二十四、怪しい
酔い覚ましの出来は上々だった。
被験者となった男たちの反応もいい。さっそく何件か注文が入ったほどだ。
だというのに薬を作った本人は、リッドが伝えた結果に不満そうな顔を見せた。
「だって全員じゃなかったのでしょう?」
どんな薬でも万人に効くものではないだろと言っても不機嫌は直らない。
「大事な審査のための薬だもの。最善を尽くしたいじゃない」
ぷうっと膨らんだ頬。しっとりとした白い肌がふっくらと膨らむ様は、まるで上等な菓子のようだ。
右か左か、どちらか一方をつついてみたらどうなるか気になったが、やってしまったらきっと凄い剣幕で怒られるのだろうと、のばしかけた手をそっと引っ込めた。
「大事な審査だからこそ、それくらいにしておきなよ。気にしなければいけないのは薬の完成度だけじゃないんだからさ」
所狭しと並べた調合の道具や材料を一つずつチェックしながらリッドは言った。審査に向けてマルシャンの店の倉庫に運ぶものの点検の最中だった。
ついに審査の日取りが決まった。
まだ十日以上先ではあるが、物資の搬入など事前にできることを一つずつ消化していかなければならない。
ユイルは手順や何かがどんなに面倒でも薬づくりなら見事にこなしてしまうのに、期日までに計画的にということはそれほど得意ではないようで、準備のほとんどはリッドが主導して行うことになった。
「こっちはマルシャンの倉庫行き。こっちは当日持って行くもので――」
道具を分けていると、ユイルが当日持って行く予定のものの中におかしなものを見つけた。
「ユイル、これも持って行くのかい?」
リッドは他のものの陰に隠すように置いてあったそれを手に取って言った。
「あ。え、ええと」
あきらかに取り乱した様子のユイル。
それもそのはず。
「これ、
それは魔女が使う道具だった。
魔女は魔法を使うとき、魔女の森に棲む精霊の力を借りる。それを森以外の場所で行うときには力の制御が不安定になるため、精霊石と呼ばれる石を持ち歩く必要があるのだが。
その精霊石を詰めた魔法の道具、採霊管がどうして更新審査用の道具群から見つかるのか。
「こんなもの、持って行く必要ないよね?」
リッドはガラス管をユイルの前に突き出した。中には指の先ほどの大きさの石がいくつか入っている。緑色の宝石のような輝く欠片はたしか風の精霊石だったか。
「お守りよ! 持っていると、落ち着くの」
慌ててぶんどって懐にしまった。都合が悪かったのか一向にリッドと目を合わせようとしない。
「お守りだとしたら、こんなに必要ないよね?」
リッドは言って見つけたガラス管を並べた。
荷物の中に紛れていたのは一本ではなかった。
それぞれ異なる色の石が入ったガラス管が六本転がっていたのだ。
見つけた瞬間には驚き、直後には「どうして」と困惑し、そのあとに苛立ちがきた。
そして今、リッドは呆れていた。
「そんなもの持って歩いていたら、魔女だってばれてしまうじゃないか」
ため息が出るのは当然だ。
『正体不明の調合屋』であるためにこれまで協力してきたのだ。だというのに、当の本人はどうしてかそんな理に適わないことをする。
「大丈夫よ。この街には二百年の間魔女がいなかったのよ。みんなこれが何かなんて知らないわ」
「僕みたいなよそ者が気づいたらどうする」
「それは……」
ユイルがようやく視線を合わせた。
何か言いたそうな目をしていた。
「なくたって平気だろ?」
「あった方が心強いわ」
譲らない気だ。
「じゃあ、せめて一本だけにしぼるとかできない?」
「四精霊は揃えておきたいじゃない」
「当然のように言うけれど、そんな魔女ならではの理屈を言われても僕にはまったく響かないから」
「それじゃあ三本なら?」
「一本」
「二本で我慢するから!」
ユイルは先に奪取した一本に加え、今度は青い石が入ったガラス管を手に取ってぎゅっと抱え込んだ。
「これ以上は、ムリ!」
駄々をこねる子どものようだ。
まいったなとリッドは頭を掻いた。
「それじゃあ二本だけだよ。絶対に人目につくような場所に置かないこと」
「もちろんよ」
ユイルはうんうんと頷く。
「それから他のは没収。審査が終わるまで僕が持っておく」
「え……」
「何かまずいことでも?」
「…………ないわ」
ユイルが視線をそらした。
「そんなことしないとは思うけど、こっそり新しい採霊管を作るとかはなしだからね。発覚した段階で僕は協力をやめるよ」
いいね、と念を押した。
ユイルはまだ納得しきれない顔をしていたが、口を尖らせながらも「わかったわ」と返事した。
「まさかとは思うけど」
リッドはユイルの顔をじっと見る。
「な、何よ。新しく作ったりなんてしないわよ。しつこいわね」
ドギマギしながら言うユイルに、リッドは疑る視線を投げつける。
まさかとは思うが、嫌な予感がしてならない。
「いや、でも……まさか。さすがにそんな馬鹿なことは――」
しないはずだと断じることができない自分がいる。あの日、街の高台で目にしたユイルの表情を思えば、嫌な予感は色濃く鮮明にリッドの肩にのしかかるのだ。
「まさかなあ」
リッドは採霊管の石を睨みつけながら重苦しいため息をこぼした。
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