第11話 高宮優斗を一言で


「いーや、お前は騙されてるだけだな」


 智也はどこかイラついた様子でそう吐き捨てるように俺に忠告すると、白米をガツガツと口の中に放り込む。


 本日の昼休みも早川がどこかの女子に呼び出されていたのか、クラスの扉付近が騒がしくなった。

 いつものように不快な表情を浮かべている智也を見て、俺が「……なんか早川がモテる理由分かる気がする、いいやつだし」と、今朝のことを受けて早川を庇うような発言をしてしまったことが始まりだった。

 

「そうか?……普通、興味ない奴の名前なんて覚えないだろ」


「優斗、お前なぁ……いいか、俺があいつを嫌う理由を教えてやる」


「この間は言葉にするのが難しそうだったけど、整理はできたのか?」


「まぁ、な」


 先ほどまで怒り心頭といった感じの態度だった智也の表情だが、今度は何かを悟ったような表情になる。


「あいつはさ、本当の意味で他人に興味を持ってないんだよ」


「…………それは俺にも当てはまる気がするんだけど」


 俺も他人に大して興味を抱かない。

 他人に興味を持たない人間がこうして非難されるのなら、俺が智也の中のそれに該当しなければおかしい。

 そんな俺の疑問を察したのか、智也は呆れた表情でじっとりとした目で俺を見る。


「優斗も他人に興味を持ってないと思うよ……でも、あいつは他人がどうでもよくて、それを利用しようとしてるんだよ」


「でも、俺の名前を知って、挨拶してくれたんだけど……」


「そんなの上っ面だけだ……早川は他人に興味があるふりをして――」



「――そんな真剣に何の話してんの?」


 早川の嫌いなところを力説する智也の話を遮るように、隣の席に座る女子が話を遮る。


「北条、良いところに……今、智也が早川の苦手な部分を解説してて」


「え、なに、早川くんに嫉妬?」


「ちがうわ、ギャル女」


「……アンタ、その呼び方やめなさいよ」


「事実を言って何が悪い、ギャル女」


「アンタね……」


 話し始めて三言目には、バチバチに睨み合う二人。

 そう、智也と北条はあまり相性が良くない。

 二人とも嫌い合っているわけではないが、ただ純粋に相性が悪い。

 それゆえ、二人が話始めるとすぐにギスギスとした雰囲気になってしまう。


 ……正直早川より、北条の方が苦手なんじゃ。

 二人の様子を傍から見ていると、そんなことを思ってしまう。 


「まぁまぁ、落ち着けって……今は早川の話だろ?」


 流石にそろそろ止めようと思い、俺が二人を仲裁する。

 俺の言葉で少し冷静になったのか、お互い軽く深呼吸してから智也が先ほどまでの説明を再度北条に話した。


「というわけで、早川あいつは人をただの道具としてしか見てない気がする」


 早川は、他人に興味がない。

 だけど、興味があるふりをして、自分にとって有益な人間関係を確立して、相手を利用する。

 それは、他者の道具化に過ぎない。

 智也はそのように考えているようだった。


「でも、それはアンタの妄想でしょ」


「うっ……でも、俺の勘は結構当たるんだよ…………」


 的確に指摘する北条に、言葉が尻込みしてしまう智也。

 今回ばかりは北条に分がある。

 それを智也も分かっているためか、それ以上は早川について言及しなかった。


「早川くんの話より…………――優斗、神崎くんに何したの?」


「な、何って、何もしてないけど……」


「…………」


 北条、そんな目を細めて俺を見つめても、何も出てこないから。

 俺自身、なんで神崎に敵対視されて知るのか分かっていないのだから。


「そもそも、なんで俺が神崎に睨まれてんの知ってんだよ」


「朝、友達と一緒に優斗の少し後ろ歩いてたから」


 そもそも、俺と智也しか知らないことなのに。

 そう思って北条に問いかけると、どうやら彼女にも俺が神崎に睨まれているところをしっかりと見られていたみたいだ。 


「――てかさ、わざわざ昼に聞くくらいなら、朝すぐに聞けばよかっただろ?」


「うっさい、アンタは黙ってて」


 智也が純粋に疑問を口にすると、間髪入れずに北条から悪態が飛んでくる。

 これはまた睨み合いコースだと思い、俺の口からは思ったよりも大きなため息が出てしまう。


「……いやいや、こんなバカ相手にしてる暇はないんだった。優斗、本当に何もしてないの?」


 俺のため息を誤解したのか、北条が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 俺の視界は、亜麻色の髪に白い肌、整った美人な顔立ちに埋め尽くされる。

 その奥では「バカって、お前の方が成績悪いだろっ」と智也が抗議していたが、今の俺の耳には入ってこなかった。


 俺だって、健全な男子高校生だ。

 女友達だって割り切っていても、心は正直で鼓動が少し早くなる。


「――っ、本当に何もしてないっ」


 このままの視界だと、どうにかなってしまいそうだ。

 そう思った俺は、勢い良く視線を北条とは逆方向に向ける。


「ん?……まぁ優斗がそこまで言うなら、そうなんだろうね」


「そりゃそうだろ……優斗、だからな」


 北条の発言に同調する智也。

 普段は相性があまり良くない二人だが、たった一つだけ例外が存在する。


「お前ら、俺のことになるとすぐに息ピッタリになりやがって……」


 そう、高宮たかみや優斗ゆうとについての話題になると、二人の相性は途端によくなる。


「それは、優斗のせいだな」


「うん、優斗が分かりやすいのが悪いよ」


 このようにして、俺の話題になると二対一の構図になってしまう。

 

(普段もこのくらい仲良くしてくれ……)


 心の中のボヤキが、ため息になる。


「はぁー……お前らから見た俺はどんな風なんだろうな」


 そんななんてことない呟きに、目を丸くして考え出す二人。

 ただの呟きだから、そんなに考えないで良い。

 そう言おうとした時には、二人の顔は何かしら答えを得た表情を浮かべていた。


「口ではネガティブ?面倒くさそうにしてるのに……最後には素直というか、前向きというか……」


「言葉と行動が矛盾して、変だけど……距離取るほどではない、というか……」


「…………つまり?」


「「癖あるけど、結構いいやつ!!」」


 お前ら、高校一年生で多感な時期だろ。

 それなのに、何恥ずかしいこと言ってんの。

 てか、それ聞かされて俺はどんな顔してれば良いんだよ。


 その日、俺は二人の顔をまともに見ることができなかった。

 ……二人からの評価がちょっと嬉しかったことは秘密にしておきたかった。

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