第12話 悪人

 午後のゲームが始まる少し前。

 ちょうどお昼休憩のとき。

 俺様と伊里奈は食事をしていた。

 肉もりもりの俺のプレートと、伊里奈のスイーツたっぷりなプレート。

 俺様たちは光の当たる気分のいい席に座ると、周囲の視線を感じる。

 午前のゲームの後から感じていたが、みんなの目が冷たいものとなっている。

 だが、一人変わらないやつがいる。

「どうした? 貧乳女?」

「悪ぶっているけど、ホントは違うんだよね?」

 もはやツンデレでもアホの子でもない女。

「心配してくれているのか?」

「ううん。なんとなくそう思ったのよ」

 ……驚いた。

 俺様を好意的にとらえてくる人なんてなかなかいない。実の両親だって……。

 古い記憶の断片をふるい落とすと、貧乳女に向き直る。

「てめーがどんな勘違いしてんのかわかんねーけど、絶対に違う。俺様は悪いやつだ」

「そうかな? でも本当に悪いやつならって言わないじゃない?」

 ツインテールの片方をヒュンヒュンと回し始める貧乳女。

「いや、それは……」

 バツの悪い笑みを浮かべて抗議するが、貧乳女は聞く耳を持たない。

「だって、無理している。そう見えるのはあたしだけ?」

「……そんなこと、言われたこともねーよ。それに見ただろ? 眼鏡を殺すところ」

「うん。そうだね。でもなんだろ? あたしにはそうは見えなかった」

 こいつ、どんな感性を持っているんだ?

 確かに俺様はスキル《》を使ったが。

 それはいい。

 だが、眼鏡に酷いことをしたのは事実だ。

 俺様の過失がなくなったわけじゃねー。

 しかし、みんなの過去を聞いていると胡散臭さを感じる。

 なぜ、ここに集められた連中は過去に陰惨な経験をしているのか。

 なぜ、皆ゲーマーなのか。

 それは分からないが、俺様はこのゲームを真っ先にクリアする。

 そしてこんな連中とはおさらばだ。

「やっぱり、龍彦くんは良い人だよ」

 貧乳女がそう言い、手を伸ばしてくる。

 肩に触れそうになると、その手を払い除ける。

「俺様に触れるな」

「君は……」

 貧乳女が何かを言いかけて、口を真一文字に引き締める。

「わりぃが、貧乳女の言う通りの人間じゃねー。こっちとら、数年来のひきこもりだ。ニートだ」

 これ以上、こいつと関わるのは嫌な予感がする。

 アホっぽく繕っている顔だ。

 その下に何を隠しているか、分かったもんじゃねー。

 その危険性を一番に認識しているのは伊里奈だ。

 先ほどから殺気のこもった視線を向けている。

 やはり敵だ。

「わりぃな。貧乳女。話はここまでだ」

 食事も終わったし。

 立ち上がりその場を去ろうとすると、俺様の袖口を引っ張ってくる貧乳女。

「あたし、絶対、あんたを裏切らないから。だから、なんでそんなに必死なのか、教えて?」

 貧乳女。

 やはり、お前は危険な存在だ。

 俺様の近くにはおいておけねー。

 いつか、喉元掻っ切られる。

 そんな予想がつくほどに恐怖じみている。

 これがゲーマーならではの勘と、彼女の過去から推察できる。

 しかしまあ、天然でやっている可能性もありえる。判断するには早いか?

