第31話 三浦から金城へ

 次の日の夜、溝端と八木と話し合った。



 溝端は、俺と同じように、CAREによって精神を病んでしまった人を手助けする施設があり、そこの職員らしい。



 二人は俺に学校に行かず施設に入って休養を取らないかを勧めてきた。



 いまだ俺の心にはぽっかりと穴が開いたままで……。それで楽になるかもしれないと思った。だが、俺は頭を縦に振れなかった。



 一旦、『しゃべるん』を辞めてみないかとも言われた。



 確かにもう辞めたかった。自分が自殺しようとしていたことが怖くて……。でも、これも素直にうなずけなかった。



 怖かった、自分の存在価値がなくなってしまうと思った。ただでさえ自分には何もないのに、はりぼての承認すらなくなったら自分が無になってしまいそうで……。



 でも、怖くて。もうどうすればいいか分からなかった。どれを選んでも今の自分には上手くいく気がしなかった。すべて失敗しそうで。



 色んな案を出された。違う学校に転校して一から始める。別人として生きていくなど、とにかく『しゃべるん』を辞めさそうとしているのが分かる。当たり前だ。傍から見たらすぐに辞めさそうと思うだろう。でも、俺は頭を縦に触れなかった。



 俺は一人では上手くいく気がしない。別人になれば今まで積み上げてきたものですら壊れる。



 ここまで来ても、まだ、俺は執着していた。それが分かっていても、やめようと思えなかった。



 しばらく話しあって、三浦という存在を残そうという話になった。三浦は本格的に機械に動かして、その同じクラスに別人として転校するということで落ち着いた。



 恐らく、その時の俺は、皆と話している三浦だったものを見て、未だ自分の価値は消えていないと思いたかった。それともう三浦を捨てたい。



 この相反する思いが両方とも叶った。だから頷いたのだと思う。



 そして、その頃くらいに修一と森沙織が現実世界を見ていたことを知った。



 勝手に同族意識を感じていたのは俺なのに身勝手な話だが、修一に裏切られた気分になり余計疎ましく思った。



 同時に思った。修一は俺みたいなやつを馬鹿にしてるいるんだと勝手に思った。



 そんな修一が夏休みが終わると突然明るく話し出した。すぐに分かった。俺と同じように自分以外が話しているんだと。



「頼りすぎると癖になるぞ」



 心のどこかでは未だ修一に同族意識を持っていたのか、それとも自分のほうがまだ存在価値が高いと思い込もうとしてたのか、はたまた気まぐれか、俺はどこか上から諭すように言った。



