第20話 トラブル発生

 予定外に魔法屋の店主に気に入られる一幕を経つつ、ダルクとアリアの二人は買い物を楽しんだ。


 両手いっぱいに買い物袋を抱えたところで、二人は近くの店で昼食を摂ることにした。


「ずっと学園の中で過ごしてたけど、たまには外も良いもんだな。買い物しただけなのに楽しかったよ」


 木目調のテーブルや床で統一された、落ち着いた雰囲気の店内。

 出てくる料理は平民の基準からすると少々お高めなので、出費したばかりの財布には痛いが……アリアもいるので、あまり安過ぎる食堂を選ぶのもどうかと判断した結果である。


 ただ、それもさほど気にならない程には、今日という日がダルクにとっても楽しかったのは間違いない。


「ん……私も、楽しかった。ダルクと一緒だったし……」


 もじもじと指先を弄りながら、対面する形でテーブルにつくダルクへ小声で呟く。


 いつもと少し違う様子に、ダルクから「どうした?」と問われるが、アリアは「なんでもない」と即座に誤魔化した。


(ダルクの顔、上手く見れない)


 今日一日一緒に過ごして、アリアの中でダルクへの想いがハッキリと形を帯びていった。

 好きだという気持ちを自覚したことで、溢れる想いが抑えられなくなっている。


 切っ掛けはと聞かれれば、やはり入学試験で助けて貰ったことだろう。


 元々、アリアは魔法学園に入学するつもりなどなかった。

 どうせ入学出来たところで、魔法も満足に使えない貴族など周囲からバカにされるだけ。後ろ指を差され、嘲笑われるだけの日々が待っていると思っていたからだ。


 それならばいっそ、試験にも受からない無能だと、家からも、この貴族社会からも放り出して欲しかった。

 何でもいいから──いっそ、それで野垂れ死ぬことになってもいいから、早く楽になりたかった。


 そんなアリアにとって、ダルクは生まれて初めて手を差し伸べてくれた存在だったのだ。


「これだけあれば、また一ヶ月は実験し放題だぞ。アリアの魔道具ももうすぐ完成だし、楽しみだな」


「ふふっ……そうだね」


 アリア本人よりも、アリアの魔道具の完成を待ち望んでいる様子のダルクに、思わず笑みが溢れる。


 生まれて初めて、自分の意思で操る魔法を授けてくれた人。

 魔法そのものが嫌いになりかけていたアリアに、魔法の素晴らしさを見せてくれた人。


 強くて、優しくて、魔法の話になると子供のように無邪気な笑みを見せる彼のことが、好きでたまらなかった。


「ねえ、ダルク」


「うん?」


「……なんでもない」


 しかし、それを実際に口にしようとすると、どうしても言葉が喉に詰まって出てこなかった。


 ……ダルクに、この気持ちを拒否されるのが、怖い。


 自分はダルクにたくさん助けて貰った自覚があるが──自分の存在が、何かダルクの助けになれた覚えはないからこそ、余計に。


「アリア、顔上げて」


「……? っ……!?」


 俯いていたアリアが顔を上げると、口の中にソーセージを一本押し込まれる。


 これ、間接キスじゃ──と顔が熱くなっていくのを感じるアリアだったが、それをした犯人であるダルクはさして気にした様子もなく口を開く。


「何か悩みがあるなら、いつでも相談してくれよ。俺に出来ることなら、何でも力になるからさ」


「……なんで、ダルクはそんなに優しくしてくれるの? 私……ダルクがいないと、何も出来ないのに」


 その平気そうな顔が不満だったから、というわけではないが、アリアはつい本音の一部をダルクにぶつけてしまう。


 それを聞いて、ダルクはしばしきょとんと目を丸くした後……「うーん」と唸りながら呟いた。


「なんで、って改めて聞かれると難しいけど……何も出来ないなんてことはないよ。言ったろ? 俺の夢は、魔道具を一般に広めることなんだ。アリアが協力してくれて、凄く助かってる」


 中間考査で提出したレポート、学園長からすっごい褒められたんだぜ? と、ダルクは笑う。


「それと……まあ、これは個人的な話だけど……アリアと一緒にいると、すごく落ち着くしな。居心地が良いんだ。……ずっとこうしていられたら、って思うくらいにさ」


「えっ……それって……」


 ダルクの言葉の真意を確かめようと、アリアが口を開きかける。


 その時、店内に怒鳴り声が響いた。


「おいおいおい!! なんだぁこの料理は、中に虫が入ってんぞ!! ここは客に虫を食わせんのかぁ!?」


 驚いて振り向けば、そこにはガラの悪そうな一人の男がいた。

 身に纏う衣服からして、恐らく貴族なのだろう。周囲には二人の取り巻きを従え、ニヤニヤと推移を見守っている。


「その……バラル様、既にお取り替えは三回目です。これ以上は困ります」


「ああん!? なんだぁその態度は、自分達の不始末をこっちの責任だとでも言いたいのか? それは、こっちがガラルワー子爵家の御曹司だって分かってて言ってんだよな? ああ?」


「い、いえ、そういうわけでは……!」


 ガラルワー子爵家、と言われてもいまいちピンと来なかったアリアだが、この辺りでは有名らしい。


 ウェイトレスの女性が萎縮してしまい、周囲の客からひそひそと囁き声が上がる。


「またあいつかよ……」


「クソッ、貴族だからってやりたい放題しやがって」


「どうにか出来ないのかよ、あいつ」


「無駄だよ、ガラルワー子爵家はこの辺りの商店を取り仕切ってる大元のスポンサーだ、下手に逆らったらどうなるか分からねえ」


 つまり、この店の上役の更にその後ろ楯になっているのが彼の家だから、下手なことを出来ないということらしい。


 あのような振る舞い、子爵家としてもその名に泥を塗るような行為なので、通報すればそれなりに対処してくれるはずだが……アリアはその子爵の名前すら覚えていなかったので、断言するのも難しい。


