第2話 一日限定の婚約者役

 そこまで呆れた顔しなくてもいいのに。

 私はその時のヴィオラの顔を思い出しながら、眼鏡をかけ服装を変えて街へと繰り出していた。

 その理由は、私の一日限定の婚約者を探し出すためである。


 かなり強引な作戦であるが、とりあえず婚約者とお母様を合わせれば疑われることもないし、適当に相手の情報はこっちでつくってそれを演じてもらうだけならいけると私は考えたのだ。

 ヴィオラは私が始めたことなので、口出しはしないが出来る範囲で手助けはしてくれるといってくれ、街までついて来てくれている。

 現在ヴィオラとは別行動をし、こればかりはヴィオラに手伝ってもらうのは申し訳ないので私だけで婚約者を受けてくれそうな人を探している状況である。


 私は街でも一番人通りが多く憩いの場となっている噴水広場のベンチに座り、読み物を読む振りをしながら顔立ちがよく貴族っぽい雰囲気が出せる相手を探し続けた。

 しかしそれから二時間後、私の心は折れかけていた。


 はぁ~やっぱりそう簡単に、そんな相手は見つからないよね。

 私は開いていた本を閉じ、膝の上に置き小さくため息をついた。

 そういう人が全くいないという訳じゃなく、ただそういう人は全員絶対彼女や婚約者と思える女性が隣にいたのだ。

 なので、私はそんな人に声を掛ける訳にもいかず他の人を探し続けたがそんな人しか見つからずに私は諦めかけていたのだ。

 さすがに都合よくそんな人が見つかる訳ないか~……でも、意外と顔立ちがよくて優しそうな雰囲気の人っているんだな。ちょっとそこだけはビックリしたかも。

 もしかしたら、今日はダメなだけで続けて行けば誰かしら見つかるかも。

 私はそんな微かな希望を胸に抱きつつ、今日は疲れたのでヴィオラとの集合場所に向かおうと思ったが、その前に小腹が空いたので近くの売店で何か買ってから帰ろうと決め移動を始めた。

 その道ながらに、私はある張り紙を目にして足を止めた。


「こんな張り紙までされてるんだ、あの嫌われ王子」


 張り紙には、国一嫌われれ者として噂され嫌われ王子などと色々な呼ばれ方をされているある男の噂が書きだされていた。

 彼の名前はオウル・ヴォルクリス。

 これまでに何人もの令嬢に手を出している最低な男とか、買い物はいつもツケで一度もお金を払うことがないとか、力を見せびらかせて人が恐れる姿を見て楽しんでいるとか、騙して婚約した相手から金を奪い取ったとか、本当は王子じゃないとか色々な最悪な噂がある男である。

