第30話 三浦の心中

 俺はいわゆる高校デビューというやつだ。



 中学の頃はおしゃれに興味がなく、話下手だった。性格も控えめで大人しく、クラスの隅の方で似ている友達つるんでいた。



 だけどずっと、おしゃれで、話もできる目立つグループに憧れていた。いつかは俺もあぁなりたいって密かに思ってた。



 しかし、急にキャラ変したとき、周りの目線が気になって、度胸もなくズルズルと中学時代は教室の端の方で過ごした。



 しかし、高校生になる時、俺は一念発起した。雑誌を参考にし、顔、髪型、服装、すべてを流行りに合わせた。そうして自信をもって臨んだ入学式。俺は衝撃を受けた。



 高校生にもなると皆おしゃれに気を遣うようになっていて、クラスの七割、いや八割近くはおしゃれだった。しかも皆、雑誌に載っている流行りの見た目を取り入れていて、全員とどこかしら被っていた。ほとんど誤差がない。



 俺は一度始めるとこだわりたいタイプだった。だからこそ、周りとほとんど差異がないままでいいかとはならなかった。何よりも、目立つグループにあこがれていたんだ。こんなところで終われるわけがない。



 そう思った俺はその日からおしゃれを念頭に置いて生活するようになった。街中ではおしゃれな顔、髪型、服装の人は写真を撮り真似をした。雑誌もより読みこむようになった。顔と髪型も一か月程度で変えるように徹した。



 すると、クラスの中で三浦はおしゃれだというイメージが出来上がってきたのか、いろんな人におしゃれだなと言われる機会も増えた。



 この時が一番満たされていた。目標にどんどん近づいていく満足感。幸せだった……。



 もっと褒められたい。まだまだ足りない。もっと人気になりたい。もっと上に……。俺はより一層おしゃれに気を遣った。少しでも周りと差別化したかった。次第に、クラス外から声をかけられることも増え、その度にもてはやされた。



 この頃くらいにはスクールカーストで上位であるという自覚が出てきていた。



 もっと人気を、もっと認められたい、もっと、もっと……存在価値を上げたい。もっと今じゃない他人へ。もっと完璧な他人へ。もう、完璧になりたかった。自分の過去が馬鹿らしくなった。どうしてもっと早くから始めてなかったんだ。もっと前の自分より変わりたい。



 僕はこのころから、他人からどう見られているのかを意識するようにした。気になれば気になるほど、息苦しくなってくる気がしたけど、そんなこと人気者になった幸福感からすれば微々たるものだった。



 この人の目にはどう映っているのか? どうすればもっと人気になれるのか? 認められるのか? そう考えることに没頭する日々だった。



 その中で避けられなかったのがコミュニケーション能力。これが最重要だ。もとから喋りに自信がなかった俺は、コミュニケーション能力を身に着けようと思った。



 だが、すぐにそれは無理だと悟った。少し話しただけでも分かった。俺にはコミュニケーション能力は無く、うまく話せないことに。



 周りは平然と話している中で俺だけが如実についていけてなかった。それどころか余計な一言で会話を止めることも多々あった。



 今までに碌に話さず過ごしてきたつけだ。全く話すことに慣れていないのだ。



 ようやく自分の求めている完璧になりつつあったのに、大きすぎる欠点だ。何とかして……何とかして……もっと話せるようにならないと……。



 ネットでコミュニケーション力をすぐに上げる方法について調べた。



 その時に『しゃべるん』の存在を知った。



 会話の内容から瞬時に次に話す言葉を計算し、それを言ってくれるという機械だ。後はCAREが勝手に俺の声として認識するということで、これさえあれば会話に困らないし、対人関係で失敗する恐怖もない。普段は会社で営業などに使われていたらしい。俺は迷わずに購入した。



 届いた次の日『しゃべるん』をつけていくと、その効果は絶大だった。



 誰が来てもどんな話でもその場に最適な言葉を『しゃべるん』は生み出し続ける。



 知られていない歌手の話でも、どんな知的な話でも、見たことのないドラマの話でもまるで自分が知っているように、見たように話せる。



 次第に俺はおしゃれで、コミュ力のある奴というキャラが定着して、俺は自分の求めていたものになりつつあった。



 もう、毎日が満たされていた。



 この頃になると与えられたキャラが当たり前になっていた。意識しなくても一か月に一度は顔は変えてたし、服装も髪型も気を付けた。これが当たり前の生活になっていた。他には誰にも分け隔てなく話しかけるようにしていた。これはクラスの全員に認められたいという欲のもと行っていたのだが、後にクラスの人からは誰にでも分け隔てなく話せる優しい人という見方をされていることを知った。



