第8話 牢屋の中の正義の海賊

 真っ暗でなにも見えない。感じるのは、体に巻き付く誰かの腕の力強さのみ。


 記憶もあやふやなほどの昔、子どもの頃のうっすらとした記憶だ。たまたま祖父に連れて行ってもらった夏の海で、うっかり船から落ちてしまった時のことだ。


 目を覚ますと見知らぬ無人島に流れ着いていたのだが、どういうわけか俺はそれから一ヶ月間生き延びてから無事保護された。ただの子どもがなんで生き抜けたのか覚えてはいない。ただ、不思議なことにそんな経験の後でも海が怖くなったりはしなかった。


 むしろ、何かを求めて海に出たがっていた事もあったような―――。


「おーい、お前さん大丈夫かい。生きてるかー?」

「ぅ、ん……? っ。ここは……!?」

「やっと起きたかい。てっきり死にかけてんのかと思ったぜえ」


 痛む頭をさすりながら身を起こすと、目の前にはヒラヒラと手を振り回す金髪ロン毛のえらく美形の青年があぐらをかいて座っていた。


「ったくよお。連れてこられた時ぐったりしてたから心配したぜ新入り」


 軽薄だが、こちらを心配してくれていることはわかる物言いだ。


「誰だよあんた、ここはどこだ……?」

「目ぇ覚ますなりご挨拶なガキだねえ。まぁいいや。俺はシン、しがない海賊さ。そして、ここはクソ領主の館地下の牢屋だな」


 牢屋って、捕まったのか俺は。というかこいつ海賊なのか。


「おいそんなに敵意を剥き出しにしなさんな。悪い海賊じゃねえぞ? むしろ、俺は正義の味方だぜい」

「正義の味方なら、なんで牢屋にぶち込まれてるんだよ」

「あっはっは。こいつは耳が痛えや。ま、ちょいとこの町の領主と揉めててなあ」


 領主か……。港で兵士が俺を捕まえに現れたのもそいつの差金なんだろうか。いや待てよ。そういえばさきが見当たらない。


「なあ、俺と一緒に黒髪の女の子が連れてこられなかったか?」

「黒髪の女ぁ? いや兵士が引きずってきたのはお前さんだけだなあ。なんだいお前さんのイロかい」

「そんなんじゃねーよ。俺の仲間なんだ。港町で一緒に行動してたんだけどな。無事だといいんだけど…」

「ふぅん?」


 何やら考え込む仕草を取るシン。いやコイツに構ってる暇はない。今は早くこの牢屋から脱出しないと。咲だけじゃなく、カナとトワの方も心配だ。


「どうやって出たもんかな」

「そうだなあ。よし! 丁度俺も退屈していたところだし、手を貸すぜ兄弟」

「いいのかよ。別にあんたが危険な間に合う必要なんてないぞ」

「他人の心配ばかりするもんじゃねえぞ。それに、リスクなんて怖がってちゃ海賊稼業は務まらねえのさ」


 そんなもんか。まあ、こんな時だし、ありがたく助けてもらおう。


 慣れた手つきでピッキングして牢屋の鍵をこじ空けたシンに続いて、俺も牢屋から地下道へと脱出する。


 幸い監視はなく、シンが先導してくれたおかげもあってすんなりと地上に繋がる扉の前まで来れた。


「どうして道を……」

「ん? ああ、こいつは俺の “エコー” つうスキルでねえ。道探しには便利なのさあ」

「ふうん。スキルにも色々あるんだな…」


 なにはともあれ助かる。この調子で早くここから逃げないと。


「おい! そこで何してる!」

「やばっ、見つかった」


 大勢の兵士が館のそこかしこから飛び出してくる。映画やドラマでしか見たことないような場面なんだけど。


「仕方ないねえ、先に行きな。ここは俺がどうにかしてやるよ」

「あ、おい!」


 止める暇もなく飛び出したシンが軽快なステップで兵士を翻弄して、次々に蹴散らしていく。言うだけのことはあって本当に強い。体術の心得があるのか兵士の武器が全くかすりもしない。


 俺もやれることをやらないと。


「なにしてんだ、この隙に逃げろ兄弟!」

「いや逃げたってどうせ追われるだけだろ。だったら領主に直談判してこんなこと止めさせてやる!」

「はっ。ぶっ飛んでるねえ! 気に入ったぜ、餞別代わりに持っていきなあ」

「これは……?」


 戦闘の最中にシンが投げて寄越してきたのは、繊細な細工が施された羅針盤コンパスだった。黄金の針が非常に綺麗で値打ち物のように見える。


「そいつがあれば、お前さんが望むところへ連れて行ってくれるはずさ! これから旅路が上手くいくよう祈ってるぜえ」

「そんな貴重なアイテムを…。ありがとう、シン!」


 学ランのポケットに羅針盤をしまい、屋敷の奥へ通じる階段を駆け上がっていく。


 そういえば領主に会うのはいいが、どこにいるんだ? しまったな、ノープランだった。慌てて壁を探すが地図なんてあるはずもないし、どうしようかな……。


「望む場所へ連れて行くって言ってたな。なら頼む、俺を領主の部屋まで案内してくれ!」


 もらったばかりの羅針盤コンパスを取り出して掲げる。すると、急に針がグルグルと勢いよく回り出したかと思えばまばゆい光線をどこかに向かって発射した。この線が道案内ということなのだろうか。他に当てもない以上これを追うしかない。


 そうして光の線に導かれるまま、俺は館の中を駆け抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る