 どの分際で言ってるんだって話だ。



 むかついたのだろう修一は俺の胸ぐらを掴んで、その拳から修一の怒りが伝わってきて……。気づくと、俺はその瞬間に殴られることを期待していた。



 何か自分に罰を与えたかった。何か今までの全てに対して……。



 しかし、修一はなぜか思いとどまった。それ以来、一度も修一とも話さないまま。



 それからというもの、金城としてクラスで過ごしていくにつれて、皆と話している三浦を見るたびに、自分の無力さを強く実感するようになった。



 俺はあのようには話すことは出来ない。



 同時に鳥肌が立つほどの気持ち悪さを覚える。



 自分だったものが勝手に動いている。それは異質な光景だった。なんだか、俺と言う枷から外れて自由に野に放たれたように見えて……。



 余計に俺っていらないんだなと思って……。



一体お前は誰だよ。一体俺は誰だよ。



 そういう思いがどんどん強くなっていく。自分が話そうとすると無意識に『しゃべるん』を使って話していた三浦の面影を探して話してしまう。



 『しゃべるん』を使う前の俺は一体どんな話し方をしてたっけ……。



 いつの間にか俺は何も無くなっていた。



 俺って一体何だっけ……? 空っぽだ……俺は……。



 もう頼りたくはない。でも、俺なんて機械に頼るしかないんじゃないかという思いが強くなって……。



~~~~~~~~~~~~~~~~~


「すまないが三浦君、一旦、学校を休んで落ち着くことを真剣に考えてみないか?」



 学校終わりに、八木に呼ばれて、向かった取調室について初めに溝端に言われたことだった。すぐには溝端の言っている意味が分からなくて……。



「は、え、どうして?」



「落ち着いたことは落ち着いた。でも、やっぱりこのまま君に学校生活を送ってもらってもこれ以上回復が見込めそうにないんだよ。それどころか最近はまた少し様子が変わってきてる。少し落ち着かないか? ほかにも君のような子がいる。そういう子と話してみたら君にも良い刺激になると思うんだよ。そしたら君の話し方を思い出せるかもしれないよ」



 溝端は優しい声で語り掛けてきた。そう心配される理由も分かってるし、その提案に乗ってしまいそうになる自分もいる。



 でも、俺は頭を横に振り、



「無理だ!」



 そう自分を律する意味含め声を荒げた。急に声を荒げたことに驚いたのか、溝端とその隣にいる八木は目を見張った。



「俺に出来るわけがないだろ……」



 声のトーンを落として俺は言う。



「そんなことないよ。一度環境を変えてみたら新しい発見もあるかもしれない。それで僕は……」



 慌てて溝端がフォローしようとしたが、俺は聞こうとしなかった。聞きたくなかった。途中に割り込んで言い放つ。



「無理に決まってるだろ! 俺には無理だよ。俺なんかどこに行っても……」



 そう言うと、普段ほとんど口を開かない八木が口を開く。



「それは、また『しゃべるん』を使おうとしてるってことじゃないだろうな……」



 鋭い指摘だった。俺は押し黙るしかなかった。すると、溝端は更に焦った様子で、



「駄目だよ三浦君。折角調子もよくなってきたのに……」



「もう無理なんだよ。なんも一人では上手くいかない。俺には何もないんだよ!」



 自分で自分を馬鹿にしてるのが屈辱で、でもそれが事実で……。もう心が暴れ出して、それが如実に言葉に現れる。



「そんなことないよ。一度離れて見ないか? 落ち着いたらまた違った視点から発見があるんだよ」



 溝端はそれでも優しい言葉をかけてきて……。



「お前はそうだったかもしれないけど、俺はそうじゃないんだよ!」



 このまま優しくされたらもう崩れてしまいそうで、俺は突き放すように怒鳴った。



 今、離れられる訳がない。もう張りぼてでも完璧に三浦に頼らないと……。俺には出来ない。縋るものが無くなったら俺はもう……。



「分からないよ。試してみないと……。少なくとも今のままだと精神を病んでいくだけだよ」



 そうやけに耳にこびり付く溝端の言葉。それを上書きするかのように俺は軽く怒鳴る。



「今のままでいいんだよ! 俺みたいな価値がない人間には……」



「価値って……重く考えすぎだよ……」



 溝端はどんどん心配げな顔を強くして言って、それに伴って俺の中の苛立ちが強くなっていく。



「重くなんてないよ。俺は嘘で周りを固めることしか能がない。まるで中身が詰まってない。クズで何もないごみみたいな人間なんだよ」



 もう思いつく限りの悪口を自分に浴びせた。



 もう、溝端は他人事なのに泣きそうにな顔を浮かべている。その顔でこっち見んなよ……。



「完璧を求めすぎじゃないのか?」



 また八木が唐突に割り込んできた。



「周りをもっとよく見てみたら、完璧じゃない人間なんて沢山いる。自分に厳しいんじゃないのか?」



「周りを見てるからちょっとした返しとかどこにでも入っていく勇気とか自分に足りないものばかり目に入るんだよ」



「それはお前にもあるよ。何も完璧にこだわらなくても……」



「ないよ! それにこだわって何が悪いんだよ。自分から離れたものになりたいんだよ。別人になりたいんだよ!」



 俺は割りこんで怒鳴った。



「目指すのは間違いじゃない……でもなり方が……」



「分かってるよ! そんなこと! でもこれ以外方法がないんだよ!」



 俺はもう我慢できなくて立ち上がり、取調室を出た。



 廊下を、わざと足を地面に叩きつけるように踏み歩きながら俺は思った。



 分かってるよ……。俺が間違ってることくらい。 あいつが言ってることが正しいことくらい。



 でも、もう無理だ。諦めきれない。捨てられない。もう自分に戻れないんじゃないか……。



 俺には難しいんだよ。



「くそっ」



 俺は地面を何度も蹴りつけた。



 正しいからできるわけじゃないんだよ。正しいから難しいんだよ。



 そんな俺にも嫌気がさして……。自分が嫌いだ。自分以外の何者かになりたい。この無能でくそな俺。



 自分への嫌悪感が強くなっていく。



 やっぱりもう『しゃべるん』を使わないと俺には何もないんだよな……。



 でも、『しゃべるん』を使うという覚悟も出来ない。やっぱり怖い。



 あぁ、しんどい。

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