憧景

涼月

芋ずる式思考を愉しむ

 世界には美しい景色がある。それを教えてくれたのは、幼い頃に見たカレンダーの写真だった。鮮やかな色彩に溢れたその写真は、視覚的に、心理的に私に強烈な印象を植え付けた。 

 大人になったら見に行きたい。単純な私は密かに心に誓った。

 

 幸運にも、モルディブブルーに囲まれた真っ白い珊瑚の島は二回訪れることができた。だが、赤茶けた地層剥き出しの大地、グランドキャニオンはラスベガスで足止めされた。季節外れの雪のせいで。夢を叶えるのは簡単では無い。


 憧れの景色の中に身を浸してみれば、記憶の中にすっぽりと入り込んだような不思議な感覚が沸き上がる。隣に並ぶ幼い自分へちょっと自慢気に語り掛けたくなった。 

 ここまで来たと。

 そして、写真ではわからない生の情報をその身に刻み込む。澄み切った空気のせいでダイレクトに降り注ぐ日差しが肌を焼く。それを和らげるように撫でる爽やかな海風。透ける海の世界は美しく揺らぎ、魚は私に頓着無く泳ぎ回っている。手足と波が同化した瞬間、自分が正に自然の一部になったような感覚に至った。

 現実社会では味わえないモノを得て、私は心が満たされると言う意味を知る。


 彼の地へ私を連れて行ったのは憧憬しょうけいの気持ちだ。

 そもそも、憧憬とはなんだろうか?

 ググってみれば『憧れ、心奪われうっとりと思い浮かべること』とある。


 お気付きの方もいると思うが、題名の『憧景しょうけい』は造語である。『憧憬』と『景色』の一文字ずつを取って合わせた言葉。

 今日はこれをね繰り回そうと思っている。


『憧れ』と言う感情を、人類はいつ頃獲得したのだろうか。

 私をはるばる南の島まで誘ったこの感情こそが、人類の進化や発展に大切だった感情のように思える。でなければ、まだ見ぬ地へと渡ってゆく勇気なんか持てそうにないからだ。

 現在の発見、研究状況から、人類はアフリカに起源があると言われている。だが、原人の化石は遠くアジアにも出土している。つまり、原人(ホモ・エレクトス)は、この『憧れ』と言う感情を持っていたから、山を越え海を渡ることができたのでは無いか。

 そんなことを勝手に想像して面白くなる。生命のDNAが、生き残りをかけて模索し続けた結果、辿り着き獲得した感情分子運動の一つだとしたら更に感慨深い。



『憧れ』は、心地よいとか美しいとか思う物に向けられやすい。そして、そこには色が溢れている。もし、あのカレンダーの写真が白黒だったら、私の中にここまで強く残ってはいなかったはずだ。いや、そもそも色が認識できなければ、なんとも味気ない世界で生きることになりそうだ。


 愚かな私は、つい最近まで色が波長と言うことを実感として分っていなかった。

 人類は三色、青、緑、赤の光受容体を持っていて、百万もの色を識別していると言われている。それに対し、鳥類や魚類、爬虫類の中には、四種類もの光受容体を持つものもいるそうだ。また、同じ三色でも、紫外線と青、緑の組み合わせと言う昆虫もいる。それぞれの生き物が獲得した光受容体もまた、進化の中で取捨選択された結果なのだろう。


 いずれにしても、この色覚のお陰で、私はモルディブの青い海も空も白い砂浜も見ることができたのだから、人間に生まれて良かったと言うべきか。いや、魚だったら四つの光受容体を持っている種もいるらしいので、モルディブブルーも違う見え方をしているかもしれない。 

 

 それにしても『色』と言う漢字の成り立ちには驚いた。男女の性交を描いた象形文字が元になっているらしい。互いの顔色(表情)を気に掛ける意味から、徐々に色彩を表す言葉へと変化してきたらしい。そこに見え隠れしているのは、色と気持ちを重ねると言う繊細な感性。人の光受容体が感情とも深く結びついている証のように思えた。いささか飛躍し過ぎだろうか。


 こんな風に芋ずる式に思考の旅をすることが、私は割と好きなのだ。お金のかからない趣味なので経済的。

 最後に、題名にある二つの漢字の成り立ちに触れて、このとりとめの無いエッセイを終わりにしようと思う。


『憧』と言う文字は、『りっしんべん』と『童』の組み合わせだ。りっしんべんが配されていることから一目瞭然、この漢字は心に関わることを表している。童の方は『どう』と言うおと合わせで配されたようで、心を動かす『動』と紐づいているらしい。

 だが、現代では子どもを思い浮かべる『童』と言う漢字の成り立ちは、奴隷の姿だと言うことを知って切なくなった。『憧』と言う漢字は、奴隷が心に思っていたこと。自由への渇望だったのでは無いか……そんな想像が頭を過った。


 もう一つの『景』の文字は、太陽と高い丘の上に立つ建物の姿を表現しているそうだ。太陽は、いつの時代も大切にされてきたのだろうと思うと同時に、高い丘の上の建物は人の営みが生み出した物。多分権力者の住まい。そうなると『景』の文字は、自然を表した文字では無いのだろう。自然と人間の姿、更にいえば社会の姿を表している可能性もゼロでは無いかもしれない。と思ったところで『景気』と言う熟語を思い出した。


 自然破壊と言う言葉が叫ばれて久しい。だが、こうやって思考を巡らせた後よくよく考えてみれば、人間の『』は、自然そのものでは無い。自分たちにとって住み良い世界を意味している。

 人間が住みよい世界にならないように、これからは気を付けて思い描いていかなければいけないとちょっと気を引き締めた。



            了 



 【参考資料】


☆漢字の成り立ちについて

 OK辞典 ↓

 https://okjiten.jp/


☆言葉の意味

 コトバンク ↓

 https://kotobank.jp/


☆光受容体の話

 academist journal ↓

 https://academist-cf.com/journal/


 

 


 

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憧景 涼月 @piyotama

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