第6話 アークとウル

「ちょちょっと、待って下さいよシーラさん。俺がイリナのお付きですか?」

「仕方ないだろ。待機してるより仕事に行った方がお前もいいだろ。つうわけで、よろしくなイリナ」

「よろしくと言われましても、どうすれば」

「とりあえずウルにいつもやってる仕事の半分でも割り振ってやればいいよ。こいつも、最近は失敗も少ないし大丈夫だろ」

「お客様にはどう伝えれば? あ~私の方から連絡しておくから気にするな。あの客なら大丈夫だろ」


 確かにアーク様なら、断る事はないと思うけど。

 基本的にお客様の情報は店内でも口に出す事はない。

 いつ誰に聞かれているか分からない為である。

 それからウルは渋々私のペアとして納得し、一緒に屋敷へと向かった。


「ここがいつも来てるお客様の所か?」

「うん、お客様には私から紹介するから」

「あぁ……はぁ~俺の方が先輩なのに、なんかむなしい」

「そう落ち込まないでよ。ウルだって、最近調子いいしソロの仕事も認めてもらえるって」

「そうだと願ってるよ。おっし! 切り替えて仕事に集中だ! イリナ、今日だけはお前が先輩だ。俺に何でも指示出してくれよ」


 仕事モードに入ったウルに私は頷き、屋敷の門を預かっている鍵で開けようとすると屋敷からタイミングよくアークが現れた。

 私がアークに気付くと、相手も私たちの存在に気付き向かって来て門を開けてくれた。


「おはようイリナさん。話は聞いているよ、そっちがペアの人だね」

「はい、アーク様。改めて紹介します、こちらはウル・オリオンです」


 そう私が紹介すると、アーク様の表情が急に曇りウルの方へと視線を向けた。

 一方でウルは何故かアークの事を睨んでいた。


「ちょっとウル! 何してるの!?」

「イリナ、今まで行っていた客ってこいつか?」

「口! 口悪いよウル! ごめんなさいアーク様。ウルはこんな子じゃないんですよ」


 するとアークはウルから私の方へと視線を向けてくれいつもの様に優しい顔で返事をしてきた。


「えぇ、知ってますよ」

「……え? どう言う事ですか?」

「おい、うちのイリナにいい顔すんなよ!」

「いい顔? これはいつも通りの対応ですけど?」

「嘘付くなよ! 本当に笑った事なんてねぇくせに!」

「……はぁ~お前は本当に昔から変わってないな、ウル」


 私は目の前で急にアークに噛みつく様な態度のウルに動揺し、どうしていいか分からずにいるとアークがとりあえず屋敷の中に話すように提案して来た。

 だが、ウルはその案には乗らずにこの場で話し続けようとするが、私は周囲からの目もあると思い強引にウルの腕を引っ張り屋敷の中へと連れて行った。

 そして屋敷の中へと入るとウルは小さく舌打ちをした。


「どうしたのよウル? 急にお客様にあんな口をきくなんて」


 ウルは私の問いに直ぐに答えず、アークの方を見てから口を開いた。


「……前に一度話しただろ、俺あいつが嫌いなんだよ。これは仕事でも無理だ」

「そう言えばそんな事言ってたね……でも、嫌いってだけで別に嫌がらせされた訳でもないのに、あの態度はどうなのよ?」

「っ……」


 そこでウルは黙ってしまい何も言わなくなり、私はひとまずアークに謝らなくてはと思い直ぐに頭を下げるが、アークは何故か怒っておらず顔を上げるように言ってくれた。


「こうなってしまった以上話すしかないな。ウル、いいな?」


 訊ねられたウルは何も返事をせずにそっぽを向き、アークは小さくため息をつく。


「アーク様はウルと知り合いなのですか?」

「イリナさん、それを話す前に一つ約束してくれますか? これから話す事は絶対に誰にも言わないという事を」

「誰にもですか?」

「えぇ、店長のシーラさんにもです。約束できますか?」


 そこで私は考えてから返事をした。


「申し訳ありません。それは約束できないと思いますので、話さないでもらえますか?」


 私の返事にウルもアークも驚いていると、アークはその理由を訊ねて来たので答えた。


「そう言う話は聞いた時点で、約束を守っていても無意識に出てしまったりすると思うのです。持論ですが。なので、話したくない事や知られたくない事は言わなくて結構です」

「イリナは、気にならないのかよ?」

「気にならない訳じゃないけど、知られたくないと思う話を口約束して聞くのは、使用人としてダメだと思うの。ただ、それだけ」

「なんだよそれ……」

「なるほど。イリナさんの気持ちは分かりました」


 するとアークはそのままキッチンの方へと向かう。


「イリナさん、とりあえず紅茶を三つ用意してくれますか?」

「あ、はい。でも、アーク様仕事は良いのですか?」

「はい、今日も遅番なので問題ありません。それとウルも、派遣使用人ならイリナさんを手伝いなさい」

「……言われなくてもやりますよ」


 その後異様な雰囲気の中、私はウルにカップを出してもらい紅茶を注いだ。

 そして私がアーク様の前に配膳し、残り二つを机に置き私とウルは立っているとアークに座る様に言われ椅子に座った。


「あの……アーク様、これはどういった状況ですか?」

「朝からごちゃごちゃとしてしまったから、一度落ち着いてもらおうと思ってね」

「は、はぁ……」


 アークはそのまま紅茶を優雅に飲み続けたが、私とウルは一切紅茶には手を付けずに黙って待ち続けた。


「飲まないのかい?」

「飲むわけないだろ。こっちはあんたの使用人として来てるんだ」

「それもそうだね。それじゃ少し昔話でもしようか、ウル」


 そう言われたウルは、嫌な顔をしたがアークの方へと視線を向けた。

 するとアークは私に急に話し掛けて来た。


「イリナさん。君の意思に反してしまう事を先に謝らせて欲しい。だけど、貴方なら信頼できるから聞いて欲しい」

「何をですか?」

「ウル・オリオンが、私の隠し子であるという事を」

「えっ」


 私は自分の耳を疑ったと同時に、完全に言葉を失った。

 私が好きなアーク様に、隠し子? しかも、それがウル?

 何? 何が起きているの?

 ……もしかしてこれは、夢?

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