第9話 二人の実験

 王立魔法学園は、軍属の魔法使い──“魔導士”を育成する学校である。


 それは直接的な戦闘力はもちろんのこと、実際の戦闘で使用される数々の魔法技術の研究・開発をする人間も含まれている。それでも実技が重視されるのは、魔法研究には当人の魔法的な資質が重要だからだ。


 そのため、学園の敷地内には、新たな魔法を研究する実験室が用意されていた。


「……ここで、会ってるよね……?」


 そんな実験室の一つにやってきたアリアは、掲げられた看板を眺めつつそう呟く。


 入学式の後、すぐにダルクと合流出来れば何も問題なかったのだが……一学年三クラスある中で、別のクラスに振り分けられてしまったのだ。


 そのせいで、解散になるタイミングにズレが生じ、こうして一人で恐る恐る慣れない校内を彷徨う羽目になってしまった。


 そのことを、少しばかり残念に思う。


 ではなくと思ってしまっている自分に、アリアは少なからず驚いていた。


(まだ、会ったばっかりなのにな……)


 暴発した魔法から守って貰った時は、ただただ驚いた。


 カーディナル家の御曹司を一対一で圧倒してみせた姿は、とにかく衝撃的だった。


 そして何より……魔道具という未知のアイテムを完成させるために、自分の力が必要だと言って貰えたことが、嬉しかった。


(もっと、色々知りたい)


 カーディナル家を追い出された無能であり、大魔導士ミラジェーンの推薦でやって来た教え子でもある。


 魔力を一切持たず、かと思えば新入生の中でも屈指の実力者だったルクスを打ち破るほどの凄腕。


 世間一般の常識に照らせば、全くの真逆とも言える性質を併せ持ったダルクという存在に、アリアは強い興味と期待を抱いていた。


 ──鬱屈とした気持ちで日々を消化するばかりだった人生が、彼のお陰で変わってくれるのではないかと。


「……?」


 そんな風に考えながら実験室の扉を開けると、既にダルクはそこにいた。


 先に準備を進めていたのか、その手には紫の光を放つ一風変わった鉱石が握られていて……。


「っ……!」


 それを目にした瞬間、アリアは走り出した。


「ん? おお、アリア。ごめんな、先に来て準備してた……!?」


 頭突きする勢いで飛び掛かったアリアが、ダルクの体を押し倒す。


 コロコロと鉱石が転がっていくのを見送り、アリアはホッと息を吐いた。


「ア、アリア、急にどうしたんだ?」


「こっちのセリフ。それ、“魔石”だよね……? そんなの、素手で持ったら危ないよ……!」


 ダルクが手に持っていたのは、単なる鉱石ではない。

 高密度の魔力が、魔物の体内で結晶化した物質であり……この特殊な魔力が、人体には毒となるのだ。


 触れたからと言ってすぐさま死に至るような猛毒ではないのだが、だからと言って無防備に扱っていいものではない。


 そんなアリアの真剣な忠告に、ダルクは「ああ」とごく軽い調子で答える。


「俺は平気だから心配ないよ。魔石が毒になるのは、あくまで体内に魔力を持った生物にだけ……俺は例外なんだ」


「……そうなの?」


 言われてみれば、確かに魔石を持っていたダルクの手には、何の異常も現れていない。


 信じられない気持ちで、綺麗なその手に触れていると……ふと、ダルクが顔を背けていることに気が付いた。


「あー、アリア、分かってくれたらちょっとどいて貰えると……」


 思い切り飛び掛かったため、現在押し倒されたダルクの上にアリアがのし掛かるような格好になっている。


 そんな状態で顔を寄せながら詰問すれば、それはさながらキスでもしようとしているかのようで──


「……ごめん」


 それだけ言って、アリアはダルクの上から降りる。


 羞恥のあまり、いつになく顔が熱くなっていくのを感じるが、表情には出てしまっているだろうか?


 チラリとダルクの様子を伺うが、特に気付かれている様子はなかった。


 こういう時は、あまり感情が表に出ない体で良かったと、アリアは内心でそっと胸を撫で下ろす。


「まあ、詳しい説明をしてなかった俺が悪いから、気にするなって」


「ん……それで、ダルクにとって危ないものじゃないのは分かったけど……その魔石で、何するつもりなの?」


 気を取り直して尋ねると、「よくぞ聞いてくれました」とばかりにダルクは得意気な笑みを浮かべる。


「これが魔道具の原材料になるんだ。魔石には、周囲の魔力を集める力があるからな」


「へー……」


 魔石と言えば毒物、というイメージだけで、詳しい性質などについてはあまり知らなかったアリアは、改めてまじまじとそれを見る。


 紫色の輝きは、先入観ありきで見ると毒々しい印象を受けたものだが……ダルクが魔道具に利用していると聞くと、これはこれで神秘的な光に見えてくるのだから不思議だ。


「これ単体でも魔法は使えるんだけど、裸のままだと魔石の劣化が早くてすぐにダメになるから、魔導率の高い素材で密閉して、使いやすい形に整えたものが魔道具になる。後、砕いた瞬間に大量の魔力をばら蒔く特性を利用して作った魔法触媒が、模擬戦の時に使ってた“魔晶石”だな」


「……あれも、魔石だったんだね」


 ルクスとの戦闘中に何度か見せた、何かの結晶を砕くような所作。


 あの触媒が魔石から作られたものだったと知って、アリアはなるほどと頷いた。


「ただまあ……試験の時も言ったけど、人は自分以外の魔力を扱えないし、ましてや魔石の魔力は基本的に毒だ。だから、アリア専用の魔道具を作ろうと思ったら、他の素材を使わなきゃならない」


 そこで、と、ダルクは次々に素材を並べていく。


 鉱石だけでなく、植物やら生物の剥製やら、その種類は様々だ。


「というわけで、アリアの魔力を込めてストックしておける素材を見付けるところからスタートだ。取り敢えず、この実験室に置いてあったものから順番にな」


「……これ、全部試すの?」


「ああ。何が使えるか分からないからな」


 ごく軽い調子で告げるダルクだが、ここにあるだけでも結構な種類の素材がある。


 これを全て試すのは大変そうだな、と思うアリアだったが……話はそれだけではなかった。


「後、組み合わせとかもだな。効果がある素材同士合わせると、思わぬ相乗効果が生まれたりするし。学園に用意されてない素材は自分達で買い集めたり獲って来たりもしなきゃいけないし」


「……やること、たくさんだね」


「ああ、そうだな。でもさ、それはそれでワクワクしないか?」


「……?」


「試せることがあるってことは、それだけ未知の可能性が眠ってるってことだからさ。……まあ、これは師匠の受け売りなんだけど」


 たはは、と、ダルクは苦笑する。


 そんな彼の様子に、アリアもまたほんの少し口元が緩んだ。


「そうだね。……私も、ちょっと……ワクワクする」


 ずっと憂鬱だった、本音では入学したいとすら思っていなかった、魔法学園での日常。


 それも、ダルクと一緒なら楽しくなるかもしれないと──そう、アリアは思った。

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