第21話 師弟の対談

「ダルク、そんなに急いでどこ行くの……?」


「俺の部屋だよ。そろそろ師匠から手紙が来てるはずだから、それで連絡を取って、今回の件について聞いてみる」


 町中でちょっとしたトラブルに遭遇した二人は、急いで魔法学園にあるダルクの部屋へと戻ってきた。


 本当なら、女子生徒であるアリアを部屋に連れ込むのはあまりよろしくないのだが……そうも言っていられない。


 手紙? と首を傾げるアリアを連れて中に入ると、窓際に不可思議な青い鳥が一羽止まり、じっと待っていた。


「よし、来てるな」


 その鳥は、魔法で作られた疑似生物──使い魔だ。


 作り出す時に指示した内容を忠実に実行する、魔法使いのしもべであり、その主な用途は危険地帯の先行偵察や手紙の運搬などである。


 今回もその例に漏れず、ミラからの手紙を渡して消滅していく使い魔を余所に、ダルクはその中を開き──机の上に置く。


 そこに文章はなく、描かれているのは魔法陣。

 間違いなくミラの魔力が込められているのを確認したダルクは、魔道具を用いてそこに魔力を注ぎ込んだ。


「ダルク、これは……?」


「師匠との連絡手段だよ。この魔法陣に魔力を込めると、対になる魔法陣を持った師匠のところに連絡が行くようになってて、それを合図に通信魔法を開くんだ。……と、繋がったな」


『おお、ダルク! 無事に手紙は届いたようじゃな。元気そうで感心感心』


 魔法陣が光輝き、空中にダルクの師──ミラジェーンの姿が映し出される。


 ダルクもまた、元気そうなミラの姿にホッと一息……吐きたかったところだが、どうしてもある部分が気になってしまった。


「師匠……思いっきり寝癖がついてますけど、まさか寝起きじゃないですよね?」


『ぎくっ』


 露骨は反応を見せるミラに、ダルクは頭を抱えた。


 ちなみに、現在は昼をとうに過ぎそろそろおやつの時間というところ。真っ当な人間が目を覚ますような時間ではない。


「あのですね師匠、俺がいないからって夜更かしばっかしてたらダメでしょう。いつも散々言ってますよね?」


『あーあーあー、聞こえなーい、聞こえないのじゃー』


 相変わらず不健康な生活を送っているらしいミラに、ダルクがあれこれと小言を口にする。


 世界最強の大魔導士を前にしているとは思えない、とても気安いやり取りに、アリアは驚くが……それ以上に、その難易度の高さ故に使い手がほとんどいないという通信魔法の方に興味津々だった。


「これが、大魔導士の魔法……すごい……」


『おお? この子がいつもダルクが手紙に書いておるアリアかの? 聞いていた通り、随分とめんこい子じゃの~』


「ちょっ、師匠!?」


 思わぬ呟きに、ダルクが露骨に慌て始めた。

 一方のアリアは、ダルクが自分のことを手紙に書いていたと聞いて更に聞き耳を立てている。


「めんこいって?」


『可愛いという意味じゃよ。いつも側にいて、衝動を抑えるのが大変じゃと書いてあったの~』


「衝動……」


『ダルクも男子ということじゃな、うんうん』


「誤解を招くようなこと言わないでください!! 俺はただその、アリアが可愛くてふとした時に頭撫でたくなるからって、そういう意味で……!!」


 ぼふん、と顔を赤くしたアリアに、ダルクは必死に言い訳するが……そもそも、同い年の女子の頭を撫でたいというのもそれはそれでどうなのか。


 師匠ってこういう人だった……!! と己の軽率さを呪うダルクだったが、そんな彼にアリアが予想外の追撃を行った。


「ダルクなら……撫でても、いいよ?」


 どこか甘えるように、おねだりするかのように……撫でやすい位置に身を寄せるアリアに、ダルクの理性が揺さぶられる。


 ひゅーひゅー、とミラが茶化す声が聞こえなかったら、本当にそのまま撫でていたかもしれない。


「ああもう! 今はそれどころじゃないんです。師匠、知恵を貸してください」


『ふむ?』


 ダルクの様子から、真剣な話だと察したのだろう。ミラは茶化すのを止め、表情を引き締める。


「実は──」


 ここ一ヶ月ほどの間で起こったこと、そして先ほど目撃した、不自然に強い青年のことをミラに伝えた。


 全てを聞き終えたミラは、『ふむ』と顎に手を当て考え込む。


『代償魔法による昏睡、魔力喪失……それに、よく似た魔力を持った平民、か』


「技術は拙かったですが、あれだけの魔力を持っていたら貴族が黙っているとはとても思えません。それに、俺達の魔道具に似た杖も気になります」


 特定の魔法発動を補助する媒介として、杖の形をしたものが使われることはある。


 しかし、それはあくまで“発動”を補助するのが目的で、威力を高める効果はないはずだ。


 何より、そんな不自然な存在が、このタイミングでルクスとよく似た魔力を放っている──偶然というには出来すぎだった。


『……魔力を永続的に失う代償魔法というのは、聞いたことがない。じゃが、魔力の一時的な増強と引き換えに、魔力をほぼゼロにまで消耗するものなら知っておる』


 ルクスの症状はそれだろうと、ミラは推測する。


 しかし、それだけでは未だに回復の兆しすら見えない説明がつかない。


『そして、もう一つ──他者の魔力喪失を条件に、自身の魔力を永続的に増強する代償魔法もある』


「師匠は……ルクスの件が、一つの代償魔法によるものではなく、複数の代償魔法を重ね合わせて起こったことだと考えたわけですね?」


『あくまで予想じゃがな。これで辻褄は合う。ただ……』


「ただ?」


『……永続強化の代償魔法は、“魔力を限界まで絞り尽くした人間”に改めて施術を行い、回復を封じ込める形で成立するものじゃ。つまり……』


 ミラが何を言いたいのかを察し、ダルクは息を呑んだ。


『……その事件の犯人は、学園内におるぞ』

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