(13) りある二次会。〜ちょっと幹事、真面目にやってよね!〜 -B part-

「では、ぼくの加入に賛成の人は挙手を」


 秀ちゃんが仕切ってくれるらしい。

 手を挙げたのは……二名。悠斗とこのみちゃんだ。それぞれが理由を述べる。


「俺は女子会より、もっとふさわしくてかっこいい名前があると思う。ザ・ウルトラスーパーフェニックスとか、漆黒のダークナイトメア騎士団とか。変えるために、まずは父さんを入れて女子の比率を下げる必要がある。以上」


 わたしは密かに感動していた。もちろんネーミングセンスにではない。一度は折れたのに、またこうして本気になっている。それだけ女子会というチームにこだわってくれているということ。わたしには、この居場所を大切にしたいという思いの裏返しであるように感じられた。


「わたしは、秀彦さんが入りたいなら、断る理由もないかな……って感じ、です。ごめんね柚花ちゃん……裏切っちゃって」


 悠斗に続いてこちらも感動。なぜか悠斗を好ましく思っていない様子なのに、今は悠斗の有利になることも厭わず賛成に票を投じ、そうすることでわたしに非難されるリスクまで背負った。この賛成票が、このみちゃんの優しくてまっすぐな性格を端的に表しているように思う。


 もちろん、わたしはそんなことで非難したりしないし(むしろ余計に好きになったくらいだ)、このみちゃんもわたしのことをそう評してくれているのならうれしい。


「ううん、いいよ。民主主義とはそうあるべきだからね」


 この二つの賛成票はわたしにとって痛手ではあったけど、実のある痛手でもあった。


「では、反対の人」


 手を挙げたのは……同じく二名。わたしと麻由ちゃんだ。理由を述べる。


「わたしは、女子会におっさんを入れるべきではないと思う。その一心」

「えーと。こういうのって、子どもだけでやるからいいんだと、わたし思うんです。ロマンがある……っていうのかな? 親には内緒で、秘密基地とか、秘密組織とか……そういうの、憧れるんです。だから、とうさんには入ってほしくない。……新入りなのに、えらそうでごめんなさい」


 堂々と、全員が年上の環境で自分の意見を主張する。なかなかできることじゃないと思う。麻由ちゃんはしっかりしてる。だけどその「しっかり者の麻由ちゃん」に、わたしたちが甘えてはだめなんだと思う。


 頭を撫でられたときのうれしそうな顔。子どもっぽい一面もたくさんある。だったら、せっかくみんながお兄さん、お姉さんなのにそれを利用しない手はない。時には麻由ちゃんがわたしたちに甘えられる環境を、麻由ちゃんには与えてあげたいとわたしは思う。


「ナイスガッツ、まゆまゆ!」

「かっこよかったよ、麻由ちゃん」


 麻由ちゃんの堂々たる演説に、敵味方問わず称賛が飛ぶ。

 ただひとり、秀ちゃんだけが、膝をついてうなだれていた。


「とうさんには入ってほしくない……とうさんには入ってほしくない……とうさんの洗濯物と一緒に洗わないで……あぁ、麻由……」


 仕方なく、わたしが司会進行を引き継ぐ。


「では、賛成反対、どちらでもない人」


 またも、手を挙げたのは二人だ。鳴亜梨ちゃんとメガネ。


「あたしは……ほら、なにがいつどうなるかわからないじゃない? そんなあたしに、票を投じる資格はないの。あたしにある資格は、そう。せいぜい漢字検定七級くらい」


 わたしは五級を持っている。


「僕は抗議の意をこめて、白票を投じる。どうせ死に票になるのなら、最後まで勇敢に戦いたいものだ。さながら、身一つでトラに挑むトラフグのようにな」


 それは蛮勇というものだ。


 これまでに集まった票は無効票を含め全部で六。まだ一人、投票に参加していない人がいる。


 真緒くんは、床で寝こけていた。おしゃぶり代わりかポッキーを咥えている。

 わたしは叩き起こすかフライパンとおたまで起こすか迷って、そっと毛布をかけた。


「むにゃむにゃ、もう食べられないと思った? 残念、甘いものは別腹だよ……」


 いい夢見なよ。


 集計すると、賛成二、反対二、無効票三となった。

 ここからは勧誘の勝負になる。

 そう、この勝負は無効票組が鍵となるのだ。


 この状況になって思い出されるのは、やはり女子会を結成した日のことだ。あのときは真っ先に真緒くんを女装させたが、今はもうあのときとは違う。真緒くんを女装させたところで意味なんてない。単純な性別の違いで勝敗が決するものではなくなったのだ。


 勝利条件は、鳴亜梨ちゃん、メガネ、真緒くんのうち二人を反対側に引き入れること。真緒くんは寝ているので、実質的には残りの二人を取り合うことになる。

 しかしこの二人は手強い。なにせ、現段階での主張さえ意味がよくわからない。


 わたしはまず、ダメ元で普通にお願いしてみる。


「鳴亜梨ちゃん、お願い。反対に回ってくれない?」

「いいよ」

「いいの!?」

「もちろん」


 あっさり反対に回ってくれた。じゃあ最初からそうしろよ。


「じゃあメガネも反対に――」

「メガネ、おまえは賛成だよな?」

「当然でしょう」

「よっしゃ!」


 ちっ……メガネは取られた。致命的だ。

 かくして、戦況はまたも同数の膠着状態に。

 どうする……?