 彼の似顔絵だと思われる顔も張り紙には書かれていたが、似ているかどうかは分からなかった。

 私は国一の嫌われ王子に会ったことがなく、色んな似顔絵を見てきており本当の顔などは知らないのだ。

 ただ似顔絵の共通点として、必ず黒髪で翡翠色の瞳であるのでそれが嫌われ王子の特徴なのは理解している。


「にしても、物凄い噂ばかり書かれているわね。国一の嫌われ王子か……なんかここまでいわれていると、怖いもの見たさで遠目からでもいいから見たい気はあるわね」


 私はそんなことを思ったのち、その場から歩き始め最近噂のお菓子屋へと向かった。

 その後お菓子屋で小腹を満たしてからヴィオラの元へと向かい始めた時、偶然通りかかった店のガラス越しに並べられたガラス細工に目が止まり近寄った。


「わ~綺麗」

「凄いなこれは」


 同時に私の隣に紙袋を片手に抱えた金髪で眼鏡の男性が立っており、私と似た反応をガラス細工に向けていた。

 直後、男性が隣の私に遅れて気付く。


「あ、すいません。つい、テンションが上がってしまって周りが見えてませんでした。ぶつかったりしませんでしたか?」

「え、ああ、大丈夫ですよ。私もこれが目についてそのまま近付いてしまったので、同じ様な感じですので気にしないでください」

「そうですか? それならばいいんですけど」


 わー……眼鏡をしているけど、横顔からも整った顔だな~って思ったけど正面から見るとカッコイイな……

 私はその男性に見惚れていると、ふと婚約者相手を引き受けてくれないだろうかと思い出し直ぐに周囲を見回した。

 大抵の場合、こういう人にも彼女とか婚約者てきな人がいるはず。

 私が急にきょろきょろし始めたので、男性は驚きつつ声を掛けて来た。


「ど、どうしたんですか急に?」

「あっ……いや~何ていいますか、付き添いの人とかいるのかな~って思いまして」

「付き添いですか?」

「は、はい。そのカッコイイ人なので、そういう人は彼女とか婚約者とかいう人がいるものだと思ってまして」

「あははは」


 わ、笑われてしまった……ていうか、初対面の人に容姿のこといって、更には思っていたことをそのまま口にしてしまった。

 これは笑われても仕方ない……うぅぅ、私残念過ぎるでしょ。

 私は恥ずかしくなり俯いていると男性が声を掛けて来た。


「ごめんなさい。そんな風に正面から言われたのが初めてで、つい笑ってしまいました」

「い、いえ。私が変なだけなんです」

「そんな落ち込まないで下さい。ちなみに、俺にそういう人はいませんよ。今日は見ての通り買い出しに来ただけですよ」


 初対面の男性に慰められてしまった。

 そんな令嬢、私しかいないだろうな~あはは……こんなの知られたら怒られるな。

 それよりも目の前の人、顔も申し分ないし、性格も優しくて彼女とかもいない人にこんな所で会えるなんて偶然、いや奇跡よ! ここで、この人を逃せばもう二度とそんな人と出会えない気がする。ここで絶対に婚約者役として協力してもらえるようにするのよ、私!

 そして私は気を取り直して顔を上げて改めて婚約者役をお願いすることにした。


「あの、突然で申し訳ないんですけど、お願いがあるんですけど」

「お願い? 俺にですか?」

「はい。その貴方の顔と性格の良さと雰囲気で決めたんですけど」


 するとそこで男性の方が何かを察して先にそこで口を開く。


「あ、もしかして交際とかそういうのですか? 申し出は嬉しいですが、そういうのはお受け出来ません」


 うっ……確かに告白ぽい感じだったかもしれないけど、そうではないんだよね。近いけど……

 はぁ~告白もしてないのにフラれる気持ちってこんななんだ……胸が痛い……

 私は小さく息を吸い気持ちを落ち着けてから言葉を返した。


「え~と、なんといいますか、そうではないんですが、そうともいえるといいますか……」

「?」


 首を傾げる男性に私はどう伝えればいいか分からず、もう全てを打ち明けることにしたのだった。

 私は自分の立場や婚約者役を探していることなど、言える範囲のことは伝えると相手の男性は驚いた表情をしていたが、疑うことなく信じてくれたのだった。

 目の前の男性の名前はウル。

 私よりも二つ年上で街から少し離れた所に住んでいる方らしく、自宅で装飾品などを創りそれを売って生活しており、繊細に出来たガラス細工にも興味がありテンションが上がっていたと教えてくれた。


「まさかイリスさんが御令嬢様だったとは。そうとは気付かず、失礼な態度をとってしまってすいません」

「いやいや、私みたいな令嬢いませんよ。親に婚約者がいるとか嘘までついて自由でいたいなんて。呆れちゃいますよね」


 私が少し卑屈な態度をとると、ウルは軽く首を横に振った。


「そんなことないと思いますよ。イリスさんはイリスさんがやりたいと思うことがあって、そうしてるのですからいいと思いますけど。俺みたいな奴にそんなことを言われも嫌かもしれませんが」


 そういってウルは視線を逸らす。

 まさか肯定されてしまうとは、ちょっと予想外だったかも。

 それについ勢いで正体までバラして話してしまったが、それでもウルさんはこうして向き合ってくれるなんて、いい人過ぎないか? もうここまで来たら、ウルさんにやってもらうしかない!


「そういってもらえるだけで嬉しいです。ありがとうございます。それで、婚約者役なんですけど……受けてもらえませんか? ウルさんなら顔立ちもいいですし、性格も優しくて、何となく貴族の雰囲気が出てていいと思うんですよ」

「俺から貴族の雰囲気出てますか?」

「う~ん、何といいますか言葉遣いとか、態度とか対応ですかね。私が貴族だと知っても気圧されない所もそう思った理由ですかね」

「……なるほど」


 その時一瞬だけウルが視線を落としたが、直ぐに私の方へと向けて来た。


「イリスさんにそこまでいわれると恥ずかしいですし、断りずらいですね」

「それじゃ、引き受けてくれるんですか! も、もちろん報酬も出しますよ」

「いや報酬とかはいいんですけど、本当に俺なんかでいいんですか?」

「? はい、ウルさんがよければ私はお願いしたいんですが」

「こんなさっき会ったばかりの、どこぞの知らない男ですよ? もし、俺が悪い奴だったらどうするんですか?」

「確かにさっき会ったばかりですけど、ここまで話した感じウルさんはそんな人じゃないと思うからお願いしてるんです。こう見えてもそういう直感は外したことがないんですよ、私」


 私は自慢げに少し胸を張ると、ウルは少し面を食らった表情をしていると小さく笑いが噴き出した。

 何でまた笑われたの、私?

 と、私が困惑しているとウルが直ぐに謝って来た。


「すいません。イリスさんが、思った以上にお人好しな人だと思いまして」


 そういった直後、ウルはそこで突然眼鏡を外して私に顔を近付けて来た。

 私はウルの藍色の瞳と眼鏡を外した顔に見惚れていると、それが急に近付いて来たことに驚く。

 ちちち、近い! 近いよウルさん!

 が、途中で顔を止めじっと私の方を見つめて来た。

 私はこんな近くで異性に見つめられたことなどなかったので、恥ずかしくなり直ぐに目を逸らしてしまう。

 するとウルが私を見ながら口を開く。


「イリスさん、俺の目を見てもう一度言ってください。本当に、俺でいいんですか?」


 私は一瞬だけ目線をウルに向けたが、直ぐに目を見れずに同じ方へと視線を逸らして答えた。


「いいです! いいですから! その、近いんで離れてください……」

「……分かりました」


 ウルはそう答えて私から離れて行く、その時ウルへと視線を向けた時一瞬だけ瞳の色が藍色ではなく緑に見えた気がしたが、一度瞬きをしたらウルの瞳は藍色であった。

 あれ? 動揺し過ぎて色見間違えた?

 私が片手で顔を仰いでいると、その間にウルは眼鏡を掛けると私に頭を下げて来た。


「急に変なことをしてしまって、すいませんでした。本当に俺なんかでいいのか訊きたくてさっきの様な態度をとってしまいました」

「そ、そう……出来れば普通に聞いて欲しかったです……」

「ごめんなさい。もうあんなことはしませんから」


 その後、私は改めてウルに一日限定の婚約者役を引き受けてもらい、お母様たちに会ってもらうなど詳細の話をした。

 私の方で台本や服装、設定など作るのでウルには貴族っぽい雰囲気を出して、台本通りに話してくれればいいと伝えたが、ウルは服装など用意する必要はないといって来た。


「え、どうして? まさか、その服装で来る気?」

「いやいや、さすがにそんな失礼なことはしませんよ。貴族風な服はつてがありますし、馬車などもその人から借りるので安心して欲しいです。しっかりとした一貴族に見えますから」

「そんな知り合いがいるの、ウルさん?」

「まぁ、はい。あとイリスさんに全て話は合わせるので、そっちで適当に設定も台本を作ってしまっていいですよ。俺はどんな設定でも合わせますから」

「でも、さすがに一度くらい練習した方が」

「練習して固定させてしまうより、その場の臨機応変にした方が臨場感もありますし唐突な問いかけにも対応出来ると思うんですが、どうですか? 心配になるのは分かりますが、イリスさんが思う様に進めてくれればいいだけなので少しは気が楽かと思いますが」


 確かに、台本作ってまたウルさんと会って練習するとなると時間もかかるし、ウルさんの方で話に合わせてくれるって言うならそれに甘えてもいいかも。

 それに早めにお母様に会ってもらって疑いを晴らしたいし、早いに越したことはないよね。


「分かったわ。ウルさんがそこまでいってくれるなら、そうするわ」

「話を合わせるのは得意なので任せて下さい。あ、イリスさん一つだけここで決めておきたいことがあるんですが、呼び方どうします?」

「呼び方か。そうですね、一応婚約者どうしなら呼び捨てが普通ですかね?」

「分かりました。では、当日はイリスとお呼びしますね」

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