて。




「俺も好きですよ」


 そう告げた声は、なにかを期待したかのように上擦って、そして細やかに震えている。



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