第28話 仲良く登校するお姉ちゃん

「ひまりの話にホテルが出て来るかは分からないけど、普通のカップルだったら行くんじゃないかなって。もしも行けば参考になるかもだし」


 みるみるうちにひまりの顔が真っ赤になっていく。


「ち、違うよ。そういうなことはしないから。ただ中を参考程度にでもみれば、お話作りに役立つんじゃないかなって」


 もしかしてひまりは勘違いしているのかもしれない。私たちは恋人のふりをしているだけで、実際にはそういうわけではないのに。


 気まずい沈黙が私たちを支配する。


 冗談だよ、の一言で全部片づけようかと思ったそのとき、ひまりはこくりと頷いた。


「……いく」


「へ?」


「参考にしたいから、お姉ちゃん、連れて行って」


 その一言で、私はひまりをホテルに連れていくことになった。


 私たちはホテル街を歩いていく。どれがそういうホテルなのかは分からないけれど、お城みたいなのがそうだとネットには書いてあった。気付けば、私の手汗のせいか、あるいはひまりの手汗のせいか、はたまた両方か、繋いだ手がびしょびしょになっていた。


 かといって自分から離すものひまりを拒絶したみたいでしのびない。


 私たちは一言も言葉を交わさなかった。無言で歩いていると、やがてその建物にたどり着く。


 私はごくりと生唾を飲み込んだ。そういうことをするわけではないけど、やっぱり緊張する。大人の世界って感じだから。でも私がこんな風でどうする。隣をみると、ひまりは汗をだらだら流して、小刻みに震えている。


 ひまりは滅茶苦茶緊張してる。なのに、私がリードしないでどうする。


 勇気の一歩を踏み出して、ホテルに入った。中は無人で、誰もいない。私は恐る恐る部屋を借りて、ひまりと一緒に向かった。


 エレベーターの中、ひまりは沈黙を破って、話しかけてきた。


「お姉ちゃん」


「……なに?」


「えっちなことは、だめだよ? そういうのは、結婚してからじゃないと」


「し、しない。えっちなことなんて!」


「……そっか」


 なんでうつむいて残念そうにしているの!?


 戸惑いながら部屋にたどり着くと、そこは全然えっちじゃなかった。


 ……なんか変な道具が置いてあること以外は。


 幸いにもひまりは道具の存在に気付いてない様子で、さっきまでの緊張はどこへやら、天蓋付きのベッドに大はしゃぎしてぴょんぴょんしている。


「お姫様みたい!」


 どうやら、私が気にしすぎていただけみたいだ。よかった。


 はしゃぎ終わると、ひまりはホテルの中を観察し始めた。まぁ、ひまりはまだ中学生だもんね。なかなか観察できるものでもないから、貴重な機会だと喜んでいるのだろう。


「お姉ちゃん。ありがとう。こんなとこ、連れてきてくれて」


「いいよ。ひまりが喜んでくれてよかった。連れてきたかいがあったよ」


 本当に。これでドン引きとかされてたら、いたたまれない気持ちになっていたところだった。


 ひまりはベッドにぼふんと飛び込んで、ニコニコしている。


「お姉ちゃんも飛び込んでみてよ。ふかふかだよ!」


 ひまりに促されて、私もベッドに飛び込む。隣でひまりが微笑んでいるから、私も思わず微笑んだ。少し、イレギュラーはあったけれど、総合的にみれば良い1日だったと思う。私はひまりの頭をよしよしと撫でた。


 ひまりは気持ちよさそうに、目を閉じている。


 まったく、こんな可愛い子を将来、恋人にするのは、いったいどこの誰なんだろうね?


 私はまだ見ぬ将来のひまりのパートナーに軽く嫉妬しながら、ぎゅっとひまりを抱きしめた。


〇 〇 〇 〇


 帰るころになると、夕方になっていた。電車に乗ると、また正面に例の双子姉妹が座っていた。双子は疲れ果てているようで、お互いに寄りかかりあって、目を閉じている。


 ひまりも疲れたようで、またすぐに眠りについてしまった。私は微笑みながら、ひまりの頭を撫でた。


 ひまりを起こしたくなくて、おんぶして電車を降り、家に向かう。


 もうすぐ、ひまりも高校生か。同じ高校に通うだけあって、一緒に過ごす時間は増えるだろう。良いお姉ちゃんでいられるように、頑張らないと。夕暮れの街を歩きながら、私は感傷に浸るのだった。


〇 〇 〇 〇

 

 その日からしばらく後、桜の花びらが散る中を、新しい制服を身に着けたひまりと二人で歩いていく。ひまりはぎゅっと私の手を握り締めていた。やっぱり不安なのだろう。ひまりにとって、学校に通うのは本当に久しぶりなはずだから。


「ひまり。私、休み時間になったら教室いくね?」


「……うん」


「もしも嫌なこと言ってくる人がいたら、私にいうんだよ?」


「……うん」


「私がもう二度とひまりに嫌なこと言えないように、教育してあげるからね?」


「……うん?」


「あと、告白されたのなら、ちゃんと私にいうこと。私が相応しい相手かどうか、見定めてあげるから。悪い虫は追い払わないとね」


「……ねぇ、お姉ちゃん」


 ひまりは上目遣いで私を見上げてくる。可愛すぎる! ついつい表情が柔らかくなってしまう。だけど私はお姉ちゃん。今日からはひまりを守らなければならない。舐められないように、怖い顔をしないと。 


