第8話 相談をするお姉ちゃん

 私はひまりにいってきます、と告げてから家を出た。澄み切った青空の下、街はクリスマスの色に染まっている。通学路の途中には巨大なクリスマスツリーがあって、派手に装飾されていた。夜になればきっとまぶしく輝くのだろう。


 私はその脇を通り抜けて、学校へと向かう。教室に入ると紗月がクールな声色で「おはよう」と声をかけてきた。ひまりに関する話題が出たときはおかしくなるけど、本来紗月はクールなのだ。


「おはよう。紗月」


「凛。もしかして何か悩んでる?」


「えっ? なんで」


「顔見ればわかるよ。友達だからね」


 見抜かれてしまったのなら、話さないわけにはいかない。


「まぁ、悩み事はあるよ。ひまりに関することなんだけど……」


 ひまりの名前を口にした瞬間、紗月は鼻息を荒くした。頬を紅潮させ興奮した様子で、私の言葉を待っている。


 んー。本当にこの人に話してもいいのかな? なんというか、とても不安だ。でも他に相談できるほど仲のいい友達がいるわけでもないし。一人で抱えていても、解決の糸口は見えてきそうにはない。


「どうすればひまりともっと仲良くなれるのかなって、悩んでるんだ」


「今、凜はひまりさんとどの程度のご関係で?」


「家族でも姉妹でもないんだって。そう言われちゃった」


「そ、そうなのでございますか」


「……うん。それでどうやったら仲良くなれるのかなって。私としてはできれば『お姉ちゃん』って呼んでもらえるようになりたいんだけど……」


「私も呼んでもらえるようになりたいです!」


 紗月は目を血走らせながら不気味に笑った。私はそれを無視して問いかける。


「どうすればいいと思う? 紗月、妹がいるでしょ?」


 少し落ち着いたらしい紗月は肩をすくめながら「あんなの妹じゃないよ」と告げる。


「妹の立場を利用して、食後のデザートを平気でくすねたり、家事とかを私に押し付けたりしてくるから。はぁ、本当、あいつとひまりさんを交換して欲しいよ」


「仲、いいんだね。羨ましいよ。ひまりは他人行儀というか。皿洗いとかも自分でやるし、デザートだって多分だけど、私が譲ろうとしても受け取らないと思う。紗月の妹が紗月を雑に扱うのは、信頼してる証拠だと思うよ?」


 紗月は納得いかなさそうに首をかしげていた。


「……そうかな? んー。私が妹と今みたいな関係になったのは、私が可愛がり過ぎたからかもしれない、って思ってるんだけど」


「可愛がる、かぁ」


 どう可愛がればいいのだろう。普通にお姉ちゃんとして可愛がるだけだと、ひまりはきっと私を避けるようになってしまうだろう。かといって友達として可愛がっても、いつまで経ってもお姉ちゃんにはなれないはずだ。


「そもそもだけど、どうしてそんな関係になったの? 何か事情があるとかなら、そこをまずはクリアしていくべきだと思うけど」


「そのあたりの事情はちょっとデリケートだから、あんまり言いふらしたくないんだ。ごめんね」


 ひまりはお父さんを慕っていた。亡くなってからも慕っていたみたいで、お父さんのポジションに入ろうとする私のお母さんや私を許せないのだ。


 でもそれを解決するなんて、到底無理だ。お母さんたちには離婚して欲しくない。だって、二人の反応をみるに、ずっと昔からお互いのことが好きだったみたいだから。


 それに私としても、ひまりと戸籍上ですら家族でなくなってしまうのは嫌だ。


 やっと出会えた理想の妹なのだから。


「謝らなくてもいいよ。私だって秘密の一つや二つはあるし」


 紗月はクールな笑顔を私に向けた。


「とりあえず、その事情を解決するのは難しいんだね? それができるのなら悩まないはずだし」


「……うん」


「だったらクリスマスパーティーで親睦を深めるのはどう? 行事ごとっていうのは仲を深めるチャンスだから、利用しない手はないよ」


 確かにそうかもしれない。私と紗月が友達になったのも、今年の春にあった林間学校だった。


 ひまりに働きかけるのは怖い。デリケートな子だから、家族として、姉妹として近づこうとすれば嫌われてしまうかもしれない。でも手をこまねていていても、距離が縮まることはないのだ。


 私が求めるのはまた夢の中みたいに『お姉ちゃん』と呼んでもらうことなのだから。


「ありがとう。紗月。クリスマスパーティーで仲良くなれないか試してみるよ」


 それだけ告げて、私はスマホでお母さんにメッセージを送った。


「クリスマスの日、パーティー開かない?」

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