第7話 ノンバーバルコミュニケーション
非言語的コミュニケーションのこと。それがいつしか「ノンバーバル」までカタカナ語になって、用いられるようになった。
「Verbal」は日本語で「言葉による」「口頭の」という意味。それに「Non」がつくから、言語によらないコミュニケーションのこと。
だったら非言語コミュニケーションでええやん何でもかんでもカタカナに・・・と文句を言ってもどうにもならず。コミュニケーションという語ですら、長くて、じじぃには言いづらくて、困っているのに。まったくもう。
ところで、普段あまりスポーツ観戦をしない私であるが、ほんとうは、好き。高校野球も高校サッカーも日本代表の試合も、本当は全部観たい。日々のたゆまぬ努力の成果を発揮し、全力を出し切る人間の姿は、どんな競技であっても美しいのだ。感動するのだ。
ただあまりにも日常が忙しすぎて、2時間を超えるような試合を最初から最後までずっと観ていられるだけのゆとりが持てない。人生が何周あっても足りないくらい読みたい本がある中で、夢と暮らしの狭間でアタフタしながら、いろんなスポーツの試合をあれもこれも観ていたら、人生ほんとうにいくつあっても足りない。1日240時間だったらいいのに。
そんな私が、WBC日本代表の、対アメリカの決勝戦(2023年3月22日)を、ちょっとだけ、観た。
理由は、AmazonPrime会員だから。振り返りで視聴できるのだ。
決勝戦の最終回。大谷翔平投手と、彼の現在の同僚(レッドソックスのチームメイト)でアメリカの主将を務めるマイク・トラウト選手との勝負。何ていうドラマチックな展開。最後の最後で、ソウルメイト同士の対決で優勝が決まるなんて。
ヒリヒリする駆け引き。お互いひと言もしゃべらない(あたりまえ)。でも、言葉にはできない、まさに「ノンバーバルコミュニケーション」が、両者の中に、確かに、あった。
野球の醍醐味は、いろいろあるだろう。しかし未経験ド素人の私からすれば、やはり投手と打者の駆け引きというのは、単純におもしろい。
表情、所作、間合い・・・絶対に打たせない/絶対に打ってやる、両者のせめぎ合い、緊張感は、言葉にしようとすればするほど、その空気は伝えられなくなるのではないか。
マイク選手の最後のフルスイングは、空を切った。もし芯に当たっていたなら、きっと、ホームラン、同点だったかもしれない。
しかし、ボールはきれいにキャッチャーミットに吸い込まれた。
その刹那、大谷選手は、普段は決して見せないような、獣のような表情で雄たけびを上げた。普段決してしないであろう、グラブをおもいきり投げ捨てた。
あんなに礼節を重んじ、落ち着いた物腰でおだやかな空気を纏った人物が、ウォー!と叫び一気に感情を爆発させる。その彼に吸い寄せられるように、チームメイトたちが駆け寄る。皆ワールドクラスの超一流ばかり。
この一連のやりとりを、空気を、文章で描写できるならば、その人は超一流の物書きだろう。
きっとノンバーバルコミュニケーションほど、雄弁なコミュニケーションは無いのであろう。
大谷選手がこれまで歩んできた道。田舎の野球チームで、対戦相手もあまりいない中で、野球人生をスタートさせた。道具にも、練習相手にも恵まれない中、まったく無名の選手だった。彼はいま、打者としても投手としても超一流の選手に育ち、世界大会の決勝戦で最後の一球を投げようとしている。
マイク・トラウト選手は、父がプロ野球選手だった。小さい頃から恵まれた環境で野球を続けてきた野球エリート。学生時代から超有名人で、将来を嘱望されていた。周囲の期待通り彼は、アメリカメジャーリーグを代表するトップ選手となり、全米代表のキャプテンを務めるまでになった。
ふたりは日ごろ「ソウルメイト」と呼ばれるほどに仲がいい。同じチームで戦う戦友である。
そのふたりが、初めて対戦する舞台が、世界大会の決勝戦、それも最終回で、あと1人、という場面。
フィクションを超えた現実。
さて今回のテーマ「ノンバーバルコミュニケーション」。
漫画の世界で、最近私が読んだ中で強く印象に残っているのは、次のふたつ。
『進撃の巨人』(諫山創 講談社)
『ゴールデンカムイ』(野田サトル 集英社)
どちらもラストに向かう決定的なシーンで、あえてセリフを省く。ひと言も誰にも何も言わせない。
「進撃」の、ミカサが最愛の人に刃を振るう瞬間の表情
「ゴールデンカムイ」の、鶴見の最後の表情
もしこのふたつを言語化できたのなら、鳥肌ものだと思うのだが、一方で、言葉にしてしまえば、陳腐化してしまうような気もする。
作者はそんなつもりは無いとは思うが、勝手な感想として、それぞれ、この表情を描くために、この長い長い物語があったのではないか、と思うくらいに心が震えた。「漫画という表現手法の現時点での最高到達点」だと私は信じている。
あんな笑顔、どうやって文章で表現できるんだろう。
野球を観る暇はないけれど、漫画を読む暇はあるのかって?その通り。読書は脳の食事なのだ。毎日欠かさないと死んじゃう。
今回「ノンバーバルコミュニケーション」を取り上げたのは、大谷選手と、マイク・トラウト選手の、無言のやりとりが、たまらなくカッコよくて、痺れたからだ。
ところで「面接試験」というやつも、実は「ノンバーバルコミュニケーション」が大半を占めると個人的には思っている。
どれだけ「いい言葉」を並べても、結局は「印象」というものが大事で。
「御社の理念に共感し」と、目を半開きにして、誰にも聞こえないようにボソボソとつぶやいて、朝起きたまんまの髪の毛を気にもせず、ズボンがパジャマのままだったら、どれだけ「共感」をアピールしても、共感してもらえないだろう。
私は、やっぱり言語の世界の住人で、何でも言葉で考えたがるのだけれど、世界一を決める超一流の選手同士のガチンコ対決を観て、言語化できない膨大な情報を一瞬にして脳内に、いや全身に叩き込まれて、脈がドクンドクンと波打って、静まらない。これが「興奮」というやつか。今日は眠れそうにもない(実はお昼寝しちゃった)。
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