第十話 アイドルといえばライブでしょ


「犯人は……この中にいる」


 そう言って、僕は大まじめに学園を見渡した。


 なにせここは外と隔絶されたデスゲーム空間だ。いくら委員長のようなスターター、内部協力者を用意していたとしても、その協力者が殺されてしまえばゲームは破綻する。


 だとすれば、犯人は必ず中に潜んでゲームの進行を管理しているはずなんだ。


「そいつを、引きずり出す」


「どうやって?」


 その場にいる、こにゃたん、ゆーりぃ、MESIAから戸惑いの視線が向けられる。

 そんな三人に、僕は面と向かって宣言をした。


「ライブをしよう。ここにいる三人で。ライブパフォーマンスを行うんだ」


「「「え!?!?」」」


 僕の見立てでは、犯人の狙いはおそらく『魔女狩りの完遂』ではない。

 犯人には明確な標的がいる――このデスゲームを利用して、『殺すこと』が目的なんだ。


 いくら学園にMESIAのような魔女紛いの素行不良生徒がいたとしても、その余罪は大小さまざま。全員を魔女に仕立てて全滅させることはできない。

 それは学園の思う『不良生徒の排除』という目的から逸れてしまうし、そもそも生徒の大半が失われてしまえば、学園そのものが存続できなくなるじゃないか。


 『不幸なデスゲームに見舞われた学園と、その生き残りたちによる再興』――


 これが、地に堕ちた名誉を雪ぐため、学園の思い描く不死鳥のシナリオ。

 犯人は多大な援助を学園から得るかわりに、その条件だけは満たすはず。

 だとすれば、こうまでしてデスゲームをさせたい――『しよう』と学園側に持ちかけた犯人には、がいるに違いない。


 それが誰なのか――『ライブ』をして判明させるのだ。


「校庭の特設ステージでライブを行えば、犯人はもちろん、学園に潜んでいる無辜の生徒や『魔女』たちの注目を集めることができる。そうなれば、犯人は灯りに吸い寄せられる蛾を狩りに来るはずだ。それに、そんなことはあって欲しくないけれど、もし犯人の狙いがこにゃたん、ゆーりぃ、MESIAのうちの誰かならば、直接殺れるチャンスになる。これを逃す手もないはず。ただ、この作戦は多大な危険を孕んでいて――」


 視線を伏せると、真っ先に手を挙げたのはこにゃたんだった。


「やろう。その作戦。私がステージに出るよ」


(へ――?)


 こちらをまっすぐに見据える蒼い瞳には、出会った頃の怯えも弱虫な面影も無く。

 そこには、ただただ強くて美しい、ひとりのアイドルがいた。


「こにゃたん……?」


「あ。守くん、その顔……『こにゃたんの代わりは僕がするよ』って思っているでしょう? でも、コレだけは絶対にダメだからね。ライブは私がやるよ」


 すっかり影武者をするつもりでいた僕は、開いた口が塞がらない。


「どうして……?」


 縋るように尋ねると、こにゃたんは、ただ、笑った。


「だって、私はアイドルだから」


 にっ! と自身に満ちた表情に、その場の誰もがこにゃたんのプロ意識の高さに気づく。


『私のステージは、他の誰でもない、私のものだよ』。


 こにゃたんは、そう言っているのだ。


 その言葉に、ゆーりぃも真っ直ぐに手を挙げた。


「こねねがやるなら、私もステージに出る!! だって、私達は、ふたりで『いろは坂十三番隊』だから……!」


「ゆーりぃ……」


「決まりのようですわね。でしたら、わたくしは裏方と舞台装置の演出をさせていただきますわ。いくら守さまが多才でも、ことステージ演出については、本職の私に及ぶものではありません。できれば私もステージに出るべきかとも思いましたが、『いろは坂十三番隊』と私【✟カルト✟】では演目に天使と悪魔ほどの差がありますもの。表舞台はそちらにお任せすることに致しますわ」


 ライブ中に犯人が斬り込んでくるような素振りがあれば、煙幕を張る。

 その隙にゆーりぃは退避、僕はこにゃたんと入れ替わって犯人と対峙する……


 そういう算段をして、僕らは特設ライブの準備に取り掛かった。


 ◇


 深夜の理科室に資材や衣装を運び込んで、裁縫や工作を行っていると、皆の疲労は限界に達し、ひとり、またひとりと寝息が聞こえてくるようになる。


 僕はコスプレ道具と暗器の手入れをしながら、最後までひとり衣装と向き合うこにゃたんを見ていた。

 針と糸で衣装の最終仕上げを行うその眼差しは、『最高の舞台にしたい』と願い、熱意を抱くアイドルそのもので。僕の大好きなこにゃたんが、そこにはいた。


 僕の視線に気づいたこにゃたんが、ふとこちらを向いて手を止める。

 そうして、僕の隣にすす、と寄ってきては腰をおろした。


「夜遅くまでがんばってるね?」


「それはこにゃたんもじゃないか」


 いたって冷静に返すが、内心では、ひたりと触れた肩と肩の感触に

 はわわわわわわ……!が止まらない。


 それに、こにゃたんの声音はいつもと違って穏やかで、どこか大人びていて……


「守くん」


「はひぃっ!」


 極限までどもり散らかす僕に、こにゃたんはくすりと笑みを浮かべて手を握ってきた。


「ありがとう、守くん。私、またライブができて嬉しいの」


 指先を絡ませてにぎにぎしながら、こにゃたんは嬉しそうに語る。


「もう。どうしてそんなに緊張してるの? 握手会には何度も通ってくれたでしょう? これくらいで今更そんなに驚かないでよぉ」


「で、ででで、でも……!」


 こにゃたんの、生にぎにぎなんて……!

 うわはぁあああ……!


「デスゲームが始まった時は、『ああ、私、もうライブ一回もできないまま死んじゃうのかなぁ』って思ったの。だから、嬉しくて……観てくれるファンも、ここにいるしね?」


 そう言って、もう一度、ぎゅっと手を握り直すこにゃたん。

 その手からは、『ありがとう』がこれでもかというくらいに伝わってきた。

 それと……『大好き』も……


「~~~~っ!?!?」


(ぼ、僕は何を考えてっ……!? ダメだダメだダメだ、そんなこと、絶対にあっちゃいけない!!)


 ふい、と顔を背けて雑念を振り払う。

 すると、頬に柔らかい感触がして――


 ちゅ。


(!?!?!?!?)


「えへへっ。メシアちゃんにお口奪われた分、ほっぺの方にはお返しだ♪」


「はへぇ!?!? ちょ、こにゃたん……!?」


「好きだよ、守くん。ここまで真剣に、命をかけて、私のことを愛してくれて――『推して』くれて、ありがとう」


 たた!と恥ずかしそうに「ちょっと、お手洗い!」と駆けていくこにゃたんの後ろ姿が、くそ可愛い……


(ああ、全国のこにゃたん推しのみなさん、ごめんなさい……)


 僕は、どうしようもない抜け駆け乙なくそ野郎ですっ……!


 こにゃたんの感触が残るほっぺは、キスをされた部分だけが熱くてひりひりするくらいだった。


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推しが推しを殺ス世界で。僕だけが唯一『推し』になれる 南川 佐久 @saku-higashinimori

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