第17話 ハグしたいお姉ちゃん
私――宮下 ひまりがアプリ開発にのめり込んだのはお父さんの影響もあるけど、なによりみんなに評価してもらえるからだった。
学校では私が本気を出すと、みんな私を遠ざけようとする。都合のいい時だけ分からない問題を聞きに来たりするけど、私が辛い時は誰も助けてくれなかった。お父さんが亡くなった時も、そうだった。
でもアプリ開発だけはどれだけ本気を出しても、誰も私を遠ざけなかった。本気でシナリオを練って、それをゲームに落とし込む。それだけでたくさんの人が私のことを評価してくれた。
でもあくまでそれは、画面の向こう側での話だった。身近には私の才能を受け入れてくれる人は、誰もいなかったのだ。お母さんすらもそうだった。私が異常な成績や業績を作り出すたびに、褒めるよりも先に恐れが来ているみたいな表情を浮かべていた。
もちろん、口では褒めてくれるけど、それが本心なのかは私には分からなかった。
そんなある日、夢の中にお姉ちゃんが、凜が現れた。私は誰かに甘えたかった。心から受け入れてもらいたかったのだ。でも現実にはそんな人はいなくて。だから、せめて夢の中くらい良いんじゃないかと思った。
まだ名前も知らなかったその人を、私は勇気を出して「お姉ちゃん」と呼んだ。すると「お姉ちゃん」は私を妹扱いしてくれた。とても可愛がってくれた。夢の記憶は現実に戻れば薄らいでしまうけれど、それでも幸せだけは確かに私の心の中には残っていたのだ。
でもだからこそ、お母さんの再婚相手の娘がその「お姉ちゃん」であることを知った時は、悲しかった。私の一番大切なものは、お父さんと過ごした幸せな記憶だから。ぽっかりとあいた穴を埋め立てようとする役割を「お姉ちゃん」が担わされていることを知った時は、とても辛い気持ちになった。
私はこの人と、どう接すればいいのだろう。そんなことばかり考えて、でも結局は突き放してしまった。刺々しい言葉をぶつけてしまった。
そんな私に今さらお姉ちゃんの妹になる資格なんてないのかもしれないけれど。
それでもやっぱり妹になりたいと思ってしまうのだ。
だってお姉ちゃんは優しい。私のことを思ってくれている、私の大切な人だから。
クリスマスの翌日、私はさっそく「妹と仲良くなるためのアプリ」をお姉ちゃんのスマホに潜り込ませた。狙い通り、お姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。でも恥ずかしくて誤魔化してしまったせいか、私の気持ちは理解してくれなかった。あるいは、理解していたのかもだけど、受け入れてはくれなかった。
どうすればいいのか、わからない。お姉ちゃんになって、と告げられるのなら、それが一番いいのだろうけど、私は一度断られている。クリスマスの日に、絶対にお姉ちゃんにはならない、と告げられたのだ。
もしかするとお姉ちゃんは一つ屋根の下に過ごしているから、仕方なく私に付き合ってくれているだけなのかもしれない。
そんな不安を抱えていたときに、お姉ちゃんはゲームを通して、優しく私の不安を抱きしめてくれた。集団の中の個となることへの不安。自分の才能への恐怖。
友達としてだけど、全てを、抱きしめてくれたのだ。
その日、私はお姉ちゃんを「お姉ちゃん」ではなく、一人の人間として好きになった。
〇 〇 〇 〇
「だって凛がいるから」
頭の中で何度も何度もひまりの声を反芻する。
「ふふっ。やっぱりひまり、可愛いなぁ」
私はこの嬉しさを小説にしたためることにした。ひまりと創作論を話し合えるようになりたいから、勢いに任せて書くのではなく、とりあえずコンセプトだけ固めておく。主題は姉妹、じゃなくて友達の絆だ。だから当然、最初は二人の仲は悪くしておく。
ネットによるとそれが定石らしい。
それでゴールはもちろん、お互いをかけがえのない存在だと思うことだ。設定を固めていると、気付けば時計が夜の十二時を回っていた。もうひまりは寝てしまっているだろうか?
私はひまりの部屋に向かって、そっと扉を開ける。部屋は暗く、ひまりはもう眠りについていた。すぅすぅと寝息を立てている。可愛い寝顔だ。
私は抜き足差し足で忍び寄り、そっとひまりの頭を撫でる。するとひまりはほわほわした声でささやいた。
「……ハグして」
「私もまたひまりとハグしたいよ……」
そんなことをぼやいても、どうにかなるわけでもない。私はめくれている布団をかけなおして、ひまりの部屋を出た。そして自分の部屋で眠りにつく。
翌朝、いつもの癖でスマホを開くとまた「妹と仲良くなるためのアプリ」がピンク背景に白文字で表示されていた。寝ぼけまなこでしばらくぼうっとそれをみつめていると、やがて「Mission」という表記が右からスライドしてきて、その下にこんな文言が浮かび上がる。
妹である宮下 ひまりにハグをしましょう
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