第23話 ―雪音― Not a Monster

 雪音ゆきねは悲鳴が聞こえた瞬間、ハンドガンを手にし、そちらの方へ駆け出した。

 母家まで来た時、畑の向こうに咆哮が聞こえた。蒼緒あおが〈狼餽〉に襲われ、衣蕗いぶきが駆けつけるところだった。日本刀を手にしている。

 ここからではハンドガンでは覚束ない。まずはアサルトライフルを回収するのが先だと判断し、紗凪を待たずに母屋に入った。

 

 だが、誰もいなかった。布団はも抜けのからだ。それにあるはずの銃がない。

 なぜだ。なぜない。

 仲間内の誰かが回収するような理由も思いつかない。

 ――隠された?

 そう浮かんだ瞬間、押し入れが目に入った。薄く開いている。

 寄り付きと呼ばれる客間に上り、押し入れを開けた。銃だ。アサルトライフルにサブマシンガン。全員分ある。

 そこにあった理由はともかく、自らのライフルを手にしようとした時、銃声と、大きな爆発音が轟いた。

 その時、玄関から声がした。


「きゃあ!」

 

 玄関の外で人影が倒れる。爆発の風圧に驚いたか。

 

流唯るいさん?」

 

 声をかけると、びくりと人影が揺れた。

 

「……ゆ、雪音さん……? 今の、何の音……、なんでしょう?」


 案の定流唯だ。怯えている。というかひどく混乱しているように見えた。

 

「ああ、大丈夫よ。こっちに来て」

 

 爆発音は気がかりだが、彼女を不安にさせてはいけない。言われた通りに流唯がこちらへと来る。病のせいか足元が覚束ない。細い肩を抱きしめた。

 紗凪さなが来たら保護してもらおう。〈狼餽〉一匹なら衣蕗と自分、それから蒼緒がいれば対処するのに問題はないはずだ。

 

「すぐに紗凪が戻って来るから、一緒にここでじっとしていて」

 

 そう言うとこくりと頷く。

 それにしても、流歌はどこだ。辺りを見回す。

 

「流唯さん。流歌は――? それにどうして銃が押し入れに」

「て、鉄砲……は流歌がしまったんだと思います。いつもお片付けするようにと言いつけているものですから」

「ああ。それにしても流歌は――」

 

 どこに行ったの? と聞こうとして、不意に腕に痛みを感じた。

 

 驚いて振り向くと、流唯が腕に何かを突き刺していた。ガラス管に細長い金属製の棒が前後についている。棒をガラス管の中に押し込むのがわかった。

 

「っ……!」

 

 悪寒が走る。それを振り払うように抜き取って捨てた。畳の上に転がる。

 

「……るっ、流歌はなんでもありません! いい子なんです、大丈夫なんです。大丈夫なんです、大丈夫なんです!」

 

 震えながら流歌が言う。まるで自分に言い聞かせるように。

 刺されたのは注射器――と呼ばれるものだったか。何を注入されたのだ。じわりと違和感が広がる。

 

「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 震えながら言う。

 何だ。何が目的だ。

 そしてはたと気づく。

 先程の〈狼餽〉は――。


「先輩、どうかしたの? 何が――」

「紗凪、来ちゃだめ!」


 そう叫んだ時、頭に強い衝撃を感じた。流唯にライフルで殴られていた。

 流唯を止めようとしたが、先ほどの薬剤の影響もあってか、足元がぐらついて一瞬遅れた。流唯が注射器を拾い懐に仕舞うと、紗凪へと駆け寄る。

 

「流唯……さん!?」

 

 流唯はサブマシンガンを持っていた。それを構えて引き金に手をかけるのが見えた。

 

「っ!?」

 

 だが、安全装置の存在がわからないらしく、弾は出ない。そうとわかるやいなや、突き出すように銃を振り上げた。

 ゴリッという鈍い音と共に額を殴られた紗凪が、受け身も取れずに吹き飛んだ。運悪く石造りのかまどに突っ伏す。大きな音がした。

 

「紗凪ぁっ!」

 

 雪音は弾倉を押し込み槓桿チャージングハンドルを引いて、アサルトライフルを構えた。

 ――引き金は、引けない。

 彼女は人間だ。

 化け物、じゃない。

 奥歯を噛み締め、怒りによる震えを堪えた。威嚇射撃をする。――と驚いて流唯の脚が止まった。ふらついている。

 

「銃を捨てなさい、流唯!」

 

 慌ててこちらに銃口を向けるが、やはり弾は出ない。

 

「銃を、捨てなさい」

 

 興奮させないよう、ゆっくりと言う。

 

 それにしても左腕の違和感が全身に広がっていた。〈吸血餽〉であるのであらゆる薬物は人間よりは効きづらいが、それでも影響はある。

 それに紗凪は無事なのか。先ほどからぴくりとも動かない。動悸がした。

 このまま膠着こうちゃく状態を続けていいものか。でも身体がおかしい。


 その時、何かが母屋に近づく音がした。よく聞き慣れた音のような気がする。背筋がぞっとした。


「伏せて!」

 

 雪音は咄嗟に玄関へと銃を向けた。

 その瞬間、四つ足の獣が入って来るのが見えた。引き金を引く。

 ギャウンと悲鳴を上げて、吹っ飛ぶ。

 

 ――野犬だ。それも複数。我を忘れたように興奮している。


 〈狼餽〉に呼ばれたのだ。死肉のおこぼれに預かろうと。

 もう一匹が玄関から入り込む。それを撃った。次の瞬間には窓――雨戸に体当たりする音が聞こえた。

 野犬は次から次へと侵入して来た。手脚に力が入らない。視界が歪む。さっき打たれた薬剤のせいだ。それでも必死で撃った。古い雨戸がぶち破られた。そちらへ銃口を向け、撃つ。そしてまたも玄関へ現れた野犬に向かって引き金を引き絞った。雪音は歯を食いしばった。

 九匹目を撃ったところで、ようやく足音が消えた。

 雪音は吐き気を抑えながら、膝をついた。……玄関のすぐ脇で倒れている紗凪は無事だった。今日ほど精密射撃訓練を続けてきて良かったと思う日はなかった。

 

 その時、複数の足音が聞こえた。

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