第24話 学園占拠

 魔法学園の会議室では、今日も重鎮達による話し合いが行われていた。

 主な内容は、ここ最近話題の代償魔法、《ルシフェール》についてだ。


「犯人の手掛かりはまだ掴めんのか?」


「遅すぎる。全く、衛兵は何をやっているのだか」


 口々に文句を言うお歴々だが……この場を取り仕切る学園長のウィルからすれば、何を今更という感想しか湧いてこない。


(一番腰を上げるのが遅かったのは自分達じゃろうに、呑気なもんじゃ)


 当初、ここに集まった中でルシフェールを警戒していたのは、グレゴリオ・カーディナルただ一人だった。


 息子が被害に遭ったこともあり、他の面々にも声をかけて協力を呼び掛けていたのだが……それに対する彼らの対応は冷たかった。


 息子の不始末なのだから、自分達で片を付けろと。

 カーディナル家だけで十分対処出来るだろうと丸投げし、静観する構えを見せたのだ。


 その結果が、現状だ。

 もはやルシフェールは、学園の生徒のみならず、本職の魔導士にすら浸透し、決して無視出来ない数の者を昏睡状態に陥れている。


(全く、これではあやつに提出させた魔道具のレポートを、じっくり読む時間もないわい!)


 当然、そんな状態では“趣味”に割く時間などあるはずもない。

 ダルクのレポートはざっと流し読みしただけで合格の判を押し、机の中に仕舞い込んでいる状態だ。


 早く続きが読みたい、とウィルは嘆く。


(全く、犯人も何が目的か知らんが、迷惑な……こやつらも、こんなところで不毛な話し合いをしている暇があったら、さっさと私兵を出して捜査協力して欲しいものじゃ)


 捜査協力と一言で言っても、それぞれが各貴族家に仕える独自の戦力だ。下手な介入は現場の混乱を招くだけなので、明確な指揮系統がいる。


 では、誰がトップとなりその手綱を握るのか?


 今話し合われているのは、それがメインだ。

 集まりやすい場所だからと、魔法学園で学園運営に関係のない話をするな、とウィルは思うのだが、誰も聞いてくれない。


「やはり、頼りない衛兵に代わってここは我がルドルート家が……」


「いやいや、ここは我が家が……」


(……早く終わってくれんかの。というか、いい加減にしないとグレゴリオ侯爵がキレそうで怖い)


 ウィル本人は、学園長という立場を持つだけで動かせる戦力などなく、本人も老いて大した力は残っていない。


 故に、この会議にあれこれ口を出すことは出来ないのだが……一向に纏まりを見せない面々に、隣に座るグレゴリオの放つ怒気が高まっていくのを肌で感じていた。


 もうやだ、帰りたい……と、全てを投げ出したくなった時。

 不意に、外が騒がしいことに気が付いた。


「……なんじゃ?」


 誰かの怒鳴り声と、魔法による戦闘と思しき破壊音。


 明らかな異常事態に、会議室も静まり返る。


「何事だ!? そこのお前、確認してこい!」


「はっ!」


 重鎮が集まる場ということもあり、護衛の魔導士も複数名詰めている。


 その内の一人が、指示通りに外へ向かおうと扉に手を伸ばし──


「がはっ……!?」


 扉越しに放たれた魔法に体を貫かれ、倒れ伏した。

 何が起きた、と誰もが思考に空白を生じさせている間に、扉を蹴破って男達が雪崩込んで来る。


「貴族様方、悪いがこの学園は我々が占拠する。大人しくして貰おうか」


「なんだと!? 私達に逆らったらどうなるか、まるで分かっていないようだな!! 何をしている、さっさとその不届き者どもを捕らえろ!!」


 一方的な宣言に腹を立てた貴族が一人、再び護衛達に指示を出す。


 危険人物達を即座に制圧するため、護衛は魔法を発動しようとし──


「な、なんだ?」


「魔力が、吸われ……」


 ──魔力が思うように操れず、困惑の声を上げる。


 その隙に、男達の構えた“杖”から魔法が放たれ、護衛達を昏倒させていく。


「い、一体何が!?」


「悪いが、この学園全域に《対魔法領域アンチマジックフィールド》を張らせて貰った。この中ではもう、“普通の”魔法は使えない」


「《対魔法領域アンチマジックフィールド》じゃと……? そんな大規模な魔法、触媒の用意と儀式だけでも途方もない時間がかかるはず。どうやって」


「それは、私がやりました」


 襲撃者の後ろから現れた女性に、ウィルは歯噛みする。


「……コーネリア先生。あなたが賊を手引きしたんじゃな?」


「そうよ。それと、賊なんて言い方はやめてください。彼らは私の仲間……この貴族が牛耳る腐った世界を正すために集まった、同志なのだから」


「ふん……まさか、学園内に反魔法主義者が紛れ込んでおったとはな」


 反魔法主義者。

 魔法が全てという今の国の在り方に否を唱え、様々な活動に手を染める無法者テロリスト達。


 そう呼ばれたコーネリアは、否定するでもなく笑みを浮かべる。


「ええ、そうよ。魔法が全てだと信じて疑わないあなた達を出し抜くなんて、簡単なことだったわ。さて……聞かせて貰おうかしら?」


 温和で優しい、柔らかな笑み。

 しかし、その瞳の奥に滾るのは、鬱屈とした復讐の炎。


 ここにある全てを破壊してやろうという、反逆者のそれだった。


「自分達の大切な大切な魔法が奪われ、逆に突き付けられた気分は?」


 魔道具によく似た杖を突き付けられながら、ウィルは思う。


 これは、詰んだかもしれない──と。

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