004-0 麦の道とほこら



 発見した道をふたりは進んでいく。


「やっぱり道だな。麦がツンツン顔をつつかないし、遠くまでよく見える」


 ふぃーと、うまそうに空気を吸い込むピコバール。


「それそれっ」


 弾のないリボルバーの引鉄をガチガチ鳴らし、快適な遠足を景気つける。


「うるさいピコ」


ガオは固い土をしゅるしゅる、進んでいる。麦より走りやすいのだが、元気がない。


「ホントにこっちでいいのかピコ。逆のほうが、正解だったんじゃないのか」


「まだ言ってる」


 都合よく、物語のようなヒントなど落ちてないし、この先に〇〇の町があるわと言ってくれるNPCもいない。たどりつく先になにかが待ってるのか、それとも跡絶えてるのかは、行って確かめるしかない。


「心配性だなガオは、麦穂神のお告げだ。こっちに間違いない」


 横たわる道。右か左のどちらかを選ぶしかないのだ。


「投げた麦の穂先がこっちだったってだけだろ」


 運を天に任せたわけだ。


「お主の行く手に幸福はある。お告げとはそういうものじゃよガオくん。どんっどん進むのじゃ。“待てば海路の日照りあり”じゃ」


 そう言って、水魔法での水を飲む。


「待てばと言ってる格言を引用したうえに、間違ってる。心配しかないな」


「小さなことを苦に病むな。それよりも状況を整理すべきだと思わないか」


 口をぬぐうピコバールが、そう提案した。


「状況?」


「ぼくたちは天涯孤独で旅をしてる。そこまではいいな」


「路頭に迷うことを旅というなら、そうだろうな」


「こういう場合はどこかで誰かに会い。そこで宝探しの情報や、怪物を倒す依頼を受けたりするのが冒険の定番だ。家庭教師の目を盗んで読んだ軽量文学小説ラノベに書いてあった」


「そうだな。どこかで誰かに合う前に野垂れ死んだら、小説にならない」


「ひねくれてはいるが、たいへん良い指摘だ。そう、ぼくたちは冒険者。生きて小説の主人公になる運命なのだ」


「驚きだなピコから、ひねくれてると言われるとは……その運命て誰が書くんだ? 麦しかない世界で作家と出会う?」


「はっはっは。大丈夫だ。冒険はぼくのような美少女を放っておかない」


「ピコ。おまえ友達いなかったろ」


「お仕えしてた姫様が仲の良い友達だった。よく叩かれたり魔法で撃たれたりしたなぁ」


 空を仰いだピコバール。浮かぶ雲は、あの懐かしい末姫によく似ていた。


「それは友達でなく主人だ。虐待され洗脳まで受けてたとは哀れなピコ。うぅ……」


「なぜ泣く!?」


 軟らかい風が吹いて、順番におじぎしていく麦の波。ガオの静かなモーターを除けば、静寂そのものだ。頒布の屋根。ピコバールはあぐらをかいて、地平まで続く道をぼんやりながめる。


「ん――。ん?」


「どうしたピコ。略してドピコ」


「なにか。見えるような、気がするんだが。行けばわかる」


 目を細めたり開いたり、手のひらでひさしの下で、微かにみえそうな物体に目を凝らす。しばらくいくと、気のせいではないことがわかった。


 高さは3メートルくらい、丸太を組み合わせた四角い建物だった。ガオでも悠々入れそうな入口があるが、それだけのものだった。王都の郊外にあるという、定期馬車の停留所が、こういうものだったろうか。


ほこらっていうんだよ、ピコ」


「ほこら?」


「ほこら」


「ほっこら、ほこっら、ほこらっちょ」


 ピコバールは、腰をふりふり、くねらせ始めた。両手を高くふって腰ふりダンス。祠の周りを笑いながら、歩いていく。いわゆる盆踊りやね。


「ほっこら、ほこっら、ほこらっちょ~ ほっこら、ほこっら、ほこらっちょ~」


 ガオも釣られて、ピコバールに続いた。ふたりは回って、ぐーるぐる。

 空は快晴。気温は肌に涼しい。最高のスポーツ日和に10分ほど、楽しい汗を流した。


「いぇいいぇーい! はっ! なぜ踊ってるんだ!?」


 ガオが真顔になり、クローラを止めた。


「いやっふぅ。ほっこらダンス。世界に流行らすのだ。ガオもノリノリだしなっ」


「……オレを巻き込むなっ! ごほ。えーほこらとは神仏を祭る建物のことをいう。by ガオライブラリィ」


「コイツ。ごまかしたな」


 ピコバールは、改めて祠のまわりを調べてみる。やすやす周回できるくらい、祠のまわりは踏み固められて、麦の一本も生えてない建造された一画だ。道に向いた箇所がふさがってないだけの特徴のない古い建物だが、それがかえって不気味だった。

 麦藁を引っこ抜いて突っ込だが、向うの壁にあたる感触がない。見た目の大きさより、内部は奥まってる。


 中をのぞきこんだ。


「奥まで見えないな。大きな小屋程度しかないのに、まるで夜闇のはじまりみたいだ」


 真昼の光で反射するものがない。底が知れない深井戸を探るような、危険をはらんだ薄気味悪さだ。


「ピコ。そんなのほっといて行……、なんだその顔は」


 ガオはじりじり離れたが、ピコバールはニッコニコだ。


「絶対おかしいぞこれー。中に入ってみなきゃわからないなー」


 少女は足元の小石を拾うと、ぽい、祠の中に投げ込んだ。


「あーあ、小石を落としてしまったー。困ったなー。あれがないとむにゃむにゃができない」


「なんだよそれ」


「しかたない、拾ってこよー」


 よくわかない理由をつけてピコバールが侵入。「ピコっ」慌ててガオが入口に寄ったが、暗くて中がなにも見えない。入る勇気もでなく、不安だけが押し寄せてきた。


「ピコ?」


 返事がない。不安は高まってくる。

 いつもはめんどくさくても、面倒なりの返答があるのに。


「ピコ? ピコ!? ピコォ―!! わっ」


「ピコピコうるさい。ガオも入ってこい」


 ひょっこり、顔だけだしたピコバール。その目は、今世紀最大の発見のお宝を見つけたように、目尻を垂らし、うるうる涙を浮かべていた。


「なにがあった?」


「行けばわかる。迷わずいけよ」


 どこか聞いたことのある格言を放つ。


「え、遠慮する」


「そういうなって、怖いのは最初だけですぐによくなるぞ。快感に変わる」


「なんのお誘いだ、こ、こら勝手に操縦するな」


「はっはっはー。羽ばたけガオ。共に新しい世界へいざ行かん!」


「わーーーーあ。わ?……………………」


 せまい。外の明りがまったくない漆黒の暗さ。でもそれは一瞬のこと。数秒も進むと前から別の光がとどいてきた。着いた先にあったものは。


「 へ? 祠はどこら……ここって!?」


「町だよガオ町。消えたんじゃない。麦平原の下に移動してたんだ。みんなこんなところで暮らしてたんだよ!」


 たくさんの建物。大勢の市民。馬車が走って店が立ち並ぶ。町並みの暮らしが広がっていた。


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