二十九、君を助ける

「さて。どうしようか」

 リッドは腕組みをした。

 太くなった腕では腕同士をうまく絡ませることができなくて不格好な形になった。

 その様子を見ていたユイルの表情がやわらかくなる。

「笑っている場合じゃないよ。もとの姿に戻りはしたけど、事態はあまり変わっていない」

 リッドは四方に視線を巡らせた。少し距離はできたが、相変わらず兵たちが二人を取り囲んでいる。ユイルのことをまだ『敵』だと認識しているのだ。

「話し合いは無理だと思うよ」

 そんなことはわかりきっているだろうと思ったのだが、言ってみるとユイルは意外そうな顔をしてみせた。

「どうにかなると思ったの?」

 迷うことなくコクリと頷くものだから、リッドは大きなため息をこぼした。それが威嚇の啼き声に聞こえたようで、兵士たちがびくっと身をすくめる。

「なるわけないじゃないか」

「どうしてそんな意地悪なことを言うの? 私を助けに来てくれたんじゃないの?」

 ユイルがリッドの外套をぎゅっと掴んだ。

「助けるよ。君を助ける。だけどそれは必ずしも君の望み通りにするということではないよ」

「それはどういうこと?」

「こういうこと」

 外套に掛かっていた手を右手で掴んだ。

 もう片方の手はするりとユイルの腰に回しそのまま彼女の体を持ち上げる。

「え? な、何するの!」

「僕にとっては君の命を救うのが最優先だ。悪いけど、ここはいろいろ諦めてもらうよ」

 暴れるユイルをまるで荷物か何かのように右肩に担いでリッドは言った。

 そんな言葉をユイルが受け入れるはずはなく、リッドの背中を叩いたり両足をバタつかせたりして抵抗する。

 しかし、

「ユイル、目の遣り場に困るんだけれど」

 リッドのその一言でユイルの動きはぴたりと止まった。左手をそっとお尻のあたりに当ててスカートの動きをおさえる。

「…………見たの?」

「今のところは、まだ」

 ユイルのガードが固くなる。

 抵抗がおさまったのを見届けてリッドは強く地を蹴った。コレールの背中を借りたときよりもさらに高く跳んで、軽々と兵の輪から抜け出す。

 素早く反応した兵の何人かが武器を突き上げた。その一つがリッドの外套の裾に掛かったが、それだけだ。もともとくたびれていた外套に新たな裂け目を作っただけで、体を傷つけることも捕まえることもできなかった。

 リッドの体は人垣の真ん中辺りまで跳んだ。着地点を予測して人々が散る。逃げ遅れがいないことを確認してリッドは両足でしっかり地面を踏んだ。

 体の重さと高く跳んだそのエネルギーの大きさに反して軽やかな着地であったことに人々が驚く。リッドは少しだけ得意な気持ちになって意味もなくその場で宙返りしたくなった。が、肩にはユイルを乗せている。

 その場で一度トンと垂直に跳ね両脚の強さとしなやかさを見せつけるだけにして、そのついで、高く上がったところで次の着地点を決めた。

 大きく跳ねようと深く沈み込む。

「あ」

 跳躍に入るすんでのところで忘れ物に気がついた。

「確かこっちの方だったはずだけど」

 忘れ物のある方向を見遣る。リッドが顔を向けるとその方向にいた人たちがざざっと両手に分かれて逃げた。そうしてできた道の奥に思った通りサージュが立っていた。

「いったい何が起きてるってんだよ」

 サージュは引きつった顔で笑う。

 その前に歩み出て、リッドは小さく「ごめん」と言った。しっかりと目と目が合っていたから、その一言の言葉の意味がきっと伝わっているだろうと信じた。

 言ってすぐ、サージュの体を突き飛ばし雄叫びを上げる。サージュはよろけはしたがしっかり自分の足で踏みとどまって「何をするんだ!」とリッドを怒鳴りつけた。

 しかしそれだけだ。

 預けていた背嚢を分捕るようにして回収しても何もしてこない。厳しい顔つきで睨みつけるばかりで、何もしない。

 サージュの瞳がわずかに違う方を向いたのは早く逃げろという目配せだったのだろうか。

 自分たちの正体を知らなかったサージュを巻き込みたくはないというリッドの意思を理解してくれたということなのだろうか。

 リッドはそうと信じ心の中で「ありがとう」と言った。そうしてから、再度大きく跳んで人ごみの外へ逃げた。

 人々をかき分け兵らが追ってくるが、二度目の跳躍ですでに片は付いていた。

 聖堂前広場の喧噪はすでに遠くのものとなった。

 道々で悲鳴や叫喚を生みながら、獣と魔女はシャルムの街から逃げ去った。


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