変わりだした日常

第10話 見つけたから、高宮を


 俺と河野の偽の恋人関係が始まって、早数日。

 俺たちは下校するとき以外は接触することなく、学校生活を過ごしているためか、日常には大した変化はなかった。


「…………――みや」


 もちろん、生活だけでなく心情的にも大きな変化はない。

 偽の恋人になったからって、彼氏面するつもりはないし、彼女を好きなるなんてこともない。

 陰キャだからって、地味な女子と急接近しても勘違いなんてしないのだ。


「…………――宮?」


 元より、クラスでも陽キャで美人な北条に興味のない男だからな。

 頭ではここ数日間の河野との関係を振り返りながら、足は確かな足取りで学校へと向かっていた。


 ――トン、トン


「…………ん?」


 登校中、俺の肩に軽い衝撃が二回加わる。


 北条や智也なら、バシンと背中を思い切り叩いてくるだろう。

 だから、俺は振り返る前から一歩後ろを歩く人物が誰なのか、何となく分かっていた。


「……やっぱりか」


「私、何回か呼んだのに気付いてくれないから……」


「悪いな、ちょっと考え事してて……おはよ、河野」


「うん、おはよ」


 そう言って、少し大きめの歩幅で俺の隣に並ぶ彼女。

 彼女に不相応な黒縁眼鏡は、相変わらず鎮座して、時折少し揺れる。


「…………」


「………………」


「……………………」


「…………………………」


 約三十秒。

 彼女は何も言わずに、俺の少し下で黒髪を揺らしながら歩く。


「…………………………いや、何の用だよ」


「ん、なにが」


「俺に用があったんじゃないのか?」


「ないけど、別に」


「いやいや、じゃあなんで声かけてきたんだよ」


「見つけたから、高宮を」


 相変わらずな河野の様子に言葉を詰まらせてしまう。


 彼女と一緒に下校するようになった数日間は、まだまともな会話ができていたから忘れてしまっていた。


 そう、俺は彼女と邂逅した初日の印象を忘れてしまっていたのだ。

 彼女がこういう存在だったことを。

 普通に話が通じない一面があったということを。


「……変に噂になるのは面倒だろ」


「…………地味な女が目立たない男子と一緒にいるだけで、変な噂になるかな?」


「高校生なんて噂が娯楽みたいなものなんだから……」


「そっか、じゃあ私が先に行った方がいいね」


「……まぁどっちが先でもいいけど」


 ――じゃあまたあとで


 そう言って、胸元のあたりで控えめに手を振って駆け出し、俺の数歩先を歩き出した彼女。


(朝からペースを乱された気がする……)


 河野に対して、心の中でそんな悪態をついていると、肩にバシッとした衝撃と同時に痛みが走る。


「…………今度は智也かよ」


「おっす優斗!…………てか何、”今度は”って……まさか、既に北条とかの二番煎じだったか!?」


 謎に驚愕している智也を無視して、歩く速度は落とさず、ただ学校を目指す。


「なんか、ご機嫌斜め?」


 慌てて俺の隣に並んだ智也をチラリと見て、ついため息がこぼれてしまう。


「…………はぁ……別にそういうわけじゃない」


「なら、その態度はどう説明してくれるんだ?」


「朝から元気でついていけないのと、普通にもう疲れてる」


 ……元気を振り撒きすぎている広瀬智也ひろせともやと、やることなすこと理解できない河野澪こうのみおとかいう非日常イレギュラーのせいで。

 

「優斗は疲れてる時と不機嫌な時が大差ないから分からなかったわ……って、なんで朝なのに疲れてんの?」


「……まぁちょっとな」


「ふーん……っと、不機嫌といえば」


「………………っ」


 校門までたどり着いたとき、俺と智也はつい歩みを止めてしまう。


「なんか神崎に睨まれてない、お前? なんかしたの?」


 校門前で、女子たちに囲まれている中に一際目立つ男子の視線が俺に注がれていた。

 先日も神崎に睨まれていたが、俺には彼に嫌われている心当たりがみじんもなかった。


「………………………………………………気のせいだろ」


 ただ二度の偶然が重なっただけだ。

 そう暗示をかけて、昇降口まで向かう。


「いーや、無理あるだろアレは」


 俺の後方からそんな呆れた声が聞こえてきたが、聞こえなかったことにしようと思う。


「――――あ、おはよう、広瀬ひろせ


 昇降口に入ると、ちょうど我がクラスの誇るイケメン、神崎とは別ベクトルのイケメンである早川はやかわが、内履きに履き替えていたところだった。


「おーす、早川」


 優斗は早川になんでもなさそうに挨拶を返すと、自分も外履きからうち履きに履き替え始めてた。

 優斗は早川のこと苦手そうだったが、日常的なレベルで嫌ってないことに少し安心する。


 そんな俺の安堵を見透かしたかのように、早川は穏やかな笑みを俺に向けてくる。


「……高宮も、おはよう」


「お、おう……」


「ん? どうした?」


「いや……俺のこと知ってるんだなって」


「そりゃクラスメイトだからね」


 俺が早川の対応に戸惑っていると、彼は更なるイケメンポイントを見せつけてくる。

 じゃあまた教室で、と俺に告げてそのまま教室に向かう早川。


 彼は神崎ほどイケメンではないが、俺に敵意を向けてくるどころか優しく接してくれる。

 それだけで、俺の中で早川の株は相対的に上がっていた。



 

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