第6話 テーマパークからの帰路

 仕方なく、ずんずんと進んでいく三浦の後を追いかけると、確かに一人で乗り越えられない高い崖がそびえ立っていた。



 迷わず三浦が崖まで走っていって、「早く上げてくれ」と訴えかけてくる。



 仕方なく、すぐに従順に三浦の足をもって持ち上げる。その後すぐに僕も上から引っ張られる。



 その後はお互い無言のまま進む。なんだか気まずくなってくる。僕はそんな感情を払拭しようと三浦に話しかけた。



「すごい作り込んでいるよな。ほらこの鳥とか」



「ああ、そうだな」



「何よりも綺麗だしな~」



「確かにな~」



 しかし、どれだけ僕が話を振っても単色的な笑みを浮かべてくるばかりで、何も言ってこない。もともとそこまで話のネタを振ることに慣れていない僕はすぐに全弾撃ちきってネタがなくなってしまった。



 また僕らの間にのっぺりとした静寂がもたれ掛かる。



 ざっと土を踏む音、生物が通ったガサガサと草木が揺れる音、生物の鳴き声、遠吠えがやけに大きく聞こえる。



 気まずい。



 すぐに会話をと思い学校の話まで絞り出して何度か話を振るも、それにも三浦はほとんど反応はしない。



 ほとんどが無言の時間だったと言えばどれだけ僕が気まずかったか分かるだろうか? 最後の方なんて僕は諦め、無心で鳥のさえずりに耳を傾けていた。



 だから、桃城達と合流できた時、三浦がさっきと打って変わって手を振りながら駆け寄り饒舌に語りだした時も、あの気まずい空間から抜け出せたことによる解放感の方が勝っていた。



「すごい作り込んでいるよな!ほら鳥の鳴き声とか!」「何よりも綺麗だよな!」「マジで○○楽しすぎるわ!」など饒舌に語りだしている三浦を傍目にグループの端の方に足は赴いた。



 そのままいつも通り僕を除いた人たちでワイワイと話して進んでいく、三浦も笑い声が一気に増えた。



「楽しかったね~」



 クリアと同時に桃谷が言うと口々に楽しかったと声を出す。僕はとても言えない気分だったので頷くだけにした。



 楽しかったのは本当だが一人だったらの話だ。



 その後は少し違うゲームをすると時間になったので、僕らはラウンドパークから出て、近くにあった店に向かうことになった。



 僕は気分の影響でどうも足どりが重くなる。最後の方はどれだけゲームをしても素直に楽しめなかった。楽しいのは楽しい。でも、どこか楽しみきれてない。心が冷めたままだった。一方、三浦たちは心の底から楽しんだようで足取りは軽い。



 自然と少しずつ三浦たちと距離が離れていく。



 あぁぁ、僕は孤独だな……。



 そんな考えがぼんやりと頭に浮かんで体に溶け込んでいく。



 一体、今僕はどんな表情をしているのだろうか。



 人生で一度も人の不機嫌な顔を見たことのない僕に想像すらつかないが、せめてほんの少しでも拡張現実の僕もこの不機嫌さがにじみ出ていてほしいと願った。



 そんなことを考えてる内に、目的の店が見えてきた。これからより一層気を使うことになりそうだな……。そんな考えがちらっと脳裏に浮かんだ。



「あっ、ごめん。母親から早く帰って来いって連絡があって……」



 どうにも我慢できなくなった僕はわざとらしい演技をして、帰るそぶりを見せる。



 すると、CAREがうまく演技をしてくれたのか、三浦たちは大して僕を呼び止める様子はなくあっさりと僕を解放してくれた。



 はぁ、ようやく帰れる……。



 さっきまでと違って足取り早く家に向かって歩き出す。どんどん足取りは軽くなっていく。三浦たちから離れていくにつれ、孤独になるにつれ、何故かずっと僕に重くのしかかっていた孤独感は徐々に和らいでいった。

 

 プチンッ


 その音とともに、目の前の景色が代わっていく。

 真っ白で、質素な部屋と質素な机。そして、目の前で調書をとる刑事の八木さん。


 僕のCAREに残されていた過去の映像。


 僕はこの時の自分の感情だったり、思いだったりが、鮮明に思い出し、胸がしんどくなった。


 そして、僕は調書を取るため、いまからその感情を鮮明に話さないといけない。 


 心のなかでため息を付いた。

 

「今見てもらった通り、僕はCAREの作り出す拡張現実に嫌気を覚えてました」



僕は毅然と言い放った。すると八木さんは顎を手でさすり、



「そんなこと百も承知だよ。それよりどうしてそう思ったのかを聞かせてくれ」



思いのほかあっさりと済まされ意外だった。結構な喧嘩を売るつもりで言ったのに……。



「……は、はい。初めは笑顔に違和感を覚えたんです。CAREが作る笑顔って嬉しいも楽しいも全く同じ笑顔を使ってるじゃないですか? 強弱は変わりますけど」



八木さんは「ああ」と言って深く頷く。



「初めは、それに違和感を覚えて……。なんだかCAREが作る笑みって他人に見せるだけのために形づくっているように思えてきたんですよ。楽しいから笑うんじゃなくて、楽しいことを他人に伝えるために笑うみたいな……わざと笑顔を張り付けているような違和感を覚えたんです」



脳裏にちらりと単色的な笑みが現れる。軽い寒気を覚えた。



「そこからすぐに皆授業中も通勤中もずっと笑顔なことに気付いたんです。日々、CAREによって人が操られてるって思い出して、その時から、違和感が次第に気持ち悪さへと変わっていったという感じです」



そう言い切って僕は八木さんをちらりと見る。何も言わずに考え込んでいるようだ。



俺に気にせず進めてくれと言われたので僕はまた口を開く。



「徐々に、拡張現実への気持ち悪さが強くなって、どんどん身の回りのことすべて嘘だらけだなって思いだすようになりました。そして、ある日気付いたんですよ。この世の全て嘘で覆われていることに……。他人には自分の本当の姿、本当の表情ですら知らない。すべてCAREが作った嘘しか見てない。それは他人も一緒で……。そんなの人間関係すらCAREに作られた嘘じゃないかって……」



八木さんは何も言わずにまだ考え込んだままでいて。



「これでCAREに思っていた不満の大半は言いましたけど」と言って八木さんの様子を伺う。



八木さんは僕の顔を一瞬見て何か言いかけたが、何故かやめて立ち上がった。



「聴取は今日はこれで終わろう。また来週来てくれ」



そう言うと、僕の返事も待たずに部屋から出ていった。

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