第6話 少しずつ近づいていくお姉ちゃん

 日は沈んで外は暗い。私は一人、自分の部屋でぼうっとしていた。


 ひまりにとって私は、埋まらなくてもいい穴を埋めようとするだけの存在。お姉ちゃんだなんて、ひまりは思ってくれていない。


 そんなこと言われてしまったら、私だってどうすればいいのか分からなくなってしまう。ひまりとは仲良くしたい。でもひまりは、死んだお父さんを忘れさせてしまうような「誰か」を求めてはいない。


 でも創作に関して話をする相手は求めてくれている。


 とりあえず今私にできることは、ひまりと対等に話し合えるくらい物語づくりに習熟すること。「よし」と気合を入れてから、パソコンを起動させてブラウザを開く。


「小説 上手く書く方法」と調べると、やっぱり小説をたくさん読むことが重要だと出てくる。他にも映画をみてその構造を学ぶことで面白いストーリーが書けるようになるともあった。


 映画か。ひまりと一緒に映画をみるのは悪くないかもしれない。ひまりだって私が創作者として習熟することを望んでいるみたいだから、協力してくれると思う。


 私は早速リビングに向かった。相変わらずひまりは定位置でパソコンに向き合っている。お母さんも宮下さんもまだ仕事中らしい。映画の前に、まずはご飯を作ったほうがいいかもしれない。


 仕事帰りで疲れてるのに、ご飯まで作らないといけないってとっても大変だ。


「ひまりは夕食なに食べたい?」


「なんでもいいです」 


 ひまりはパソコンをみつめながら告げた。私は眉をひそめる。


「なんでもいい、って作る側からすると物凄く悩ましい答えなんだよ?」


 ひまりは私をちらりとみて、またパソコンに目を戻した。

 

「ゲームではこういうのを作れって言われるよりは、自由に作ったほうがやりやすいです」


「そうなんだ。でもひまりは好き嫌いとかないの?」


「私、基本的に何でも食べられます。お父さんにそういう風に教育されたので」


 私は肩を落としてキッチンに向かった。大切な妹には好きなものを食べさせてあげたい。でもひまりはそんな密接な関係は望んでいないのだろう。だから、こんな突き放すようなことばかり。


 悩んでいると玄関の扉が開く音が聞こえた。


「お邪魔します。じゃなくてただいまー」


 宮下さんの声だ。宮下さんならきっとひまりが何を好きか知っているはずだ。私はキッチンから出て玄関に向かった。スーツ姿の宮下さんが靴を脱いでいる所だった。


「おかえりなさい。宮下さん」


「おぉ。出迎えありがとう。凛」


「聞きたいことがあるんですけど、ひまりってどんな料理が好きなんですか?」


「ひまりは焼き飯が好きだね」


「なるほど。宮下さんはどんな風に作るんですか?」


 私が問いかけると宮下さんは気まずそうに頭をかいていた。


「私、料理はできないんだよね。お父さんにやってもらってたから」


「お父さんっていうのは、旦那さんのことですか?」


「そうそう。お父さん、プログラマーでね。在宅が多くて、料理とか家事とか任せちゃってたんだよね。学校帰りのひまりともよく遊んでくれたみたいで、そのときにひまりはプログラミングに目覚めたみたい」


「そうなんですか」


 今の時代、良くないことかもしれないけど、子供の面倒を見るのはお母さんで外で働くのがお父さん、という印象が私の中にはあった。だから意外だった。


 ひまりがお父さんにこだわるのにも納得がいく。亡くなってしまったお父さんのことが心から大好きだったのだろう。


 宮下さんはリビングに向かって「ただいま」とひまりに告げた。


 私が焼き飯を作ってリビングに持っていくと、ひまりはあからさまに嫌そうな顔をしていた。でも無言でノートパソコンを閉じて、食事をとり始める。


 焼き飯を口に運んだ瞬間、ひまりはなおさら険しい顔になった。でもその隣では宮下さんは「これまでに食べた焼き飯の中で一番おいしいね。流石佐藤の娘さんだ」と笑っている。私の舌がおかしくないのなら、我ながらなかなかの出来だ。


 なのにどうしてひまりはまずいものを食べたような顔をしているのだろう?


「ひまり。もしかして、口にあわなかった?」


 ひまりは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「……いえ。美味しいですよ。とっても」


 だけどそれきりひまりは何も話さなくなってしまった。ただただ無言で焼き飯を口の中に放り込むだけ。ろくに噛まず、味わうこともなく、さっさと食事を終えてしまった。


 食事を終えたひまりは台所にお皿を持って行って、お皿を洗い始めた。


「洗わなくてもいいよ。あとで洗っておくから」


 そう告げても、ひまりは洗うのをやめなかった。洗い終えるとリビングを出ていって、私の部屋の隣の部屋に、リビングの椅子とノートパソコンだけもって閉じこもってしまった。


 宮下さんはリビングで申し訳なさそうにしていた。


「私がもう少しでも構ってあげられてたら、あそこまではならなかったのかもね」


「……どういうことですか?」


「凜の焼き飯がお父さんの焼き飯よりもおいしかったから、ひまりは怒ってるんだと思う。もしも私がひまりに構ってあげてたら、ひまりはお父さんにここまでこだわらなかったと思うんだ。凛ともすぐに姉妹になれていたんじゃないかな。ごめんね」


「いえいえ。そんな……」


 ひまりは亡くなったお父さんに想像以上に囚われてしまっているのだろう。でも私にできることなんて、何にもない。残念だけど、私はひまりのお父さんのことなんて知らないし、ほんの数日前までひまりとは赤の他人だったのだ。


 私はキッチンでお皿を洗ってから、浴室に向かった。お風呂を洗ってボタンを押す。それから自分の部屋に向かった。パソコンで創作論について調べていると「ただいま」とお母さんの声が聞こえてきた。かと思えばすぐに「ありがとう! 凛」と聞こえてきた。リビングにはラップをかけた焼き飯を置いてある。それを見てのことだろう。


 時計の針は八時を指している。そろそろお風呂も沸いているはずだ。私は部屋を出て、隣の部屋のひまりに話しかけた。


「お風呂入ってきたら?」


 するとひまりは扉を開いて出てきた。私は手を合わせてお願いする。


「お風呂あがったら、一緒に映画見ない? 創作に生かしたいんだよ。お願い」


 ひまりはじっと私をみつめてささやいた。


「私は凜さんに家族としての役割なんて求めてないです。だから凜さんも私に求めないでください。約束してくれるのなら、一緒にみましょう」


 もしも約束してしまえば、私はひまりと姉妹になれなくなってしまう。夢にみるほど憧れていた妹なのに、そんなのは嫌だ。でも今のままでは結局はひまりと仲良くなんてなれない。ひまりも笑顔にはなれない。


 私は心に痛みを感じながら、頷いた。するとひまりは少しだけ柔らかい表情になって告げた。


「創作初心者ならピクサーとかマーベル映画がいいです。無駄なシーンが一切なくて分析もしやすいので」


「分かった。ありがとう。ひまり」


「……うん」


 ひまりは微笑みを私に向けてくれたから、私も小さく微笑んだ。いびつな関係かもしれない。家族だと、姉妹だと認めないことでしか仲良くなれないなんて。


 でも今はこれでいい。少しずつ、少しずつ近づいていけばいいのだ。

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