(12) りある二次会。〜ちょっと幹事、真面目にやってよね!〜 -A part-
各自、泊まることになった旨を家に連絡したところ、保護者たちの反応もわたしたちの見解とまったく同じだった。皆一様に「早起きすれば間に合うだろう」とのことだ。柔軟な方々で助かる。わたしもいつか人の親になったらそういうふうになりたい。
かくして、舞台はダイニングからリビングへと移された。ひっくり返ったちゃぶ台は部屋の隅に寄せて、カーペットの上で車座になるわたしたち。
口火を切ったのは鳴亜梨ちゃんだった。
「で、なにする? トランプでもする?」
「あんまり二次会って感じしないよね」
「そう? じゃあカラオケとかは?」
「そういう気分じゃないかも」
「じゃあ、ハンカチ落とし」
「レクリエーションじゃないんだから」
「高鬼は?」
「天井低いから無理だよ」
「なら外に出てマンション鬼は? エレベーターを駆使した攻防が熱いよね」
「ねぇ、迷惑だよ、鳴亜梨ちゃん……」
「あ、日本人らしく相撲は?」
「土俵がない」
「まわしがない」
「行司がいない」
「四股名がない」
「脂肪もなければ」
「塩も切らしてる」
「ミルメークならあるけど……」
「じゃあじゃあ、デッドスペースを有効活用したかくれんぼ!」
「疲れそう」
「肝試し!」
「面倒くさい」
「腕相撲!」
「小さめの土俵がない」
「指相撲!」
「手のひらサイズの土俵がない」
「……それなら王様ゲームなんてどう?」
そんな鳴亜梨ちゃんの鶴の一声で、王様ゲームが開催されることとなった。
「あ、割り箸ならあるよ。ちょっと待ってて!」
そう言い残し、小走りで居間を出ていく麻由ちゃん。自分の部屋にでも取りに行ったのだろう、十秒と経たずに戻ってくる。その手には割り箸の束が握られていた。
麻由ちゃんはそのまま輪の中心に躍り出ると、こほんと可愛く咳払いをしてみせた。至極真面目な顔で周囲を見回しながら、
「えと、この中に、王様ゲームのルールなんて知らないよ、って方はいますか?」
「ふぁ〜い……」
眠たげに目をこすっていた真緒くんが、あくび混じりの返事とともに手を挙げる。おねむの時間なのだろう。
「わかりました、じゃあさっそくルールを説明しますね! まず、ここに七本の割り箸があります。このうち六本には先っちょに一から六までの数字が書きこまれているんですが、残りの一本は数字の代わりに先が赤く塗りつぶされています。こんなふうに。で、この赤いのが『王様』ですね。そして、『王様だ〜れだ!』の掛け声とともに、一斉に引きます。王様を引いた人は、なんとっ! ほかの一から六の人に命令ができちゃうんです! たとえば、『一番の人と四番の人でポッキーゲームしなさい』というように。これが王様ゲームが王様ゲームたるゆえんですね。以上です。もう一度説明しましょうか?」
ひと通りの説明を終えると、麻由ちゃんは小さな両手いっぱいに握りしめた束を輪の中心に向けて差し出した。
いよいよ、ゲームが始まる――かに思われたのだが。
羽虫が街灯に群がるように手を伸ばすわたしたちを、メガネが制した。
「せっかくだが、僕はマイ箸があるんでね」
言葉通り、懐から割り箸を取り出した。
「でもそれ、印ついてないですよ」
「ふむ。それもそうか」
仕舞った。
――ゲームが始まる。
「王様だ〜れだ!」
一斉に引く。王様は……
わたしだった。
やばい。なんにも考えてなかった。
トップバッターに期待の視線が集まる。
「じゃ、じゃあ、一番の人と四番の人がポッキーゲームで……」
とっさに麻由ちゃんの説明から盗用してしまった。案の定、微妙な空気になる。せめて数字だけでも改変すればよかった。
