第8話 入学

「ふぅー、とりあえず合格は出来たな。助かった」


 入学試験の翌週、王都で取っていた宿を引き払ったダルクは、学園へと向かう道すがらそう呟いた。


 王立魔法学園はこの国最高の学舎というだけあって、様々な施設が充実しているのだが……特に他の学校と違うのは、“全寮制”であるというところだ。


 実家とも言うべきミラの家が森の奥地にあるダルクは、学校に通おうと思えばどうしても近くで宿を取らざるを得ない。その点、魔法学園であれば、少なくとも滞在費はタダになるのだ。


 更に言えば、学内で着るのも共通の白シャツに魔導士の卵であることを示す紺色のローブで統一され、高い質の割には手頃な値段で買えるので、非常に懐に優しい。


 それもこれも、建前上は貴族に限らず幅広い才能を受け入れ伸ばすことを第一方針に掲げているからこその施策だろう。


 もちろん、ダルクとてミラからは十分な生活費を受け取っているし、今後も定期的に送ると言ってくれているのだが……受験に失敗して余計な負担をかけるようにならなくて良かったと、ダルクは胸を撫で下ろす。


「まあ、代わりに課題は増えたけど」


 合格通知書と一緒に送られてきた書類に、ダルクは再度目を通す。


 魔道具の性能や研究成果についてレポートを纏め、中間考査や期末試験に合わせて提出するように、と記されたそれに、さてどうしたものかと頭を捻った。


「成果の公表って意味なら望むところだけど……変な利権の温床になられても困るからなぁ」


 ダルクの最終目的は、魔道具の普及によって、魔法を上手く使えない人達にも活躍の場を持てるようにしたい、というものだ。


 魔道具で金儲けというのは考えていないし、ミラもそこは興味ないと言っていた。


 しかしだからと言って、あまりにもそこを軽視し過ぎると、魔道具が貴族達の独占技術となりかねない。


 それは、困る。


「まあ、今考えても仕方ないか」


 どちらにせよ、今の──魔力を持たないダルクにしか使えないという致命的な欠陥をどうにかしなければ、全ては単なる皮算用だ。


 それをどうにかするためには、やはり協力者というものが必要で……。


「お、アリア、おはよう」


 その第一候補である少女と、魔法学園の正門前でバッタリ出くわしたダルクは、出来るだけ明るく声をかける。


 ここにいることからも分かる通り、アリアも本人の心配とは裏腹に、無事学園への入学を果たした。


 最初の試験でのとんでもない暴発を受け、これ以上会場を壊されてはたまらないと模擬戦闘試験を試験官達が日和ったから──ともっぱらの噂だが、真実のほどは定かではないし、どちらにせよ合格は合格だ。


 そんなアリアがダルクの存在に気付くと、試験の時と変わらぬ無表情で振り返った。


「ん……おはよ、ダルク」


 そのまま、無言でダルクの隣までちょこちょこと近寄り、並んで歩き出すアリア。

 制服は、ダルクが着ているそれをスラックスからスカートにしたくらいの違いしかないが……だからこそ、小さなアリアの体では少しばかり袖丈が余り、動く度にふわふわと揺れている。


 子犬みたいだな、などと思いながら、ダルクは率直な感想を口にした。


「今日も可愛いな、アリア。制服似合ってるぞ」


 ──仲良くなった女の子は軽率に褒めろ。思い付かなかったらとりあえず服とかアクセサリーを似合ってると言うだけでも印象は全然変わるぞ。分かったな?


 ミラから口酸っぱく言われた、女友達との付き合い方の定石だ。


 アリアを見ていてふと思い出したそれを、早速実践するダルクだったが……それを聞いて、アリアはピタリと足を止める。


「……? どうした、アリア?」


「……ダルク、それ、誰にでも言ってるの?」


「いや、アリアが初めてだけど?」


 ダルクにとって、友達──と言っていいかも分からないこの関係を構築出来たのは、アリアが初めてだ。


 なので、微妙にニュアンスは間違っているのだが、全くの嘘というわけでもない。


 故に、アリアもまたそれを好意的に解釈したのだろう。「そっか」と呟き、ダルクと一歩距離を詰めた。


 手を繋ぐわけではないが、歩いていると時折肩が触れるような、そんな距離感。


 少なくとも、褒められて悪い気はしなかったらしい。

 自分の対応が間違ってなかったとひと安心しているダルクへ、アリアは改めて口を開いた。


「それで……手伝うって、何すればいいの?」


「……ああ、魔道具の話ね。それなら、放課後は時間あるか? 試してみたいことがあるんだ」


 前振りなしで急に本題に入るアリアに苦笑しつつも、ダルクは問い掛ける。


 今日は入学式とクラス分けの発表程度しか予定がないので、放課後は色々とやる時間があるのだ。


「ん、分かった。大丈夫」


「よし、それじゃあ、この第二実験室ってところに集合な」


「ん」


 生徒手帳に記された地図を指して約束を交わしながら、入学式が行われる講堂へ向かって歩き出す。


 ……なお、当人達は気付いていないが、片や会場を吹き飛ばし試験を一時中断させるほどの暴発少女と、片や魔力ゼロの身でありながらカーディナル家の息子を正面から打ち倒した少年だ。


 入学前から話題の中心となっていた二人が、仲睦まじく歩く光景は、数多くの生徒の間で数多の憶測が飛び交う事態を生んだのだが、それに気付くのはもうしばらく後の話である。

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