第6話 男友達はいいやつ


 ゴールデンウィークが明けたからといって、何かあるわけでもなくただ淡々と授業が進められていく。

 そして、授業が始まるときと終わるときに学内に鐘の音が鳴り響く。


 本日何度目かのチャイムが鳴り、五十分の授業を四回やり過ごすことで、なんとか昼休みにありつけた。


優斗ゆうと、飯にしようぜ~」


「んー」


 机の上に散らばった文房具たちを一つ一つ仕舞っていると、少し上方から声を掛けられる。

 その声に生返事をして、いそいそと机の上を片付けて、鞄から弁当を取り出す。

 それと同時に、俺の机の上にもう一つ弁当が置かれ、前の席の椅子が椅子特有の音を立ててながら引きずられる。

 そして、その椅子に跨るのは俺の友人である広瀬ひろせ智也ともやだ。


「ん?どうした、俺の顔に何かついている?」


「いや……相変わらず、派手な髪色だなって」


 俺がそう言うと、似合ってるだろ、と指先で自分の金髪を少し掴んで、自慢げに笑う智也。

 俺たちの通う笠間高校は比較的校則が緩く、髪色やピアスなどの校則に関しては厳しく言われない。

 そのため、教室内において多種多様な個性があふれている。


 その個性の一つが、智也である。

 身長百八十センチで俺よりも少し長身であり、彼の頭頂部には日本人が本来持っている黒髪ではなく、色素が抜けきった金髪が鎮座している。

 ただ金髪にしているだけならイキっているだけのチンピラのようになってしまうが、智也は顔がある程度整っていて、金髪が似合っているように見えてしまう。

 それに加えてバスケ部期待の新入生で、成績も上位ときた。

 文武両道で、どちらも期待されている高校一年生。

 そんな彼を光る個性と言わず、なんと呼ぶだろう。


 つまり、何が言いたいかというと、俺は結構すごいやつと友達なんだってこと。


「智也はゴールデンウィークどうだった?」


「どうって、練習、練習、練習だらけだったよ……オフも一日しかなかったし」


「そりゃご苦労さん……その唯一のオフは普通に家で休んでたのか?」


「いいや、彼女とデートしてましたが?」


「相変わらずお熱いことで」


 こんな他愛ない雑談をしながら、昼食を食べ進めていく俺たち。

 智也は絵に描いたような陽キャで、俺はクラスの目立たないモブ。

 趣味も特技も違う。

 それなのに、何故俺たちが友達なのか。

 高校に入学して一か月しかたってないから、何となく会話しているだけの友達というわけではないし、俺が智也の人気にあやかろうとしているわけではない。


 ただ、会話のテンポとか空気感とか……波長、みたいなものが合ったから。


 周囲から見ると、チグハグな俺たちは実は相性が良かったりするのだ。

 などと、考えていると、教室の入り口がなんだか騒がしい。


「……なんだ?」


「んくっ…………あー、また早川はやかわか」


 俺が入り口に目をやると、そこには何人か生徒が集まっているのが見えた。

 そして、その光景を見た智也は口の中の食べ物を飲み込み、若干呆れた様子で呟く。


「まぁそうか……あいつしか、このクラスで人に囲まれるようなやつはいないよな」


「ちょっと顔がいいからって……どうせ、どっかの女子が呼び出しとかしたんだろ」


 早川はやかわ隼人はやとは、俺と同じクラスのイケメンだ。

 北条曰く、クラスの中では一番のイケメンだし、学年でも二番目のイケメンらしい。

 顔も良ければ、性格も聖人君主、サッカー部で運動もできるときた。

 一部の女子からは、『王子様』なんて大層なあだ名なんて付けられているらしい。


 そんな彼は、入学してから話題が絶えない人物である。

 入学式後、すぐに何人かの女子に囲まれて食事に行ったとか。

 学校が始まって一週間で、二十人近くに告白されたとか。

 普通に、公開告白されるのが日常だとか。


 絵に描いたような完璧男子である早川を、どんな女子でも、少しは意識してしまうだろう。

 その結果が、今の彼の学校生活だ。


「なんか、棘があるな……」


 そんな良い所しかなさそうな早川に対して、顔をしかめる智也に疑問を持つ。

 まだ入学して一か月、彼の悪いところなんて俺には思い当たらなかった。


「まぁ、俺個人的な意見にはなるけど、単純に好かん! なんというか、言葉にするのが難しいんだけど、こう……した感じというか…………」


「なにそれ……腹黒ってことか?」


「うーん、そうじゃないんだけど……分かんねぇや」


 忘れてくれと、最後に付け足し、智也は手を合わせる。

 智也と知り合って一か月しか経っていないけど、彼はよく勘のようなもので物事を捉えている。

 彼が見ている世界が今後理解できるのかは分からないが、少なくとも今の俺は全く分からなかった。


「そんなことよりさ、優斗はゴールデンウィークどうだった?」


 帰宅部だからさぞかし遊んだんだろう、などと羨ましそうにする智也。


「どうって……あんま家から出なかったな」


 そんな彼の期待を裏切る様で申し訳ないが、俺は事実を伝える。

 ゴールデンウィーク中家を出たのは一日だけ。

 それ以外、家にいた俺の休日は実に面白くないものだろう。


「うへぇー、もったいなー」


「……まぁ自分でもそう思う」


「なら、どこか行けばよかったじゃん」


「一日だけ外出たけど、もういいやってなったんだよなぁ」


「インドア派め……俺には理解できねぇ」


 そう言って、まるで宇宙人でも見たかのような顔をする智也。

 運動も勉強もできて彼女もいて、趣味はアウトドア系の陽キャな智也には、どうやら俺のような休日の過ごし方は分らないらしい。

 そんな彼の態度から目を逸らすように、つい視線を窓の外にやってしまう。


「俺みたいな陰キャは引きこもってるくらいがちょうど良いんだよ」


「陰キャって、優斗は別に見た目も中身も陰キャって感じじゃないんだけどな」


「前にお世辞は結構だって言わなかったっけ?」


「お世辞じゃないんだけどなぁ……見た目も普通以上、何だかんだ誰にでも優しくて頼りにもなる……うん、隠れた優良物件だな」


「そう言ってくれるのは、智也と北条くらいだよ」


「……そのくらいしか、お前友達いないじゃん」


 つい数秒前までフォローしていた智也が、急に特大サイズのナイフを俺の心に刺してくる。

 確かに、智也や北条に比べたら友達はかなり少ない方だけどね。

 知ってた、だけど、事実をわざわざ口にしなくても良いじゃないか……。

 そんな俺の心情などつゆ知らず。

 智也はいつものように俺と会話し、俺はそんな心の傷を見ないふりをした。

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