第26話 電車に乗るお姉ちゃん
「前回のデート、デートって感じじゃなかったでしょ?」
確かに。ショッピングモールでのデートは紗月と莉愛ちゃんの仲を取り持つことに終始していた気がする。
「だからお姉ちゃんとデートしたいの。今度は誰とも会わないような遠い場所で」
ひまりは寂しそうな顔をしている。当然、私は頷く。ひまりが望むのなら、どんなことでもかなえてあげたいのだ。
「いいよ。どこでする? 姉妹デート」
「水族館がいい。百合の作品みてたら、良く水族館が出て来るでしょ? でも私、あんまり水族館に行ったことがないんだ。姉妹百合のゲーム作るための取材もかねて、行ってみたくて。水族館って、百合カップルの聖地みたいなところあるから」
「分かった。それじゃあ、明日は電車に乗ってちょっと大きめの水族館に行こうか」
「……うん!」
そうと決まると、お姉ちゃんとして頼ってもらえるように、きっちりとスケジューリングしないとだ。「よし」と息巻いていると、ひまりはどうしてか、顔を赤らめてもじもじしていた。
「どうしたの?」
「えっと、もしも水族館に行ったとして、他の人から見たら、私たちもカップルにみられるのかなって」
「大丈夫だって。心配しなくてもみられないよ」
笑顔でつげると、ひまりはほっぺを膨らませた。とっても不満そうだ。
あ、なるほど。カップルにみられるほど距離が近くないと、姉妹百合のゲームに生かせるような取材にならないもんね。そういうことなら、お姉ちゃん、一肌脱いでみようかな。
「分かった。カップルみたいに振る舞えばいいんだね?」
ひまりはこくこくと頷いている。とても嬉しそうな笑顔だ。
そうと決まれば、カップルがどんな風にデートをするのか調べておかないと。私はさっそく、スマホで調べてみることにした。まずは恋人つなぎ。これは鉄則だね。その次はハグ。これはよくしてるから大丈夫。そしてその次はキス。まぁこれはほっぺのキスでいいでしょ。姉妹だし。あとは……ホテル!? いやいや、姉妹だし流石にそれは。
だけど取材に息巻いているひまりの姿をみると、どんな願いだってかなえてあげたくなってしまう。ひまりがもしも望むのなら、ホテルの中も見せてあげようかな。もちろん、そういうことはしないけどね。
〇 〇 〇 〇
春も近づき肌寒さの和らいだその日、私とひまりは手を繋いで家を出た。もちろんこれは(取材のための)デートだから恋人つなぎだ。ひまりは登場人物の心情にシンクロしているのか、ほっぺを赤くしている。
流石天才だ。役者になっても通用するのではないかというくらい、恋人らしい仕草をみせてくる。交差点で立ち止まるごとに髪の毛を整えたり、視線が合うとにっこり微笑んだり、車道側を歩く私に熱っぽい視線を向けてきたり。
もしも私がお姉ちゃんじゃなかったら、一発で落ちちゃってるよ。こんなの。
そして、極めつけはこれだ。
「お姉ちゃんって、好きな人とかいるの?」
上目遣いをしながらの、恋愛に関する質問! 私がお姉ちゃんじゃなかったら、本当、こんなの絶対に勘違いしちゃってるよ。
「好きな人はいないよ。今のところ、誰とも付き合うつもりもないかな」
「……どうして?」
私は人が恋をするのはいいと思うけど、自分が恋をするのは怖い。だから誰とも付き合うつもりはない。でももしもそんなことを口にしたらきっとひまりは理由を知りたがるだろう。
でもそれを話せば、楽しいデートの雰囲気を壊してしまう。私が恋をしない理由はちょっと重いのだ。自分でも理解しているから、人に話すことはまずない。例えひまりでも、親友である紗月でもそうだ。
だから私は適当に誤魔化すことにした。
「今はひまりのお姉ちゃんでいたいからね。他の人と付き合ってる暇なんてないよ」
「そっか」
ひまりはほっとしたかのように微笑んだ。本当に、物語の登場人物にシンクロしているのだなぁと思う。ひまりが素晴らしいストーリーを作れるのは、この、虚構の存在に感情移入する能力ゆえなのかもしれない。
「ひまり。もうすぐ駅だね」
「お姉ちゃん。どの駅で降りるの?」
「上りで5駅先だね。時間も心配しなくてもいいよ。今日のスケジュールはちゃんと記憶してるから。イルカショーとかの時間もね」
「……お姉ちゃん」
ひまりは目をキラキラさせて、私の手をなおさら強くぎゅっと握りしめてきた。通行人たちはそんな私たちをちらちら見ている。今は仮とは言え恋人みたいなものなわけだから、少し視線が気になる。果たしてみんなは、私をひまりに相応しいと思ってくれているのだろうか?
もちろん、まさかそんなことを問いかけるわけにもいかないから、私は考えるのをやめて、ひまりを先導して切符を買う。そして駅のホームへと向かう。しばらく待つと、それなりに混雑した電車がやってきた。私はひまりと一緒に席に座る。
しばらくすると電車が動き始めた。
電車の揺れが心地よかったのか、ひまりはすぐに眠りについた。頭を撫でていると、突然、視線を感じた。正面に双子の女の子が座っていたのだ。その距離感は微妙な感じで、二人とも、電車の振動で手が触れあうたびに、顔を赤らめていた。
もしかしてカップルかな?
私の視線をどう解釈したのか、双子は突然、意を決したような表情でぎゅっとお互いの手を握り締めた。
そのとき、電車が揺れて、ひまりが私の肩にもたれかかってきた。双子の姉妹は驚愕に目を見開いていた。なにがそんなに驚きだったのか分からないけれども、ますます顔を赤くしている。だけどすぐに意を決したみたいな真剣な表情になって、ほとんど同時に目を閉じたかと思うと、お互いの肩に寄りかかろうとしたのか、頭をごっつんこさせていた。
双子の姉妹は恥ずかしそうに目をそらしていた。
私はその姿を横目に、ひまりをみつめる。全幅の信頼を寄せるかのように、私にもたれかかって来てくれたひまりがあまりにも可愛らしくて、私は思わずひまりの頭にキスを落とした。
双子の姉妹はますます顔を赤くして、私とひまりをじっとみつめている。
そのとき、電車が止まって、扉が開いた。
目的の駅に到着したということで、私はひまりを揺さぶって起こした。
「ふわぁ……。お姉ちゃん?」
ひまりは寝ぼけまなこで首をかしげている。可愛い。
「到着したよ。降りようか」
「うん」
私はひまりの手に手を伸ばして恋人つなぎをした。
双子の姉妹はそんな私たちに憧れのような視線を向けながら、電車で去っていった。
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