What the f**k
幼いころから、愛とか恋とか、尽くしたいとか殺されたいとか、人々が言うふつうとか常識とかそういうものはよくわかんなかった。
でも、雨上がりの草のにおいとか、古ぼけた図書館のほこりとか、春になってから見える星座とか、アイスコーヒーに入ったガムシロップの味とか、そういう話題には、誰よりも敏感だったと思う。
神路まきは、わたしの高校でよく知られたレズビアンの女の子で、周囲からの白い目も気にせずによくボディタッチをして気味悪がられてた。
でも、白い肌に綺麗な顔をしていて、レズビアンって知っていながらまきに告白する愚鈍な男子も多かったくらいには美少女だ。
わたしの高校時代、まきとは全く接点がなくて、同じ緑化委員だったくらいしか関わりはなかった。
三年間違うクラスだったし、わたしの人生には関係のない、無条件に人生楽しんでそうな女の子だった。
だから、高校時代の友人づてにまきがわたしの連絡先を手に入れて連絡してきた日には何が起こったんだろうかと思った。
会いたいと言われたから、駅前のカフェで待ち合わせをして、コップの底に溶け残った最後のガムシロップをストローで吸い込み話を聞いていた。
「あたしさ、妊娠してんだよね」
と、のんきに笑ってピースポーズを掲げる彼女には、ますます意味が分からなかった。
それをわたしに話す意味はなんだ。
「はは、意味わかんないよね」
そう言って、パッションフルーツ・アンド・グレープフルーツのジュースを喉を鳴らして飲み干すまきの白い首を見ていた。
鶴みたいに伸びた皮膚に、うすらと汗が浮いている。
「……それで、なんでわたしに?」
「えぇ、うーん」
特に理由はないって言ったら怒る? と、人生楽しんでる顔で微笑まれる。
無性に胸の奥が焼けたみたいに痛んで、喉の粘膜にびりびり纏わりついてくるガムシロップを唾液で飲み下した。
「怒らないけど、べつに」
「そんなことで怒らない?」
「だって怒る理由がない。なんでわたしに言うんだろうな、って単純には思うけど」
「ふぅん、やっぱやめた。理由言うね」
南国の夕暮れみたいな、派手な色をしたパッションフルーツ・アンド・グレープフルーツジュースを顔にかけようかと思った。
「あのね、
「……本気で聞いてるの」
「わあ、睨まないでよぉ、怖いなぁ」
ストローを噛んだまま見上げたら、つむじを撫でられて首の後ろが粟立った。きもちがわるい。
「あのね、わたしの好きなひとはね」
楽しそうにラメのついた爪で顎を触りながら、わたしににっこり微笑むまき。
"
「安藤さん、あなたなの」
いやらしく声量を落としたまきに、ふたたび首の後ろが粟立つ。
ストローの端を噛んでスルーしようとすると、ウインクされて、嫌なくらいに似合うなぁと思った。
「欲求不満なの?」
「……どういう意味」
「ストロー噛んでるから」
「生まれた時からよ」
そう言い訳しながら、それでも気になってストローから口を離すと、すべて見通したみたいな澄んだ顔をしたまきが笑っていて、ぐちゃぐちゃになったストローを投げつけた。
「それでね、あなたにお願いがあるんだけど」
今更問う気にもなれなくて、途中まで開いていた空のガムシロップの蓋をべりべりはがして小さく折りたたむ。右手の親指の爪が割れていた。
「わたしと、このお腹の子、育ててくれないかしら」
投げるストローはもうなくて、指を組んでにこにこ笑う人生楽しそうな目の前の女のことばに匙を投げるしかもうなかった。
了
※つづきません。
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