「どうしたの? ひまり」


「なんで変な顔してるの?」


「へ、変な顔? 変な顔じゃないよ。これはひまりに寄ってくる悪い人たちを教育するために威圧感を出しているというか……」


「私が好きな人は、一人だけだから、大丈夫だよ」


「えっ」


 ひまりは恋する乙女の顔で私をみつめていた。まさかもう、ひまりに接触した悪い虫がいるの? もしかして受験のときにでもたぶらかされてしまったのだろうか。ひまりはきっと恋愛に関しては初心者だ。だから、私が見定めてあげないと。


 将来の夢はバンドマンになって成功することです!とかいう奴だったら、ぶん殴ってでも突き放してやる。ひまりには夢追い人じゃなくて、確かな財力で夢をみせてくれる人が似合ってる。


 そんなことを考えていると、ひまりはぎゅっと私の手を握ってくる。


「お姉ちゃん。すき」


 突然の告白に、胸がどきどきしてくる。こんな可愛い妹に愛されているなんて、私は前世でいったいどんな善行を積んだのだろう。前世の私に感謝しないとだね。


「私も好きだよ。ひまりは私の大切な妹だから」


 するとどうしてかひまりはほっぺを膨らませている。


「どうしたの?」


「……お姉ちゃん、姉妹百合のゲーム作るのに協力してくれるっていったよね?」


「うん!何でもするよ!」


「だったら、私とあの日みたいに、また恋人になってほしいんだけど……。今度は無期限で」


「えっ!?!?」


 目を見開いて驚いていると、通りがかりの女の人が「ママー。あの人変な顔してるー」と私を指さす男の子に目隠しをしていた。そんなに変な顔してたかな……。


「えっと。本気ですか? ひまりさん……」


「だってお姉ちゃんも悪い虫を私に寄り付かせたくないんでしょ? お姉ちゃんが私の恋人のふりをすればみんな寄ってこないと思うけど、だめ?」


 いや、だめなわけない。むしろいい! 当然、恋愛感情をひまりに抱いているわけではないけれど、きっと恋人になれば、あの日みたいに姉妹としてもっと仲良くなれると思うから。


 だから大賛成だ。


「……ひまりがいいのなら、私もいいけど」


「えっ。本当!? ありがとう!」


 ひまりは目をキラキラさせて私をみつめている。ほっぺも興奮のあまり赤くなっていた。断られるとでも思っていたのだろうか。そんなわけない。私のひまりへの好感度をなめないでほしい。


 私はひまりに出会った瞬間から、好感度はマックスなのだ。もうほっぺすりすりしたいし、ほっぺちゅーもしたいし、はぐもしたいし、姉妹デートだってしたい。もう、なんでもしたいのだ。


 こんなに可愛い理想的な妹、好きにならないわけがない。


 夢の中で私を孤独から救ってくれたひまりを、嫌いになれるわけがない。 


「えへへ。それじゃあ、今日からは無期限で恋人だね」


 ひまりはほっぺを赤くしたまま、私と腕を組んできた。うん。可愛い。可愛すぎて可愛すぎて、ぎゅーってしたくなる。でも流石にそれは我慢だ。人前でそんなことしたら、ひまりは恥ずかしいだろうし。


 校門に近づくと、人通りが多くなってきた。生徒達はみんなひまりの可愛さに魅入られてしまったようで、じっとひまりをみつめては顔を赤くしている。


 本当に良かった。ひまりの仮の恋人になっておいて。この様子ではきっと初日から告白だらけなはずだから。悪い虫も多すぎると、流石に私一人では処理しきれないからね。


 昇降口までやってくると、ひまりは腕を組むのをやめてしまった。私は名残惜しく思いながら上履きに履き替える。


「ばいばい。お姉ちゃん」


「ばいばい。ひまり。また休み時間に会いに行くね!」


「うん!」


 私が教室に入ると、紗月がすぐ詰め寄ってきた。二年でも同じクラスだった。


「腕組んで登校してたよね!? ひまりさんと! 羨ましいぃ……」


「そうだね。恋人だからね」


「えっ……」


 紗月は驚愕の色を顔に浮かべて、わたしをみつめた。


「まじ?」


「まぁ仮だけど。というか紗月は違うの? 莉愛ちゃんとは」


「莉愛のことは世界で一番大事だけど、やっぱりそういうのではないかな……。そういえば、どうしてかわからないけど、あの日のショッピングモールでの好きは姉妹としての好きだって言ったら、めっちゃ怒られたんだよね」


「……それは」


 もしかすると莉愛ちゃんは紗月のことが本当に、恋愛的に好きなのかもしれない。


「しかもね、昨日、私が間違って莉愛の歯ブラシ使ったんだけど、莉愛「汚い」って嫌そうな顔してその歯ブラシ、自分の部屋にもっていったんだよね。「この恨みは絶対に忘れないからね」って怒りで顔真っ赤にしながらもっていくんだよ? 絶対呪いの儀式とかに使われてるでしょ、あの歯ブラシ……」


 私がニヤニヤとしていると、紗月は「どうしたの?」とため息をついた。それと同時に、チャイムが鳴った。私たちはそれぞれの席に戻っていく。紗月の惚気話を聞いてなおさら思った。お昼休みが待ち遠しい。早くひまりに会いに行きたいなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る