「柚花、柚花」


 鳴亜梨ちゃんが小声で、肩をつついてくる。


「あたしにいい作戦があるの」


 正直、もう手詰まりだ。ここは鳴亜梨ちゃんに賭けてみるしかないだろう。


「よし、許可する」

「うっ……」


 許可した途端、急に苦悶の表情を浮かべこめかみを押さえる鳴亜梨ちゃん。かと思えば今度は無表情になり、カッと目を見開く。


「あたしは……違う、アタシは……そう。アタシはメアリー。メアリー・アルコールブック。アタシは反対するわ」


 失敗した。鳴亜梨ちゃんに任せたわたしが馬鹿だった。


「ちっ……やられた!」


 けれど予想に反し、悠斗は悔しがっていた。マジかこいつ。そもそもメアリーは女子会メンバーですらないのに。でも、もらえるものはもらっておこう。悠斗が馬鹿で助かった。


「賛成三に対して、反対四。これでわたしたちの――」


 勝利、と宣言しようとしたとき。

 悲しみに暮れる悠斗の肩をぽんと叩き、メガネが一歩前に進み出る。


「実は僕にも隠し玉がいてね」


 メガネは、眼鏡を外した。

 そのまま顔の横へ水平に移動させる。


「僕はメガネだ」


 眼鏡を上下に動かしながらしゃべる。まるで腹話術だ。

 続いて、本体であるメガネ本人が口を開く。


「んで、このオレが園部そのべ貞雄さだおってわけだ」

「誰!?」


 そういえばメガネの本名はそんなような感じだった気がする。


「このオレ、園部貞雄は賛成だ」


 声も一段階高くなっている。こちらがメガネの、園部貞雄という人間の素なのだろう。たしかに、眼鏡はキャラ付けのためにかけていると言っていた。


「このままじゃ四対四だが、このオレにはまだ秘策がある」


 そう言って、右ポッケから取り出したのは――菜箸だ。


「こいつは菜箸のサイババだ。あの割り箸にも勝利した実力を備えている」

「さいばんわ、サイババです。サイババも、この件には賛成です」


 サイババが言う。

 園部貞雄は左手にメガネ、右手にサイババを持ちながら言った。


「――これで五対四。形勢逆転だな」

「くっ……」


 やられた。さすがメガネ。女子会の参謀なだけはある。知略戦なら敵わない。


「……まだよ。まだ終わらないわ」


 鳴亜梨ちゃん――いや、メアリーが言った。


「忘れたの? アタシはニューメキシコの一角で家族と平和に暮らす――妊婦よ」


 不敵に笑った。


「まゆまゆ、ちょっとおいで」

「え。どうしたの、めあちゃん……じゃなくて、めありーちゃん?」


 とことこ寄っていく麻由ちゃん。


「お腹に、耳を当ててみて?」

「え?」


 麻由ちゃんは不審がりながらも言われた通りにする。


「どう? なにか聞こえる?」

「え……と」


 ものすごく困っている。視線でわたしに助けを求めてくるが、わたしにはどうにもできない。ごめん、麻由ちゃん。


「年の近い麻由ちゃんになら、お腹の赤ちゃんの声が聞こえるんじゃない?」

「え、えと。……こ、今回の件には反対でちゅ。……って、言ってます……」


 麻由ちゃんが空気を読む。でも、別に赤ちゃん言葉に翻訳する必要はなかっただろう。自分で言ったあとに恥ずかしくなったのか、ほんのりと頬を赤くしてうつむいてしまった。


「どう? これで賛成五人、反対五人のイーブンよ。そう簡単に勝たせはしないわ」


 女子会はわたしの預かり知らぬ間に大所帯へと成長を遂げていた。

 だが、どちらも次の一手は打てないようだ。

 このまま、事態は膠着するかに思われた――のだが。


「う〜ん、おしっこぉ……」


 むくりと真緒くんが起きあがった。


「真緒くん! 賛成反対どっち!?」

「真緒! 賛成反対どっちだ!?」

「え? な、なに?」


 激しく詰め寄るわたしと悠斗。


「反対だよね?」

「賛成だよな?」

「えーと……あれ? この甘い匂いは……」


 真緒くんがなにかに引き寄せられるように、麻由ちゃんの背後に忍び寄る。


「くんくん」


 麻由ちゃんの髪に鼻を近づける。

 髪には溶けたチョコレートがべったりとついていた。鳴亜梨ちゃんが拭いたせいだ。


「え? へっ? なんですかっ?」


 麻由ちゃんは後ろを振り返ろうとするが、真緒くんは後頭部にぴったりとくっついて離れない。二人はその場でくるくる回り始めた。バターになるのも時間の問題だろう。


「まおまお、反対してくれるなら、まゆまゆのことは好きにしていいよ」

「ぼく断固反対! 絶対に認めない!」


 内容も聞かずに、真緒くんは固い意志を表明した。


 ――こうして。

 結果は賛成五、反対六で終わり、メンバーの平均年齢が一気に上がるという最悪のシナリオはなんとか免れることができた。

 悠斗も最終的には、「ま、名前なんてこだわらくてもいいか」と納得している様子だった。


 秀ちゃん――広見秀彦氏の処遇については、大人のくせにどうしても入りたいと聞き分けが悪かったので、女子会名誉顧問ということで落ち着いた。

 特別な干渉はしてこない、マスコットみたいなポジションだ。彦にゃんだけに。

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