第9話 神の名の下に

 館の中は、兵士たちが広間で暴れるシンに対処しているためかほぼ無人だった。時たま使用人らしき人間とすれ違うが、彼らも得体の知れない人間にわざわざ近づこうとしない。そんなわけで、難なく光の線が指し示す部屋までたどり着くことができた。


「ここか……」


 豪奢な造りのドアノブを回して中に入ると、領主の部屋というだけあって大量の本が詰め込まれた本棚や書類に囲まれた机が目に映った。


 そんな空間で机に向かい、椅子に腰掛ける男が一人。金髪に碧眼という見事なまでの西洋人っぽい見た目だ。この世界に西洋の概念があるのかわからないけどさ。


「なにやら騒がしいと思えば、賊が暴れていたのか」


 物腰は柔らかい。領主というと貴族階級の偉い人間のはずだが、一見するとそれを感じさせない。しかし俺を賊と認識した上で、この落ち着きっぷり。


 いや、落ち着いているというより何も感じていないかのような無感動な目つき。なんとも不気味だ。


「……あんたがここの領主か」

「いかにも。私がこの港町の領主、アレックス=ウォールだ。それで? 君が報告にあった海賊かな?」

「ふざけんな。誰が海賊だ」

「おや、違うのかな? 私が子飼いにしている海賊たちが言うには、大切な商品を奪われ船も沈められたとのことだが。立派な海賊行為ではないかな」


 ……おいマジかよ。


「領主のクセに、あんな海賊どもと繋がってるのかよ。アイツらがやってたのは人攫いだぞ!」

「それがなにか?」

「なっ」


 アレックスは悪びれる様子も、開き直る様子すらもなく、ただ指摘された事実を当たり前のことだと言わんばかりに首を傾げている。


 罪悪感など、始めから感じていないかのようだった。


「すべては神の思し召し。私は『神託』に従って動いているに過ぎない。あの海賊たちも同様だ。神が望み、赦した。ゆえに君に責められるのは筋違いというものだよ」

「………なんだよそれ」


 神さまがOKを出したから何をしても許されるって? 馬鹿にしてんのか。そんな曖昧な物を法律やルールのように信じて無法を当然のように語るなんて。


「やはり君は異邦人のようだね。この世界の理、システムに疎いと見える」

「世界とか急に大袈裟な話だな」

「言葉通りの意味だよ。この世界では皆、大なり小なり『神託』を受けて生まれる。まあ論より証拠をお見せしよう」


 おもむろに立ち上がったアレックスが、両手首にはめた腕輪をチャリンと鳴らす。すると腕輪に刻まれた紋様が光り、アレックスの全身からエネルギーのオーラが溢れ出した。


「魔力? いやこれは……」


 というか、よく考えたらこいつの言う神って、俺やクラスメイトをこの世界に呼んだ神のことか? 何か手掛かりを知ってるかもしれない、ここでぶん殴ってでも聞き出さないと。


「異邦人へ文化を示し導くことも貴族たる私の勤め。喜びたまえ、神の威光に触れられる栄誉をっ!」

「…かはっ!?」


 気が付くと。俺は館の壁を突き破って真後ろへ吹き飛ばされていた。


 肺から酸素が搾り出されて言葉にならない苦悶の声を漏らす。咄嗟に魔力で身体強化をしていなかったら危なかった。


「何、しやがった」

「言っただろう。神の威光だ。この腕輪と能力こそ神に分け与えられし権能、その名は【信仰器官フィーデスオルガン節制ノ神指テンペランスディギィトゥス】!」

「そりゃまた、無駄に大仰な名前、だ、な」


 よくわからないけど、要するにあの腕輪は相当な力を持った武器で、神に与えられたってことか。


 でもなんで急にぶっ飛ばされたのかの説明にはなっていない。くそ頭がくらくらする。


「諦めて神の裁きを受ける気になったか? 神は調和を好む。君のような異邦人は、塵も残さず消滅するのが相応しい」

「っ」


 アレックスの纏うオーラが彼の掲げた右腕の先にギュウッと収束していく。嫌な感じだ。防がないとまずいのはわかるが、武器もない状態じゃ話にならない!


「待てよ。武器なら、あのアーティファクトがあれば……」

「ではお別れだ異邦人」


 目もくらむような光の弾丸が放たれた。避けられる距離じゃない。


 直撃を覚悟したその瞬間。


 館の屋根を突き破って、何かがとんでもないスピードで降ってくるとアレックスの放った光弾を貫き散らした。


「!」


 勢いのまま床に突き刺さったのは、海賊から奪った例のアーティファクトだった。


「なんだいそれは……?」


 そんなのこっちが聞きたい。いやこの際なんでもいい。武器に意思があるとも思えないけど力を貸してくれるなら、ありがたく!


 勢いのまま床に突き刺さったアーティファクトのグリップを掴むと、初めて振るった時とは違ってとても掌に馴染んで驚く。


 加えて、わからなかった名前が脳内に浮かんだ。


「これがおまえの名前なんだな。力を貸せよ、――――〈マリステラ〉!!」

「たとえ武器を持とうとも!」


 腕輪のオーラを拳に纏い直して突進してくるアレックスに対して、俺は両手で掴んだアーティファクトに魔力を込めて勢いよく振り抜いた。


 双方全力を乗せていたオーラと魔力が、轟音とともに衝突した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る