「そうだなぁ、そんなに料理の取り替えが嫌なんだったら、俺様を不快にさせた分のサービスをあんたに要求してやろうか?」


「っ……!!」


 舐め回すようないやらしい視線で女性の体を見つめる男──バラルに、アリアは生理的な嫌悪さえ覚えた。


「見てられないな」


 ダルクも同じ気持ちだったのか、腹立たしそうな表情で立ち上がる。


 しかし、そんなダルクよりも早く、バラルの元へ向かう一人の青年がいた。


「おい、それ以上の横暴は許さないぞ、とっととこの店から出ていけ」


「ああん?」


 その青年は、身なりからすると平民だろう。

 店員という雰囲気でもないため、客の一人だろうか。


「なんだとてめえ、誰に向かって指図してやがる。魔法もロクに使えない平民の分際でよ」


 その一言で、店内に漂う雰囲気がより一層剣呑なものへと変わっていく。


 ここは平民の基準からすると高めの値段設定というだけで、貴族をメインターゲットとした店ではない。当然、入っている客も、少し余裕があるだけの平民がほとんどだった。


 そんな場所で、平民を殊更貶めるようなことを口走ったのだ。当然の反応と言える。


「おうおう、なんだお前ら、文句あんのか? だったらかかってこいよ、相手してやるからよ。まあ、勝ち目なんてないだろうがな」


 しかし、バラルがそう言って挑発すると、店内の誰もが目を逸らした。


 この場の全員が、分かっているのだ。強力な魔法を操る貴族に、自分達が勝てるわけがないと。


 だが……最初にバラルを注意した青年だけが、その言葉を待っていたとばかりに口の端を吊り上げた。


「なら、試してみるか?」


「ああん?」


「《炎球ファイアボール》」


 青年が、懐から“杖”を取り出すと同時、紅蓮の炎がバラルへと放たれる。


 いきなりの攻撃魔法、しかも周囲に延焼する可能性が高い炎属性という選択に、アリアはぎょっと目を見開いた。


 幸い、運良く周囲に被害はなかったようだが……まともに魔法を浴びたバラルは、絶叫しながらその場でのたうち回る。


「ぎゃああああ!? クソッ、てめえっ、何しやがる!! クソッ、殺す、殺してやる!! お前ら、手伝え!!」


「「は、はい!!」」


「「「《炎球ファイアボール》!!」」」


 取り巻き二人と協力し、同じ魔法で反撃を試みるバラル。

 三対一。しかも、周りのことなどお構い無しに威力を高めた魔法だ。周囲からは悲鳴が上がる。


 だが……それでも、青年は動じなかった。


「《炎球ファイアボール》」


 再び放たれたその魔法は、もはや初級魔法という粋を越える威力を持っていた。バラル達の魔法を飲み込み、そのままの勢いで彼らへと襲い掛かる。


 このままでは、バラル達はもちろんこの店もただでは済まないだろう。


「《対炎結界アンチフレアフィールド》!!」


 咄嗟に間に飛び込んだダルクが、魔晶石を砕きながら結界を構築する。


 ただし、普段のように自身を守るためではなく、飛来する炎の塊を包み込むような形だ。こうすることで、単に防ぐだけでなく周辺被害すら抑えることが出来る。


 上手く魔法を捉えることが出来なければ、迫る炎に自らも巻き込まれかねない危険な賭け。


 それを一発で成功させたダルクは、冷や汗を拭いながら青年へと叫ぶ。


「気持ちは分かるが、やりすぎだ!! 店ごと吹っ飛ばす気か!?」


「……?」


 そんなダルクに、青年は意味が分からないとばかりに首を傾げる。


 その間に、腰が抜けてへたり込んでいたバラル達は、逃げるようにその場を走り去っていく。


「クソッ、覚えてろお前ら!! この屈辱、何倍にもして返してやるからな!!」


 捨て台詞を残し、バラル達が見えなくなると──店内からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「よくやった!! あんたすげえな!!」


「あの野郎見たかよ、尻尾巻いて逃げやがったぞ!!」


「ざまぁ見やがれ!!」


 いなくなったバラルへと罵声を溢し、彼の心をへし折った青年に次々と賛辞が投げ掛けられる。


 一方で、ダルクに声を掛ける者はほとんどいなかった。


「……なんで……?」


 確かに、アリアとしてもバラル達の態度は気に入らなかった。

 だが、あのまま青年の魔法が炸裂していれば、バラル達だけでなく周囲の客も無事では済まなかったはずだ。


 にも関わらず、ダルクに注がれる視線はあまりにも冷たい。


 “いいところだったのに、邪魔しやがって”──そんな声が聞こえてくるかのようだ。


「ダルク……大丈夫?」


 込み上げる吐き気にも似た何かをどうにか堪えたアリアは、渦中にいるダルクへ問い掛ける。


 しかし、ダルクは険しい表情を浮かべたまま動かない。


「ダルク……?」


「ああ、いや、悪い。……その……」


 どうにも歯切れが悪い彼の視線の先には、青年と──彼が持つ、杖があった。


「……あれ、魔道具……?」


「似たようなもの、だと思う。けど……おかしいんだ」


「何が……?」 


 言うべきかどうか、迷うように視線を彷徨わせながら──ダルクは、周囲の喧騒にかき消されそうなほど小さく、それを口にした。


「さっきの、あの男の魔力……ルクスの魔力と、あまりにも似すぎてると思って、さ……」

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