 更に、『しゃべるん』もどんどんアップデートされていって、タイプによる人の話し方を選べるようになっていた。俺は『優しい人』という話し方を迷いなく選んだ。



 これによって様々な場面で何気なく褒めたり、その人のことを励ましたりする言葉が増えた。この時が明らかに好感度が上がったと自分でも分かった。



 有頂天になっていた。そんな時だった、修一を話しかけたのは。



「修一、一緒にご飯食べようよ」



 クラスの片隅でポツンと食べていた修一を誘ったのは二つの意味があった。



 一つ目は、クラスのみんなに優しさをアピールしようと思ったから。皆のイメージ通りに行動しようと思った。



 二つ目は、修一に勝手に自分の過去を重ねたから。俺はてっきり修一は目立ちたいし、友達を作りたいと思ってるが、性格的に控えめで、できないんだろうなと思い込んでた。



 勝手に同族意識をもって、本当に傲慢だと自分でも思うが、チャンスを与えてやる程度に思って誘った。完全に修一を見下していた。



 勿論、いつも一緒にいるメンバーは良くは思ってなかったようだ。だけど、俺のフォローとあいつが上手くグループの端っこの方でこじんまりしていたおかげで、すぐにあいつはメンバーに良くも悪くも思われていない、友達なのかどうかの狭間で落ち着いた。



 初めは気分がよかった。勝手に修一のこと救った気がして悦に浸っていた。それと同時に修一が近くにいるお陰で俺はここまで変われたんだという実感が湧いて心地よかった。



 もう、中学生の時の俺じゃない。



 だけど少ししたある日、俺は不意に気付いた。



……俺って中学生から何が変わったんだ?



 グループの端っこの方で同意しかしない修一を見て俺は思った。



 俺が昔と変わったのは表面の取り繕い方の上手さだけ、それも雑誌か、街で見た人のを真似しているで……。



 話すことは……すべて『しゃべるん』に頼っていて……。



 俺って中学の頃からどこが変わったんだ?



 それどころか周りを騙してるだけじゃないのか。不意に思いついたその考えは、初めの方は時折蘇る程度だったのだが、日が経つに連れそんな考えがよく頭に浮かぶようになって……。



「俺、変わってるよな?」



 鏡に映っている俺は笑みを浮かべている。自分で見てもかっこよくて、おしゃれで……。まるで別人を見ているような気分になった。



「お前……」



 気づくとそう呟いていて、なんだかいいようのない倦怠感を襲ってきた。



 その辺りから、今までに当たり前にやっていた行動に違和感を覚えるようになった。顔や髪形を変えるときに、まるで他人を作り出している感覚。急にめんどくさく感じるようになった。話しかけることに違和感を覚えだした。俺はただ傍観してるだけだ。まるでドラマを見ているみたいに感じて。ただ、これは周りを騙しているだけなんじゃ……という罪悪感を感じるようになった。



 次第にそんな考えが頭から離れなくなった。



 あれ……俺って嘘の自分に縋りついて調子に乗ってるだけじゃないか?



 俺自身って何があるんだ?



 一体、俺を認めてくれる人は何を認めてるんだ?



 そんな考えが日に日に増していった。同時に焦燥感が湧き始めてきた。俺はこのままでいいのかと……。



 それから逃げるために、キャラに徹底しようと意識するようになった。もっと認められようと色んな人に話しかけた。面倒くさいとか考えている場合じゃない。自分を保たないと。



 自分自身の力で頑張ろうなんて思えなかった。自分でやっても意味がないことは分かっていた。どうせ上手くいかない。そうすると築き上げてきた物が崩れてしまう。必要のない人になってしまう。



 この頃から、何もしていないのにずっと訳の分からない焦燥感が募るようになった。何もできることがないのに、ずっと何かしないとっていう感覚。目頭は重くなっているのに、脳が全然落ち着かなくて、眠れない。



 この頃から修一を疎ましく覚えだした。修一の顔を見ると嫌でも焦燥感が強くなる。 



 しかし、話しかけなくては優しい俺ではなくなる。キャラを守らないと……。俺はいやいや修一を誘い続けた。



 その憂さ晴らしか、俺は修一に自分の変化を見せつけるようになっていた。顔を変えたときとか……そうして、少しでも俺と修一は違うと思いこもうとしてたのかもしれない。



 だが、焦燥感は引くことなく、次第に心の中に虚しさすら生まれだした。



 より一層、キャラからずれてはいけない躍起になった。満たされたかった。いつか救われるとかそんなの考えてなかった。ただ、今を何とかしないとで必死だった。



 しかし躍起になればなるほど焦燥感に加えて閉塞感が付きまとうようになった。それは学校でなくても付きまとってくる。



 必死にキャラを意識すればするほど息苦しくなる。孤独になっていく気がする。



 ラウンドパークに行ったときは心臓が縮み上がった。ゲームの使用上、『しゃべるん』の音が聞こえなくなったのだ。あの時は修一が話しかけてくる話題をそのまま全部話すことで何とか誤魔化すことができた。



 その後もキャラを守り続ける毎日。



 そんなある日、修一があの有名な森沙織と仲がいいと知った。と同時にひどく心を掻きむしりたくなるような気分になった。



 修一は本当の自分で、誰ともつるまない天才の森沙織と仲良くなれて……過去の俺と違うんじゃないのか……?



