第26話 私はまだ動けないでいる

***


「――――っ!?」


 朝、学校に登校するとクラスの人たちの視線が私に集まる。

 その視線の数に、私の足は一歩後ろへと下がってしまう。


 しかし、教室の前で立ち止まっていては他の人の通行を妨げてしまう。

 だから、私は一歩後ろの足を前へと出す。

 一歩、また一歩。

 私が移動するのと同時に、他の人たちの視線も私を追うように移動する。


(……今思えば、登校中からやけに人に見られてたかも)


 学校までの道のりでは、ここまで露骨な視線は無かった。

 私は現状が分からないまま、自分の席にたどり着き、肩にかけていた鞄を机の上にそっと置く。


 そこでどっと身体に疲れが押し寄せてくる。

 たった数十秒他人の視線に晒されていただけで、私は心が疲弊してしまっていた。


(でも、こんなの誰も分かってくれない)


 他人の視線が苦手だということは誰も分からない。

 それは仕方ないと思い、私は自分の席に腰を下ろす。


(そもそも、なんで私がこんなに見られてるの……)

 

 そんな当たり前の疑問を抱えながら、鞄を開いた時だった。


「…………河野さん、ちょっといい?」


 その声に私の手は止まり、顔を上げる。


「…………なに、かな?」


 声をかけてきたのはクラスでも人気な女子である加藤さん。

 男子にも女子にも優しい彼女なら、きっと何か教えてくれると思って、私は顔を引きつりながらも彼女に精一杯穏やかな対応をする。


「この画像なんだけど……河野さん、だよね?」


「え…………」


 そう言って差し出されたのは彼女のスマホ。

 そして、そこに映っていたのはあの日の私と高宮だった。


「どうなの?」


 加藤さんはどこか目を輝かせて問いかけてくる。

 彼女に盗撮されたのだろうか。

 もしそうならば、気分の良いものではない。


「そう、だけど……盗撮は――」


 良くないからやめてほしい。


 そう言葉にしたが、それはクラス内の喧騒に一瞬でかき消されてしまった。


「やっぱり早川君とデートしてたの!?」


「え」


「てか、河野ってこんな服着るんだ」


「ちょっと」


「河野ってさぁ、早川の何なの?」


「あの」


「河野さんって、隼人と付き合ってんの?」


 私には何が何だか分からなかった。


 私が写真に写ってて、それを認めたら、たくさんの人たちに囲まれてしまった。


 最初に声をかけてきた加藤さんはいつの間にか人に押し出されて、私の視界には映らない。


「あ、あの……」


「なに、ハッキリ喋って」


「ぁ…………」


 一緒に映っているのは、早川君じゃない。

 高宮だ。


 そう言いたかった。


 だけど、私の口から声は出なかった。

 それどころか、もう周りの声もまともに認識できない。

 ただただ、私の周りから沢山の話し声が聞こえてくるだけ。


 私にできることは、ただ過去のトラウマを思い出してしまうことだけだった。


『河野さんって、彼に告白したんでしょ?』


『え…………いや、私は――』


『それで脅したんでしょ? 私と付き合わなきゃここで手首切るって』


『そんなこと――』


『え、澪ちゃん……そんなことしてたの』


『河野さんって、見た目以外はヤバイんじゃね?』


『そんなことしても彼の迷惑だから……そんなことも分からないの?』


『手首切るとか、引くわ~』


『見た目良くても、中身が気持ち悪かったらねー……うん、無いわー』


『…………』


 あの日と同じだ。

 クラスの誰とも最低限しか関わらなければ、こんなことにならないって……そう思ってた。


 だけど、私は一年経っても変わったのは環境と見た目だけで……何も変われてない。


 私は、ただ俯くことしかできない。

 誰も助けてくれない、誰も私の話を聞いてくれない。

 ただ、黙って時間が過ぎ去るのを待つしかないんだ、私は。


「ねぇ、どうなの?」


「みんな気になってるんだけど?」


「何かしゃべったらどう?」


 段々と募る苛立ちをぶつけるような言葉が私に降り注ぐ。

 私だって、ちゃんと訂正したい、誤解を解きたい。

 だけど、話せない。

 私は声を絞り出せない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」


 段々と呼吸だけが荒くなっていく。

 だけど、それに気づく人なんていない。

 もし、気づいてくれる人がいるなら、それはきっと――。


「――ちょっと、どいて」


 私の耳に怒気をはらんだ声が届く。

 誰のものか分からない。


 だけど、その声の持ち主は、私の肩を優しく抱く。


「大丈夫? 立てそう?」


 耳元でそんな女性の優しい声色で優しい言葉が呟かれる。


 私は、それに縋るように頭を一度縦に振る。


「何アンタ急に割り込んできて」


「この子の友達の友達だけど、なにか?」


「っ!? 私が先に話してっ――」


「この子、過呼吸気味だから保健室連れてくね」


 私は訳も分からないまま、助けに来てくれた女の子の肩を借りて立ち上がる。

 そして、そのまま私は彼女にどこへ向かうのか分からぬまま、連れていかれてしまった。

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