「そうだ! LionライオンのID交換しない?」

 Lionとは世界でもトップクラスのチャットツールで様々なやり取りをできるコミュニケーションツールだ。

「は? てめーになんの利益もねーだろ?」

 俺様は自分の耳をかっぽじって聞き返す。

「いいじゃない。これも縁よ」

 そう言ってスマホを差し出す貧乳女。

 押されるがままに、俺様はLionIDを交換する。

「ふふ。これで楽しみが増えたわ」

 ツインテール女は嬉しそうに笑みを零す。

 いや、なんでそんな顔ができる。

 俺様は人殺しだぞ。

 自分の胸が痛むのを感じ、俺様はその場を後にする。

 一旦、自分の部屋に戻ると、伊里奈に尋ねてみる。

「貧乳女、何を企んでやがる?」

「ん。純粋すぎる、のです……。だから危険、なのです……」

 純粋すぎて危険、か……。

 言いたいことは分かる。だが、あの貼り付けたような笑みの裏側はどんな感情で満たされているのか。

 このゲームは裏の裏を探り合うものだ。

 だからみんなの開示した過去にはなんの意味もないと思っている。

 同情で飯はくえねー。

 同情で友達はできねー。

 そんなのは百も承知なんだよ。

 でも、ツインテール女の笑顔。

 どこか引っかかる。

 俺様の勘違いかもしれねーが、あいつには以外の目的があるように思えてならねー。

「信用できねー」

「ん。信用はできる、です……。手駒になるチャンス……です」

 伊里奈は不満そうにつぶやく。

 でも伊里奈が言うからにはまず間違いないだろう。

 でも、でもなー。

 ならなんで伊里奈はそんなに不満そうな顔をしているんだ?

 俺様には理解できないぞ。

 それとも高度な心理戦なのか?

 俺様には分からない頭脳バトルなのか?

 金髪ツインテール。

 いや、あの顔を思い出すと分かるが、そんな頭の良いやつじゃない。

 なんですとー!

 想像のあいつがツインテールを逆立てながら怒っている。

 ふと笑みが溢れる。

「やはり危険なの、……です!」

 伊里奈は不服そうに頬を膨らませる。

 これまで妹のことは信頼できていたけど、ここまで不確かな情報も初めてだ。

 いつもなら、冷静に分析ができるのに。

 それだけ九条理彩というやつが恐ろしいのかもしれない。

 気をつけよう。


『午後のゲームが始まります。参加者は全員、20階フロアに集まってください。繰り返します――』

 アナウンスが流れ、俺様たちは20階に向かう。

 そこにはすでにみんないて、静かに怒りの視線を向けてきている。

 まるで化け物を、ゴミを見るかのような視線。

 俺様だってバカじゃない。そのくらいのことはわかっている。

 いくら《代打》を使ったと言えど、人の命に変わり無い。

 その生命、一つ一つに家族がいて、友達がいて、仲間がいる。

 知っている。そのくらいのこと。

 だが、俺様は――。

「は。てめーらに拒否権はねー。さっさと死ね」

 そう言って俺様はモニターの前に陣取る。

「龍彦くんってば、やる気満々ね」

 ツンテール女が嬉しそうに歩み寄ってくる。

「ま、ゲームしているのは、ってことだ」

「????」

 やはり貧乳女はアホだ。

 まあいい。利用してやる。

 ルーレットが始まり、次の親を決める。

 二人の親と残りの四人の子で勝負することになるが、親の一人は絶対に俺様になる。

 スキル《王者の化身》はそういったものだ。

 ただし、これからもである必要がある。

 それが不利に働く可能性も無視できない。

 だから伊里奈にはオススメできなかった。

 それにLPが300もするお試し感覚で買えるようなスキルじゃねー。

 しかしまあ、このかくれんぼにおいては使い勝手がいい。

 まあ、勝ってみせるさ。

「さて。次は誰が獲物だ?」

 ルーレットが止まり、二人目の親が決まる。

『九条理彩さん。おめでとう! 君が親だ!!』

「そう、なんだ!」

 貧乳女は少し嬉しそうにする。

 親になれば、LPは稼げる。

 自然な発想だ。

 だが、一人も当てられなければ、自分のLPを消費することになる。それもレートの上がった今ではかなりの危険行為になるだろう。

 ゲームはだ。

 努力値も、コースの配置も、手札さえも、計算で導き出される。

 計算をして、し尽くして、そうしてようやくゲームの攻略法が見えてくる。

 俺様は伊里奈というスーパーコンピュータがついているから間違えることはない。

 だが、九条はただの人間だ。普通のだ。

 そう簡単には理解できねーだろ。このゲームの攻略法を。

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