いろどりヲカシ


 この度は『いろどりヲカシ』を開いていただきありがとうございます。


 爽やかながら、舌の上でとろけるいろどりと深い味わいを楽しめる物語『いろどりヲカシ』。

 歯ざわりのいい鮮やかな愛憎と、底知れない欲求と恐ろしいほどに美しい人生の一コマを詰め合わせました。

 3つの特別な愛を詰め合わせたアソートメントです。





『左手薬指に愛を沿えて、』


 早く結婚してくれれば良いのに。


 そうすれば、倒れこんだホテルのベッドで微笑んだおまえも、とろっとろの甘い目でおれに好きと言ったおまえも、イルミネーションに照らされた浮かれた表情のお前も、忘れられるのに。


「なあ、次どこ行く?」

「あー……おまえの好きなところでいいよ」

「お前いっつもそれじゃん」


 そう言って拗ねたみたいに下唇を突き出すお前に、ずっと言えなかった言葉。


「なぁ、早く結婚したら」。ただそれだけを言えないのは、おれの方がお前に溺れてるからだろうな。


「……いつ結婚すんの、おまえ」


 苦し紛れに口からこぼれた言葉に、ちらり、と隣を伺うと、は? ってひっくい声で聞き返されて耳の後ろがぞわりと冷えた。


「あのさ、おまえなんか勘違いしてない?」

「な、にが」


 体を硬くしたおれに身を近付けてふ、って柔らかく笑ったおまえが、ゆっくりおれの頬を撫でる。


「おれ、おまえと結婚する以外考えてないんだけど」


 その目が、甘い。


「……おまえさあ」


 ゆっくり口角をあげたら、おまえは微笑んでおれの左手薬指に指輪をはめた。





『Fake love for loved ones』


 なんで、いつもおまえは俺のことを見て笑ってるの。


「ほら、あっち行こうよ!」


 手を絡めても指先が冷たい。


「ちょっと、わたしのことちゃんと見ててね!」


 目で追って、逃がさないように意識しててもおまえが俺の視界にいない。


「……抱きしめてよ」


 抱きしめても深い溝があるような気がして、空洞になった心の側面が夜風に吹かれてぶるりと震えた。


「……ばーか」


 俺は本当のおまえを知っているのかな。


 いつの間にか俺が告白したときのおまえより、髪が長くなって、メイクも違くなって、いつだって俺の好みに合わせてくれるようになったよな。


 格好だって綺麗になったし——でも、知らないよ。こんなお前、知らない。ぜんぶ、ぜんぶ、変わってしまった。


 おまえのすべてを知りたいと告白したあの日から、見えていたはずの、本当のおまえが見えない。


「あなたのためなら、わたし、なんだってするから」


 なあ、本当のおまえはそこにいるのかな。変わってしまったおまえのもとの姿は、俺が好きだったおまえが、まったく見えないんだ。




『ラヴ・ショット』


「恋愛ごっこ、しませんか?」


 好きな人にそう提案してみた。


 表向きには、血のつながらない兄妹としてわたしの面倒を見てくれる、やさしくてカッコいいあなた。


 ゲーミングチェアに座った背中につげる。


 なんでも、いいよと受け入れてくれるやさしいあなたはぐるりと後ろに振りかえると、ふ、って口元を歪ませて笑った。


「なに、急に?」


 今度は何に触発されたの、って呆れながら、でもきちんとわたしの話に向き合ってくれるやさしい、あたたかいあなた。


「なんとなく。楽しそうじゃないですか?」


 いやいや、って眉をきゅ、って下げたあなたが、ちょっとだけ目をすがめて、

「誰にでも言ってる?」

「まさか。あなただけですよ」


 本心を告げたら、あなたはわたしの大好きな笑顔で、やわらかく喉でくく、って笑って、

「おまえ、無意識に人を恋愛ごっこに引き摺りこむんだな」

 その目元が冷たく光った。


 手でどうぞ、と彼の隣にあるソファに座るように促されて、遠慮せず腰を下ろす。


 マグカップを持ってきてくれた彼から受け取って、ずるずる啜ると、ぬるいチャイの香りが鼻にした。


「なぁ、いいこと教えてあげようか」

「なんですか?」


 妖しげに笑ったあなたにどきどきしながら、いつものポーカーフェイスで聞き返す。


「恋愛は、なんでも『ごっこ』から始まるんだよ。友達ごっこ、親友ごっこ、仲良しごっこ。……兄妹ごっこ、ね?」


 するり、と頬を撫でられた指先に跳ねた心臓が、ひどく冷たかった。




 お味はいかがだったでしょうか。

 お楽しみいただけたなら幸いです。


 またの読了、お待ちしております。


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