第14話 ―蒼緒― Ruffians
「あの、あの、る、るるる
それは空色の瞳と白銀の髪をした女の子で、肩下まで伸びた髪を
「こ、子供相手に、だめです!」
「んだ、てめぇ。餓鬼の飼い主かァ?」
――あああああ、めちゃくちゃイキってるよおぉぉぉぉ!
ドスの効いた声に、内心震え上がる。
つい飛び出してしまったが、ぶっちゃけノープラン過ぎた。きっとこんな時、頭の良い
冷や汗が吹き出す。
「ご、ごめんなさい。でもここここ子供に対して
「ああ!?」
――あ、余計煽っちゃった……。
「このクソ餓鬼が調子ブッこきやがって! あ? お偉い軍人様がイキってんじゃねぇぞクソコラァ! その
顔を近づけて大声でわめく。
――イキってるのはどっちかっていうとそっちだと思うんですけどってそんなツッコミ脳内でしてる場合じゃなくて、ええとええと! 銃で撃つのは駄目だし、多分当たらないし、ていうか銃を向けちゃ駄目だし、ええとええと!
「と、とにかく子供に暴力は駄目です! この子がぶつかってしまったのは謝ります! ごめんなさい!」
「うっせヴァァァカ! 謝んだったら金出せよヴァァァカ! オラヴァァァカ!」
男が拳を振り上げるのが見えた。怖い。男の威嚇に、女の子が蒼緒の外套の裾をぎゅっと掴む。蒼緒はその子を庇うようにして抱き締め、目をつぶった。痛いのには慣れている(吸血でだけど)。
蒼緒は恐怖で身がすくむのを感じながら、殴られるのを覚悟した。
――が。拳は当たらずに、その代わりに聞き慣れた声が聞こえた。
「
顔を上げると、衣蕗が男の腕を掴んでいた。
「衣蕗ちゃん!」
「あ? んだてめぇ! ブッ殺さ――あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! 折れる折れる折れるゥゥゥッッッッッ!」
身体の後ろで腕を捻り上げられ、男が悲鳴を上げる。
衣蕗が手を離すと、腕を押さえてうずくまった。
「マジ折れるかと思ったじゃんかよォォォォ! オイマジふざけんなクソアマァ!」
「雑魚ね」
後ろの方から雪音の呆れ声が聞こえた。
――が、男が白鞘の
「オラァ!」
「ひっ!」
男がドスを突き出す。
悲鳴を上げたのは蒼緒だった。
衣蕗は短く息を吐くと、男のドスを避け、手首をひねり上げると足払いを食らわせる。
「がっ!?」
男が体勢を崩したその隙に、もう一人のドスを避けては肘打ちを食らわせ、背負い投げてもう一人にぶつける。
「ぐあっ!」
「ってめ、ッザケンナァ!」
一人目の男が唾を吐き起きあがろうとしたが、その顎に掌底を食らわせた。素速い打撃に男が失神する。
残り二人が再び立ち上がっては、オラァだの奇声を上げて殴りかかって来る。威勢だけはいいが、あっさりと見切ると腕をいなした手で男を転がした。背中から迫る男の腹に肘鉄を打ち込むと、もろに食らったそいつがぐえっと情けない声を上げて尻餅をついた。ついでに転がった男の腹に、もう一発だけぶち込んでおいた。
最後に、これで終いだとばかりに、落ちていたドスを拾い上げ、男たちの目の前の地面に突き立てた。
「この程度の実力であちこちに喧嘩売ってると、そのうち怪我するから気をつけた方がいいぞ」
「あヒィ!」
圧倒的だった。
衣蕗が右腕一本で三人を叩きのめすと、小娘一人に大の男たちが身をすくめた。男たちが失神した男を担いで逃げて行く。
「お、覚えてろよッ!」
「もう忘れたよ」
衣蕗がさも勘弁だとばかりに吐き捨てると、野次馬を突き飛ばしながらかき分けるようにして、男たちはすぐに見えなくなった。
――と、周囲から歓声や拍手が上がった。
野次馬たちは満面の笑みでやんややんやと衣蕗を囃し立てる。指笛が鳴り、お嬢ちゃんすげぇななど口々に衣蕗を褒め称える。どうもこの辺りでは煙たがられていたゴロツキだったようだ。
衣蕗は顔を赤らめると、群衆に背を向け口をへの字に曲げた。耳まで真っ赤だった。
「雑魚にもほどがあるわね」
「先輩……」
雪音のツッコミに紗凪が苦笑する。
……かっこいい……、あと照れちゃうの可愛い……じゃなくて! 蒼緒は起き上がると女の子に手を差し伸べた。
「大丈夫だった?」
その手を女の子が掴んで立ち上がる。小さな手は、すり傷やあかぎれだらけだった。比較的裕福な暮らしをする者が多い町の中では、珍しい。身なりも質素だ。
……が屈託ない笑顔で笑う。
「お姉ちゃん、ありがとう! それからそっちのお姉ちゃんもありがとう! とおってもつよいんだね!」
蒼緒もつられるように笑った。衣蕗がまたも顔を赤らめる。褒められてどうしていいのかわからないのだ。……可愛い。じゃなくて。
ふと、彼女の足元に何か落ちているのに気づいてそれを拾った。
「……これ……?」
薬袋だった。製薬会社の名前の入った印刷がされている。するとそれを見た女の子があっと驚いて、着物のたもとを叩いた。たもとからなくなっている事に気づいて蒼緒をじっと見る。
「貴女の? はい」
蒼緒がそれを渡すと大事そうに抱きしめては、当て布で継ぎだらけの着物のたもとに入れ直した。
「あのね、これね、
えっと、こういう時はどうするんだっけ? そう呟いて、ぺこりと頭を下げる。
「えっと、ひろってくれて……、たすけてくれて、ありがとうございます!」
頭を上げて、えへへ、と笑う。表情がくるくる変わるし、動きもわたわたとしてまるで仔犬のようで可愛らしい。蒼緒も自然と笑顔になった。……可愛い。
なるほど。どうやら、先程自分たちが追い払われた医院から出てきたようだった。
確かにもう夕暮れで、すぐにも暗くなる。
町中は街灯が立っているが、中心部から離れると道は暗い。
蒼緒は少し屈んで目線の高さを合わせると、優しく言った。
「じゃあ急いでお姉ちゃんの所に帰らないとね」
「うん!」
女の子は満面の笑みを浮かべると、手を振ったまま走り出した。前を見ずにこちらに一生懸命手を振っているので、危なっかしい。
こちらがハラハラしていると、案の定、通りかかりの旦那にぶつかって、またも転びかけていた。確かにおっちょこちょいのようだ。旦那にあたふたと謝っては、えへへとまたこちらに笑顔を向ける。
蒼緒たちは、苦笑を浮かべつつも少女が曲がり角で見えなくなくまで、つい見守ってしまった。
それはともかく、治療が叶わないとあれば、一刻も早く兵舎へと帰投するしかない。
「仕方ない。兵舎に戻ろう」
「吸血しつつ帰投するしかないわね」
「うぐぐ……」
雪音の言葉に衣蕗が口をへの字に曲げて顔を赤らめる。宿も取れないだろうし野営自体は問題ないが、また野外で吸血になるのかと、蒼緒も顔が熱くなる。
衣蕗と目が合うと、思わず逸らしてしまった。女の子を助けてくれたお礼だって言いたいのに、さっきの吸血を思い出して、なんだか上手く笑顔が作れない。
とは言え、衣蕗が心配だった。
その時だった。
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