(15) ラストゲーム

「ぽきぽき……ところでさっきから気になってたんだけど、このおじさん誰?」


 真緒くんがポッキーをかじりながら首を傾げる。いつから寝てたんだ、この子は……。たしかに悠斗とのキッス事件以降、真緒くんは当たらなかったし、言われてみれば毎回割り箸が一本余っていた気もする。


「ぼくかい? ぼくの名前は広見秀彦。気軽に秀ちゃん、もしくは彦にゃんと呼んでくれ」


 きっと鉄板の自己紹介なのだろう。が、大人の世界ではバカウケでも、真緒くんにはイマイチ響いていないようだった。


「君はポッキーが好きなのかい?」

「ぽきぽき」

「実はぼくもお菓子が大好きなんだ。たくさん常備しておくから、またいつでも遊びに来るといいよ」

「秀彦さんっ!!」


 ガシッ!! と秀ちゃんの手を掴む真緒くん。どちらからともなく、二人はポッキーゲームを始めた。


「真緒っきーも秀彦も、寝る前にもう一回歯磨きしなきゃだね。葉っぱなら何枚でもあげるから」

「ポキッ、ありがとう酒本さん!」

「ポキッ、ありがとうお嬢ちゃん!」

「めあちゃん、自分で葉っぱって言ってるし……」

「さて」


 おもむろにメガネが立ちあがった。


「休憩も終わったところで、王様ゲームを再開しよう」

「まだ続いてたの!?」


 驚いて大きな声が出てしまった。もう山手線ゲームの気分でいたのに。


「あたりまえじゃん。むしろこれからが本番? みたいな」

「酒本さんの言う通り、これがラストゲームだ」

「そゆこと」


 目の前には八本の割り箸。みんなが一斉に引き抜く。


「「「王様だ〜れだ!」」」


 そして、最後の王様が決定した。

 ――真緒くんだ。


「やったー! 僕が王様! えっとね〜、なにを命令しよっかな〜!」


 お菓子を食べてゴキゲンな真緒くんが、ハイテンションで本日最後の命令を下す。


「じゃあ、七番の人! 七番の人からほかの全員へ、誰にも言えない悩みを打ち明けちゃって!」


 七番を持っているのは……

 鳴亜梨ちゃんだ。

 大トリに、期待と不安の入り交じった視線が集中する。


「っ……誰にも言えない悩みかあ。う〜んとね〜」


 ……え?

 今、ほんの一瞬、鳴亜梨ちゃんが変だった。

 なにが変なのかはわからないけど、わたしはたしかに、鳴亜梨ちゃんの様子に違和感を覚えた……気がする。たぶん……。


 鳴亜梨ちゃんは頭頂部を押さえながら、


「じ、実はあたし……うんとね? 微妙になんだけど、う〜ん、でもこれは、ほとんどゼロといっていいかもね。ないに等しいっていうか。あるといえば、まぁあるんだけど、ないといえばないみたいな。実質ないんだけどね? 実質。……あたし、じじじ実は、じじじ十円ハゲがあるの! ……でででもでも、十円といっても実質一円みたいなものだから!」


 一息に告白した。

 でもそんなのみんな知っている。公然の秘密ですらない。今日会ったばかりの麻由ちゃんでさえ、お風呂のときに「ねえ、めあちゃんのあれって……」と訊きづらそうにわたしに確認してきたくらいだ。


