第3話 ―衣蕗― Correct Way to Suck Blood
一日の課業を終え、大浴場で汗を流し、兵舎の自室に戻ると、月が昇っていた。
衣蕗はベッドの脇に腰を下ろすと、長いまつ毛が縁取る切長の目を伏せた。月光がわずかに差し込み、その美しい横顔を照らし出す。
その顔を細く長い指で覆った。そして苦悶の表情を見せる。
(………………………………………………………………うう、恥ずかしい)
凛とした佇まいのその頬が赤く染まる。衣蕗は美少女だ。ただし、中身はそれの限りではなかった。
趣味は剣術の稽古と筋トレ。真面目で頭が硬く融通が効かない(ただし割とチョロい)。そして何より――だいぶ純情だった。言うなれば、見た目は美少女、中身は純情頑固親父だ。
そんな彼女には悩みがあった。
吸血鬼、というのは厄介だ。
――いや、正確には〈吸血餽〉だ。
いや、名前なんてこの際ど――――――――でもいい。割とあらゆる事がどうでもいい。目の前の問題以外は。
目の前の問題というのは。
ベッドがある。
いやベッドはあってもいい。兵舎だし。むしろなくちゃ困る。
問題はその上だ。
そう、その上。ベッドの上。
自分のベッドの上に、女の子がいるのだ。
それも限りなく薄着の。
白いコットン製のワンピースタイプの寝間着はノースリーブな上、襟ぐりが大きく開いている。裾は長くて膝下まであるのが救いだが、腿から下は透けた柔らかな素材であり、白い脚がのぞいている。つまりいささか露出量が多い。いささかどころかだいぶ多い。……その、肌色の面積が。
――破廉恥だ。
衣蕗は頭を抱えた。
いや、衣蕗自身、花の十六歳の少女なのだから、薄着の女の子が自分のベッドにいるだけで、そこまで戸惑う必要はない。
いや戸惑うというか、妙に意識してしまう。
そこで当初の問題に立ち返る。
〈吸血餽〉というのは厄介である、という問題だ。
そう、〈吸血餽〉というからには吸血をしなくてはならない。しかも若い女子の血を。
いや、こだわらなければ人間であるなら男女どちらでも構わないし、おじさんでも問題ない――はずだ。でも正直、薄着の中年男性が目の前にいても困る。それに若くても男の人にはなんだか抵抗があるし、妙齢の御婦人というのも割と困りそうな気がする。
そういうわけで、消去法でいけば一番心理的ハードルが低いのが、「自分と同世代の若い女の子」というのは間違いないのだが。
……というかそもそも、〈吸血餽〉は少女の血を好むという。まあ飲んでみるとわかるのだが、確かに若い女の子の血は臭みがないどころかいい匂いがするし、甘いし味わい深い。最高だ。美味だ。それは間違いない。
けれど、〈吸血餽〉というのは厄介だ。
――なにせ、吸血には性的興奮が伴うのだから。
恥ずかしくてたまらない。なにせ衣蕗は生まれてこの方、恋愛のれの字とすら無縁で生きて来たのだ。立派な堅物だった。
それなのにいきなり性的興奮と言われても理解が追いつかない。
おまけに吸血の工程というのは実に厄介だった。
以下の手引きは、衣蕗がとある上官に教えてもらった吸血のコツだ。これを遵守し吸血すると、とても
吸血とは元来痛みが伴うものだ。何せ牙を突き立てるのだから当然だ。だが、その痛みを回避した上に血が甘くなる方法があると言う。
一、ベッドの上に女の子がいます。
二、女の子は薄着だと良いです。あるいは上手に脱がせてあげましょう。(ん?)
三、女の子といい雰囲気になります。(え?)
四、女の子を押し倒します。(はあ?)
五、あれこれします。気持ち良くしてあげましょう。(はああああああああ?)
六、吸血します。
七、必要に応じてピロートークをしてもいいでしょう。(最早異次元)
というかあれこれってなんだ、あれこれって。……いや、まあ、わからなくは……ない。一応、歳頃の女子だし。いや、具体的には皆目見当もつかないが。
――というのも、〈吸血餽〉の唾液血液等の体液には、痛みを麻痺させる成分が含まれているという。
しかし同時に、催淫効果もあるのだと言う。十分に舐めれば痛みは減るが、性的興奮も催させる。
おまけに、相手が興奮すると、血が甘くなるというのだ。痛みがやわらぐ上、美味になるとは一石二鳥と言えなくもないが、正直
まともに恋愛すらした事がないのに、性的興奮で気持ち良くなんて出来るか。――女の子を。
おまけに相手は十一年来の幼馴染みで。
というわけで
〈吸血餽〉のくせに吸血が(恥ずかしくて)苦手なせいで。それも――毎晩。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます