第7話 隠し子の真相

 ――遡る事四年前。

 アークが二十三歳でまだ騎士団長ではない頃に、以前勝手に婚約されかけた相手が家を訊ねて来た。

 その相手はアークの子を身ごもっていると訴えて来たが、アークはその女性とは一度顔を合わせただけで、それ以来会ってはいなかった。

 アークの両親も最初は戸惑ったが、直ぐにアークが正しいと分かりその女性は追い返された。

 その女性は以前両親が別国の貴族だと騙されて、洗脳され婚約しかけた相手であった。


 使用人たちや騎士団がそれを防ぎ、犯人たちは捕縛され今でも牢屋の中であるが、婚約相手役の女性も騙されていた身だと分かり釈放されていた。

 しかし、今回嘘をついてまで屋敷にやって来た事で再び騎士団が逮捕に向けて動き出した。

 それから数日後、再びその女性がやって来たがこの時女性だけでなく何故か一人のボロボロの子供を引き連れていたのだった。

 すると女性は錯乱した様に、その子供がアークとの子供だと主張し始め自分たちを養って欲しいや見捨てるのかと言った主張を屋敷前で始めたのだ。

 その後、駆けつけて来た騎士団に気付き女性は子供を引き連れ逃走し、後に捕縛されるがその時にはもう子供は一緒ではなかった。


「何と言うか……アーク様も大変な人生を送られているのですね」


 私はアークの過去を聞き、現在の自分と同い年くらいにそんな経験をしたのかと思うと、少しゾッとした。

 生まれる家によって、環境も違うし裕福な家庭だからといって必ずしも幸せな日々ではないのだと実感した。


「別にそいつにとっては大変な人生でもないよイリナ」

「いやいや、そんな事ないでしょウル」

「そいつはただの偽善者だよ。俺を拾うくらいだしな」

「拾うって、え? 隠し子なんじゃないの?」

「イリナ、こいつはどんな好条件の見合いも断るんだぞ。女性に興味がないんだよ。現に、今まで浮いた話だってスクープされやしない。優しい顔で接していいイメージを持たれているが、内心じゃなんとも思ってないんだよ」


 ウルの言葉にアークは何も反論せずに聞いていた。


「表と裏がある人間なんだよ、そいつは。その証拠に変な噂が広まるんだよ『悪魔の騎士』、女泣かせ、隠し子までいるって言うな!」


 ウルがアークと初めて出会ったのは、何も分からず母親と思われる女性に手を引かれてアークの屋敷に連れて行かれた時だ。

 この時母親が何かを主張しているのは分かったが、何を言っているのかはよく分からずウルはただただその場に立ち尽くしていたのだった。

 その後、騎士団ややって来た事に気付いた母親はウルの手を引っ張って逃げ出した。

 そのまま隠れる様に裏路地などを通り、やり過ごしていたが母親は狂った様に爪を噛みながら「どうして」と呟き、髪もかきむしっていた。

 ウルはただただ母親に従う事しかしなかった。

 それは生きる為である。

 子供の自分が母親の元を離れたとしても、生きていける環境ではないと理解していたからだ。

 だから母親にどれだけ罵倒されようとも、暴力を振るわれようとも、道具にされようとも反論せずに従い続けた。

 全ては自分が生きる為に。


 その頃はそうしているれば何とか生きていられたので、そうするのが一番だと思い込んでいたともいえる。

 だが、結果的には騎士団から母親が逃げるのに邪魔だと言われ、捨てられて行かれたのだ。

 その後どしゃ降りの雨の中、誰もいない道を歩いている時に傘をさして現れたのがアークであった。

 アークはウルの目を見て「生きたいのなら手を取れと」告げた。

 そしてウルは、生きる為にアークの手を取るのだった。


「それでウルはアーク様の家で暮らすようになったのね」

「あの時の俺は、生きる為に手をとった。あの頃はあんたなりに何か考えて俺を拾ってくれたのかと思ったよ。だけど、結局は何とも思ってなかった。ちょっとした暇つぶし程度だったんだろ? 自分からうんざりしていた親や使用人の目を俺に向けさせて、少しでも自由になろうと思ったんじゃないのか」

「……お前にそう見えていたら、そうなんだろうな」

「何だよその言い方! 俺が間違ってるって言うのかよ!」

「ちょっとウル、それにアーク様も」


 再び口喧嘩になりそうな所を、私は仲裁しようと間に入ろうとした時だった、玄関の扉がノックされた。

 直ぐに私は立ち上がり玄関へと向かい扉を開けると、そこには第三騎士団の兵士が二人立っていた。


「アーク団長はいらっしゃいますか?」

「アーク様ですか?」


 そう言われて私がキッチンの方を見ると、声で気付いたのかアークも立ち上がりこちらに向かって来た。


「すまない、もう時間だったか?」

「はい。では、門の前で待っていますので」


 一人の兵士がそう答えると、そのまま兵士たちは一礼し門の方へと向かって行く。


「申し訳ないがイリナさん、迎えが来てしまったので私はこのまま出てしまうので屋敷の事お任せてしてもいいですか?」

「は、はい。それはいつもの事なので問題ありません」

「結果的にごたごたに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。今日の件はまた別途必ずお詫びはしますので。それと今日は遅くなりますので、夕飯は作らなくて結構です」

「分かりました」

「では、よろしくお願いします」


 アークはそのまま屋敷から出て行った。

 私はしっかりとアークを一礼しながら見送った後、キッチンへと向かった。

 そこではウルが、申し訳なさそうな顔をして立っていた。


「イリナ……その……」

「はぁ~とりあえず仕事を始めようか。話は全部終わってからでいいから。ほら、やる事意外とあるから、テキパキ行くよ」

「……はい」


 それからは私の指示の下、ウルはミスする事無く仕事をこなし時刻は十六時前を指し示していた。

 仕事もウルのお陰でいつもより早く進んでいたので、少し長めの休みを取る事にした。


「お疲れ、ウル。今日もミスなく出来てるじゃん」

「あぁ、ありがとう。……その朝は、悪かったよイリナ。感情的になったこと」

「そうね、あれは驚いたよ。でもまさかの展開だったよ。未だに信じられないもんね」

「戸籍上はって話だ。結局はほとんどあいつの屋敷の使用人たちに面倒を見てもらってた」


 ウルは十五歳で独り立ちする為に屋敷を出て、仕事を探し始め色々と試した結果今のシーラの店に辿り着いたのだと話してくれた。

 アークには拾ってもらったことは感謝しているが、それ以外に関しては感謝は特にしていないらしい。

 私は両者の気持ちを知っている訳でも、事情を全てしている訳でもないので「そっか」としか言う事しか出来なかった。


「俺はあいつの事好きじゃないけど、あいつに救われたって人もいるのも知ってる。でも、表ではあんなにいいようにふるまっているのに、裏では何とも思ってないっていうのが俺の中で許せないんだよ。勝手なことかもしれないけど、その表面だけよくしてればいいって感じ思えてさ」

「……確かにそうかもしれないね」

「そうだろ! イリナもそう思うだろ?」


 そこで私はふとアークが弱音を吐いていた時を思い出した。


「でも、アーク様も完璧人間じゃないし、そんな冷たい人じゃないと私は思うよ。一か月ちょっと使用人している感覚だけどね」

「完璧人間じゃない、か」

「そう。見たでしょあの書斎とか、服も綺麗にたためてない所とか」


 するとウルは今日初めてアークだけしか住んでいない屋敷を思い返した。


「(確かにイリナの言う通り、部屋の雰囲気とかも俺が知っているあいつじゃない。俺の知ってるあいつは何でも完璧にこなし、結果の為には冷徹な事も選択する性格なはず。なのに、それが全く感じられなかったし最初に会った時も何かつくろっている感じではなかった)」