 余計修一が癪に感じた。悔しかった。これも傲慢だが、掌の上にいたと思っていた修一がいつの間にか逃げ出したように感じていたのだ。だが同時に打算的な考えもしていた。 



 俺も有名な森沙織とこの機会に仲良くなれば俺の存在価値が上がるんじゃないかって。



 だから、ファミレスで修一を褒めて、森沙織からの好感度を上げようとした。



 だが、『しゃべるん』から聞こえる声はどれもが自分にかけられている言葉のように感じた。



 言えば言うほどまるで自分に言われてるみたいに感じて、お前は中学生の頃と何も変わってないぞと諭されているようで心に痛烈な苦みが広がっていた。



 だから、森沙織が話をほとんど無理やり切って出ていってくれたのはありがたかった。



 この日から修一は俺たちのところへほとんど来なくなった。



 殆どの時間を森沙織と過ごすようになったのだ。だが、俺の中での修一への疎ましさは日に日に強くなっていった。



 あいつは本当の自分を認められて、ずっと一緒にいる。それが羨ましく思い出した。



 勝手に同類意識を感じていただけなのに、あいつが勝手に抜け駆けしたように感じて、お前だけ……と羨ましさを覚えていた。



 更に、桃谷もそのあたりから修一と親しげに話すようになった。



 修一に俺が築き上げたものが取られるような気分がした。



 駄目だ。俺ももっと認められないと……。



 もっと嘘で塗り固めろ、様々な嘘で本当の自分を隠せ。強固で崩れないイメージを作り上げろ。



 その時の俺は自分の本当に求めている方と真逆に向かっていることに気付かなかった。 



 ただ、作ったキャラと存在価値を守ることに必死だった。



「すごいね、三浦」



 しかし、ある時からこの言葉をかけられても喜びより虚しさが勝つようになった。そこからは急速に虚しさが強くなり、自分が空っぽだと常日頃から思うようになってしまった。更に息苦しさが無視できなくなった。



 でも、俺はやめなかった。それどころか、これは俺のキャラに適しているのか、四六時中それしか考えてない日々を続けた。



 視野がもう狭くなり切っていた。今の状況を守ることしか考えれなかった。



 でも、認められることはまるで嬉しくない。認められれば認められるほど自分には何もないと虚しさがより際立つ。



 一体、俺は何がしたいんだ……?



 この頃になると、もう現実逃避に入ったのか、時々、自分自身がゲームをしてアバターを動かしているような気分になることがあった。



 何を言われても実感が湧かない、自分に言われている感覚がない。



 いつでも心はぽっかりと空いているのに、ずっと体に重々しく重力がのしかかる。



 でも、今頃キャラを捨てるなんてできない……。怖い。俺から何も無くなるだけじゃない。本当の自分がばれると二度と這い上がってこれないような……。居場所がなくなり、俺なんていなくていいんじゃないか……。



 俺は何とかそんな考えから耐え忍び、ようやく夏休みに入った。これでキャラを守る日々から逃れられると安心していたが逆だった。



 虚しさがずっと強くなっていくばかり、さらに夏休みの間に何か変わってしまいそうで恐怖を感じるようになった。自分で積み上げてきたものが、はりぼてで脆弱な物であるということを心の奥底で分かっていたのだろう。



 だから連絡はこまめに返した。向こうから連絡がすぐに帰ってこないだけで心配になった。人と関われないことで、守れているという実感が無く、余計怖くて辛い日々だった。



 そのうちどんどん自分が自分でないような感覚が強くなった。自分の魂が体を抜け出して傍から自分の体を見ているような……。



 そしてある日、街を歩いているとき不意に限界が来た。



 歩道橋を歩いているとき、下に走る道路を見たとき、急にここから落ちたらこんな日々から抜け出せるなって思った。



 その時はその行為が死を意味しているとは思ってもみなかった。



 ただ、この生きづらい日々から抜け出せるなとしか思ってなかった。それ以上は何も思わなかった。



 ぽっかりと空いた心にここから逃げられるという希望が染みわたっていった。



 俺は死への実感もないまま、柵を上り飛び降りた。



 すると、肩をつかまれ、引き戻された。



 少ししてから、ようやく自分のしようとしたことの恐ろしさがようやく理解できた。



 自分で自分が恐ろしくなった。崩れそうになる精神を必死に保ちながら誰かへ助けを求めようとあたりを見たとき、目の前にいた修一と目が合った。



 そこからの記憶はない。気付くと俺は部屋で横になっていた。



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