第23話 襲撃

「スフィア……どうして……」


 休日明けの朝。ダルクとアリアの二人は医務室を訪れていた。


 理由は一つ。昨晩、スフィアが寮に戻ってこないことを心配したダルクが教師達に相談し、捜索したところ……彼もまた、ルシフェールが原因と思われる魔力喪失によって、意識不明に陥って倒れているところを発見されたからである。


 ただ、幸いと言うべきか。彼は学園へ入学しているとはいえ平民なので、元々の魔力量が少なくルシフェール使用の反動も大きくはない。


 たとえこのまま魔力が戻らなかったとしても、しばらくしたら目を覚ますだろう──とは言われている。


 だからといって、安心出来るわけでもないが。


「ダルク……本当に、スフィアがルシフェールを使ったと思う……?」


「……あいつに、ルシフェールを求める理由なんてないはずだ。誰かに、飲まされたんだろう」


 医師も魔法を使って治療するが、繊細な作業が多いこの仕事はむしろ、魔力が少ない方が細かい制御が利きやすい分有利であると言われている。


 そんな医師を目指すスフィアが、一時の力を得るために禁じられた代償魔法に手を出すとは考えられない。


「くそ……もっと早く、師匠に連絡を取っておくべきだった」


 ミラとの話し合いで、学園関係者に犯人がいる可能性が一段と高くなった。


 それも、“失った魔力を他人に移す”代償魔法が本当に使用されているのなら……犯人は、運び込まれた生徒ともっとも接する時間の長かった、コーネリアである可能性が高い。


 ミラの推測。そこに、スフィアの不自然な昏睡が重なった今、疑惑はほぼ確信に近いのだが、肝心のコーネリアは姿を眩ましている。


 まだ学生でしかない自分には、どうする力も権利もない──そう、どこか他人事のように考えていたせいで、大事な友達まで危険に晒されてしまった。


 そのことを、ダルクは深く後悔する。


「ダルクのせいじゃないよ。だから、大丈夫」


 そんな彼を心配したのか、アリアがダルクの手を取ってそう告げる。

 少女の優しさに、ダルクは無意識のうちに握り締めていた拳を緩めた。


「……そうだな、落ち込んでても仕方ない。今は、これからのことを考えないと」


 本音を言えば、今すぐにでもコーネリアを探し出して問い詰めたいところだが、所詮いち学生でしかないダルクが一人で動いても仕方ないのは確かだ。


 そろそろ授業も始まる時間だし、その間に自分に出来ることを考えよう……そう考えた。


「……なんだ?」


 その時、医務室の外がにわかに騒がしくなる。

 何事かと身構えた次の瞬間、医務室に三人の男が押し寄せて来た。


「ここか? 例の“素体”が集まってる医務室ってのは」


「間違いなさそうだな」


「ん? なんだか元気そうなやつがいるな……見舞いか? まあ、関係ないが」


 柄の悪そうな男達が、あれこれと話しながら中を見渡す。


 健康な生徒はダルク達を除けば一人もいないが……ここで療養している全員が、昏睡状態にあるわけでもない。


 そのうちの一人が、ベッドの上から抗議の声を上げた。


「な、なんだあんたらは? 身なりからして平民か? ここは関係者でもない人間が来ていい場所ではないぞ」


 ルシフェールの代償で減退した魔力の影響だろう、明らかに顔色が悪いが、貴族としての矜持からか声を張り、毅然とした態度で男達に対応しようとする。


 そんな生徒に対し……男の一人が、面倒くさそうに“杖”を取り出した。


(あれは……!)


「《電撃ショックボルト》」


「ぐわぁぁぁ!?」


 以前ダルクが町で見かけたのとほぼ同じ杖から放たれる、非殺傷性の初級魔法。


 その電撃をまともに浴びた生徒は、弱っていたのもあって一瞬で気を失った。


「いいか、俺は騒がしいガキが嫌いだ、貴族のガキは特にな。分かったら、静かにしてろ。……そうすりゃ殺しはしねえよ」


 意識のある生徒達は、誰もが震え上がる。

 普段であれば、平民相手に強気な態度を崩さない生徒の方が多いのだが、弱っていては本来の力など発揮出来るはずもない。


 何より……訓練でも授業でもない、本気の悪意と殺気の籠った男達の眼差しに射抜かれて、誰一人として抵抗の意思すら見せることはなかった。


「そこに突っ立ってるお前らもだ。俺たちが“殺すな”って言われたのはそこに寝ている連中だけだからな……変な真似をしたら」


 男の一人が、再び魔法を放つ。


 《雷槍ライトニングランス》──発動難易度としては中級クラスだが、普段学生が訓練で使用している、派手な破壊を撒き散らすばかりの魔法とは違う。


 本職の魔導士が、同じ魔導士を殺すために使う“本物”の殺傷魔法だ。


 それがダルクの頬スレスレを掠め、背後にあった窓を焼き貫く。


「殺すぞ?」


「ダルク……!」


 ダルクの頬から流れ落ちる血を見て、アリアが不安そうな声を上げるが……大丈夫だという意味を込めて軽く微笑み、大人しく男達へ両手を挙げた。


 それに習い、アリアもまた悔しそうに両手を挙げる。


「そうだ、それでいい」


 どこか愉悦を感じさせる男の態度に、ダルクは心の中で溜め息を溢す。


(いきなり過ぎて、何がなんだか分からないけど……どうしたものかな、これは)


 

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