第5話 お姉ちゃんになりたいお姉ちゃん

 学校に着いて教室に入ると、友達の紗月が話しかけてきた。クール系の顔をした美人な女の子だ。性格もクールで滅多なことがない限りは、騒がない。


「今日は随分上機嫌みたいだけど、どうしたの?」


 私は笑顔で紗月に告げる。


「妹ができたんだ!」


「確か凜のお母さんって離婚したんだったよね。再婚したの?」


「そう。それで夢で見てたのと同じ顔をした妹ができたの! しかもあの子の方も私のことを夢にみてたんだって! これはもう運命だよね」


 紗月は優しく微笑んでいた。私が如何に妹を求めていたか紗月は知っている。心から祝福してくれているのだろう。


「良かったじゃん。それにしても夢と同じ顔ねぇ。だったらすごい美少女なんだ?」


「うん! しかもそれだけじゃないんだよ。あの宮下 ひまりなんだよ!」


「え、マジで!?」


 紗月の驚きの声にクラスの皆が私たちの方を向いた。紗月は咳ばらいをしてから、今度は小声で話す。


「凜の妹、ひまりさんなんだ……」


 紗月は私と同じゲームオタクだ。見た目はゲームなんて興味なさそうなのに、意外にも私以上のオタクで「宮下 ひまり」の大ファンなのだ。紗月はごまをするように手の平を合わせて、私に問いかけてくる。


「えっと、ひまりさんに会わせてもらうことって可能でしょうか?」


「いいよ! 友達の頼みだもん」


 すると紗月は喜びを噛みしめるような表情でガッツポーズをした。


〇 〇 〇 〇


「ただいまー」


「お邪魔します」


 私と紗月は玄関で靴を脱いだ。今の時間は五時くらいで、外は薄暗くなり始めている。リビングにはカーテンが引かれて明かりがついていた。ひまりは相変わらず同じ場所で、ノートパソコンに向き合っていた。お母さんも宮下さんもいない。まだ仕事中で帰ってきていないのだろう。


「もしかしてひまりって、朝からずーっとパソコンに向かい合ってた?」


「そうです。……ところでその人誰ですか?」


 ひまりは目を輝かせる紗月をみて、少しだけ迷惑そうな顔をしていた。


「私はひまりさんの大ファンの清水 紗月です。 紗月と呼んでください!」


 紗月はそのまま行けば床に頭をぶつけてしまいそうな勢いで、お辞儀をした。ひまりも大ファンだと告げられて悪い気はしていないようで、ニヤニヤしている。でも私と視線があうと、ぷいとよそに目を向けてしまった。


 そして紗月を試すようにこんなことを告げる。

 

「私の作品、どれが一番面白かったですか?」


 すると紗月も待ってました、と言わんばかりの勢いで言葉を乱射した。


「『二人の少女と聖夜の奇跡』が王道ですよね。あれは最高です。でもひまりさんの作品はどれも素晴らしいクオリティで。『天から落ちてきた少女と、地で這いつくばっていた女』もいいですね。あの、なんて言うんでしょう。絶望の中でこそ光る希望の描写がもう、本当に最高でした。私の解釈ではあの後二人は、滅亡した人類の新たな始祖になってると思ってるんですけど、実際の所、ひまりさん! どうなんですか?」


 紗月の熱弁に心を打たれたのか、ひまりは嬉しそうにぺらぺらと語り始めた。それはもう私の前では見せないような笑顔で。私は頬を膨れさせながら、その様子を見ていた。なんで私にはその笑顔を見せてくれないの? 隠そうとするの?


 ひまりが嬉しそうにしているのはいい。でもひまりを嬉しくさせたのが私じゃないというのは、嫌だ。すっかり二人は二人きりの世界に入ってしまっているし、これ以上リビングにいても虚しくなるだけだと思った私は自分の部屋に向かった。


 そしてパソコンを起動させて、うっぷん晴らしに小説を書こうとする。でもひまりの言葉を思い出す。あらかじめ大まかな流れは決めておいた方がいいと、今朝話していた。でも大まかな流れを考えようにも、全く何も思い浮かばないのだ。


 私は背もたれにもたれかかって、脱力した。そのまま目だけ本棚に向けた。そこには小説どころか漫画もなくて、適当な小物たちが並べられている。


 私はゲームが好きだ。ゲームにはストーリーらしいストーリーがないことがよくある。そういうのばかりやっていたから、上手く書けないのかもしれない。


 ひまりは私にお姉ちゃんは求めてくれていない。でも創作について語り合える人としての役割は求めてくれている。なのに私はその役割すらも満足には果たせない。そのことがとても悔しくて、悲しかった。待ち望んでいた妹なのに、私はひまりにとっての何者にもなれていない。


 私は確かに「宮下 ひまり」の作るゲームが好きだけど紗月ほどではない。だからファンとしても紗月には負けている。私は紗月ほど何かを大好きになったということがないのだ。


 いや、たった一つあるか。私はきっと紗月よりも遥かに「妹」という存在に憧れていた。でもひまりに「お姉ちゃん」とみなしてもらうために、何をすればいいのか全く分からない。存在としての妹はすぐそばにいるのに、関係としての姉妹は、遠い場所にある。


 しばらく無力感に浸っていると、部屋に紗月がやって来た。紗月は満足そうに「ひまりさんに会わせてくれてありがとう。凛」と笑っていた。私は作り笑いで「よかった」と返す。そうして紗月は帰っていった。


 私はリビングに向かって、パソコンに向き合うひまりの後姿をみつめる。どうすればお姉ちゃんとしてみなしてもらえるのか分からないなら、直接聞くしかない。


「ねぇ、ひまり。どうすれば私のことお姉ちゃんだって思ってくれる?」


「申し訳ないですけど、私は凛さんのこと、お姉ちゃんだなんて思いません」


 ひまりが頑なに私を拒む理由は分かっている。それでも何か改善できる点があるのではないか。淡い期待を胸に、私はひまりの隣に座って問いかける。


「なにか、悪い所があるのなら直すから教えてよ」


 するとひまりは無表情なままつげた。


「凛さんは悪くないです。悪いのは、再婚なんてした私のお母さん。死んだお父さんの穴を埋めようとしたお母さんが悪いんですよ。埋まらなくてもいい穴だってあるのに」


 ひまりは夢の中、今にも泣きそうな顔で私に話してくれていた。再婚することになってしまったのだと。お父さんとの関係を大切にしていたのだということを。

 

 ひまりは私に視線を向けて、ぼそりとつぶやいた。


「……私、凜さんとだけは姉妹になりたくなかったです。夢の中だけで慕い合う関係が良かったです。だって凜さんはそこにいるだけで、私の穴を埋めてしまう。夢の中の記憶のせいなんでしょうか。どう頑張っても、悪い印象を抱けないんです」


 その表情はとても悲しそうだった。

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