「ウルにも思う所はあるんだろうけど、同じ様にアーク様も何か思う所があるんだと思うよ。ましてや、ちょっとややこしい関係性の時は、特にね」

「何か経験者って感じで言うな、イリナ」

「まぁ、私もお父さんといっぱい喧嘩して家飛び出て来た感じだし。全く似てはないけど、よく話し合えれば関係性も変わるのかな~って思っただけ」

「何だよそれ~」

「色々言ったけど、別にどうしろって私が言いたい訳じゃないよ。私もお父さんとは喧嘩中だし人の事なんて言えないよ。だから、ウルが思った様にすればいいと思うよ。思い悩むのも良し、スッパリ忘れるのも良しってね。とりあえず私的には、気まずい雰囲気にならなければいいよ」

「あはは、それ自分勝手じゃないかイリナ?」

「そ、そうかな?」


 ウルと楽し気に休憩時間を過ごした後、私は気持ちを切り替えて立ち上がりウルに手を差し伸べた。

 その手を見てウルは、手を取ってくれたので私が引き上げた時だった。

 突然屋敷の窓が割れだし、何かがいくつも放り込まれた。


「何!?」


 直後、屋敷の中が一瞬で煙で覆われてしまう。

 私とウルは煙を吸ってしまい咽てしまうが、直ぐに姿勢を低くし服の一部で口元を抑えた。

 ウルは未だに咽ていたので、私はひとまず何が起きているか把握しようと動こうとしたがウルに捕まれた。


「どこに行くんだイリナ。じっとしてた方がいい」


 苦しそうに言って来るウルに私は、ウルの手を取って話した。


「何が起きているか把握しないと。もし火事なら一大事だし、とりあえず近くのキッチンに行ってくる」

「イリナ待っ、ごほぉごほぉ」


 ウルは手を再び伸ばしたが、そこでまた煙を吸ってしまい咽てしまう。

 私はそんな事とは知らずに姿勢を低くしたまま、キッチンの方へと向かうがその途中で、突然玄関の扉が目の前を通過して行った。


「さっさと見つけろ」

「分かってる」


 次は何!? 誰か入って来た?

 煙のお陰かまだ私の事には気付いてないので、私は近くの物陰に隠れようとしてが見つかってしまう。


「あーいたいた。こいつに違いない」

「なら、さっさと回収しろ。奴が帰ってきたら面倒だ」

「あいよ」


 そう言って顔を隠した人物が私の髪を掴み上へと引っ張り上げる。


「いたいっ! 離して! 誰なのよ!」

「うるせぇ奴だな」


 直後私の口元に何かを当てられ、声が籠っていたが叫び続けた。

 が、徐々に眠気に襲われてしまいそこで意識を失ってしまう。


「何してる撤収だ」

「はいはい」

「誰だ? 誰かいるのか?」


 そこへやって来たのはウルであった。

 だが、視界が未だに悪く人影らしき姿しかウルには見えていなかった。


「おい、大丈夫なのか? 返事をしてくれ」

「おいどういう事だ? もう一人いるぞ」

「あれ? おっかしいな。情報だと一人って話だったけど」

「どんすんだ? 連れて行くのか?」

「いや、男だしどうせ派遣使用人とかだろ。蹴っ飛ばして気絶でもさせておくよ」


 そう一人が答えると、ウルに近付いて行き勢いよくウルを蹴とばした。

 更には魔法を発動し吹っ飛んでいったウルの方を爆発させた。


「おい! やり過ぎだ」

「やっべ。つい勢いでやっちまった」


 そう言って、屋敷に侵入してきた奴らはイリナを抱えて立ち去って行くのだった。

 それから一時間後に、煙が上がっており火事ではないかという住民の通報により騎士団がやって来て場所を確認すると、すぐさま騎士団長へと連絡がされる。

 そしてアークがそれを聞き屋敷に戻って来たのは、更に三十分後であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る