 秀ちゃんは初耳だったのか、複雑そうな顔で自分の後頭部をさすっていた。


「みんな知ってると思うけど……でもま、その勇気は買いましょう」


 完全に深夜のテンションな真緒くんが珍しいことに場を仕切り、まとめに入ろうとする。


 そのとき、わたしは見逃さなかった。

 ――このみちゃんの表情が変わったことを。

 まるでなにかを決意したみたいに、ぐっと拳を握るのが見えた。


「真面目に答えて」


 低い、抑えられた声だった。けれど有無を言わせない力強さがあった。

 このみちゃんと、鳴亜梨ちゃん。ふたりの視線が交わる。


「え、どしたのこのみ。真面目に答えたよ? ……こんなの恥ずかしくて、他人には言えないよぉ」

「鳴亜梨。ふざけないで」

「別にふざけてないよ」

「自虐ネタでも使ってるじゃん。輝くがどうとか眩しいがどうとか。そんなの『誰にも言えない悩み』のうちに入らない」

「……」

「ほかにもう一つ答えて」

「なんでこのみに命令されなきゃいけないの? 王様は真緒くんじゃん」

「いいから」

「ないよ」

「本当に、なにもないの?」

「しつこい」

「しつこくない!」

「……真緒くん、もうあたし答えたよね? もう終わりでいいんだよね?」

「あ……えっと、ええと……」


 助けを求めるように視線をさまよわせる真緒くんに、わたしはフォローのひとつも入れてあげられない。余裕がなかった。事態の行方を、固唾を呑んで見守ることしかできない。


「逃げないでよ。……わかってるくせに」

「なにがわかってるの? あたしなんにもわからないんだけど」

「っ……」

「…………」


 一時の沈黙。

 今しかない。


「まあまあおふたりさん。落ち着きなされ」


 意を決し、ふたりのあいだに割って入る。


「え? わたしは落ち着いてるよ、柚花ちゃん」

「いや、落ち着いてないのあんただけじゃん」


 ……休まる間もなく飛んでくる挑発。


「っ……誰のせいでっ!」

「やめて!!」


 わたしは声を荒らげた。


「ふたりとも、もうやめてよ。……お願いだから」


 それきり無言になった二人は、ばつが悪そうに目を逸らした。

 もはやゲームどころではなくなった。

 それなのに、誰もこの場から動かない。


 混乱する思考に割りこむように、誰かのすすり泣く声が聞こえた。

 顔をあげると、麻由ちゃんが声を殺して泣いていた。

 悠斗がそっと肩を抱いて部屋につれていくのを、わたしはただぼんやりと眺めている。


 真緒くんは目尻に涙を貯め、あたふたとせわしなく周囲に視線を飛ばしていた。

 さすがのメガネもこのときばかりは暗い表情だ。

 そんな中、秀ちゃんが立ちあがった。


「んじゃ、布団はちゃんと人数分あるからね。各自適当な場所に敷いて寝るように。寝坊厳禁。あとおねしょも厳禁な!」


 普通に、何事もなかったかのような振る舞いで、これからの指示を出す。実際、秀ちゃんにとってはなにかあったうちに入らないのかもしれない。


 淡々と役割を果たすその姿はいかにも、大人っぽくて。大人の余裕みたいなものを見せつけられているようで、わたしにはそれが無性に癇に障った。……八つ当たりなのは、わかってるけど。


 このみちゃんと鳴亜梨ちゃんは、それぞれ露骨に居間の両端に布団を敷いた。

 わたしは迷った挙げ句、部屋の真ん中に鎮座するソファにダイブした。

 眠りについたのは、窓の外が明るみ始めたころだった。



「おい、柚花。遅刻するぞ」


 声が聞こえ、無意識に目をこする。


「ん〜〜っ?」

「ソファなんかで寝たら身体痛めるよ、ゆかちゃん……」


 まぶたを開くと、逆さまの広見兄妹が……、

 すぐさま上体を起こして左右を確認。周りにはわたしたちと……鳴亜梨ちゃんがいる。


「ほかのみんなは?」

「真緒とメガネは先に行かせた。家が少し遠いからな。小森は……」


 このみちゃんが寝ていた場所を見ると、きれいに折り畳まれた布団があった。


「俺が起きたときにはもういなかった。早い時間に出て行ったのかもな」


 それだけ、鳴亜梨ちゃんと顔を合わせたくなかった……ってことかな。


「悠斗たちはまだ行かないの?」

「俺と麻由はまだ時間に余裕があるからな。もう少ししたら出るよ」

「じゃあ、わたしたちは準備の時間も要るし、もう行こ。鳴亜梨ちゃん」


 手を差し出す。


「……うん」


 いざ出発。


「待って……」


 どこか不安げな声に呼び止められる。


「麻由ちゃん?」

「ゆかちゃん、まだパジャマ……」

「やられた、機関の仕業か……!」

「それと」


 澄んだ瞳で、じっと見つめられる。


「今日も、来てくれる……よね?」

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