「柚花ちゃんは、横に『山田太郎』って記入例があったら、そのまま写しちゃうタイプの人だね」
どんなタイプ……。
「ん、一番は俺か」
悠斗が一番のようだ。さて、肝心のお相手は……
「ふぁぁ……あ、四番だ……」
真緒くんだ。
わたしはメンズポッキーの封を開け、あくびを噛み殺す真緒くんの口に差しこんだ。買いこんだお菓子がこんなところで役に立つとは。
「ぽきぽきぽきぽき」
半分寝ぼけているのか、真緒くんは普通に一本食べてしまった。
気を取り直し、今度は悠斗の口に差しこむ――その瞬間を真緒くんは見逃さなかった。餌に食いつく魚のように、真緒くんはポッキーに飛びついた。
「ぽきぽきぽきぽき」
「ちょ、おい、真緒……!」
――ちゅっ。
ポッキーゲームは一瞬で終わった。ふたりの唇が触れあったためだ。
ほのかに顔を赤らめて狼狽している悠斗と、口の周りをチョコで汚して満足そうにうたた寝している真緒くん。
そんなふたりの様子を、どこかぼんやりと、真っ赤な顔をして眺めている麻由ちゃん。……まあ、その気持ちもわからんでもない。今の光景はなんというか、女なのにメンズポッキーをレジに持っていくときに似た、妙な背徳感があった。
「見ちゃいけません」
「ふがっ」
メガネが背後から麻由ちゃんの鼻の穴に指を突っこんだ。
ともあれ、これで第一回戦は終わった。
「で、では引き続き次のくじ引きを始めひゃいと思ひましゅ」
メガネが麻由ちゃんの口の両端を引っ張りゲームの進行を妨げている。
「味気ない」
ぽつりと、メガネはそう漏らした。
「味気ないって?」
「このゲームがだよ。調味料にたとえるなら塩が足りない。単調で、盛りあがりに欠けるんだ」
調味料にたとえた意味はよくわからなかったが、わたしもその意見にはおおむね同意だった。
「そうですか? まだ一回目だし、これから盛りあがっていくと思いますけど……」
「そうは言ってもメガネ、なにか打開策はあるの?」
「そこでだ」
メガネはゆらりと立ちあがると、眼鏡をクイッと押しあげた。
「こんなのはどうだ?」
メガネは説明を始めた。『王様ゲーム・メガネ方式』の説明を――。
「くじ引きは通常通り行う。王様も決める。問題はここからだ。王様は番号ではなく、任意に指定した人物が持っている番号の該当者に、命令ができる」
「えっ? どういうこと?」
「つまりはこういうことだ。そこの君、ちょっと来なさい」
「あたし?」
メガネに手招きされ、鳴亜梨ちゃんは輪の中心に進み出た。
「そこで止まれ。動くな」
「う、うん……」
「仮に僕が王様だとしよう。けれど僕は番号ではなく、彼女、酒本鳴亜梨個人を指定する」
どうやらチュートリアルをしてくれるようだ。
「たとえばこんなふうに。『酒本さんが持っている番号の該当者が、尻文字で好きな食べ物を書け』」
「あたしの持ってる番号の、該当者……」
鳴亜梨ちゃんはさっきのゲームで引いて持ったままだったくじを見た。
「えっと、あたしの持ってる番号は二番だから、二番の該当者は……」
わたしは頭をフル回転させる。鳴亜梨ちゃんの持っている番号は二だ。二番を持っているのは、ええと、鳴亜梨ちゃんだから、鳴亜梨ちゃんだ。よって、該当者は鳴亜梨ちゃんということになる。
「ってことは、あたしが該当者ってこと?」
「そのようですね」
「ふぅん、なるほどね」
鳴亜梨ちゃんは納得したようにうなずくと、お尻を突き出しながら腰をくねらせた。鳴亜梨ちゃんの好物は「あずき」のようだ。
メガネはみんなに向けて演説するように言う。
「ここで注意してほしいのは、僕が命令したのは番号の該当者に対してであって、酒本さんにではない、という部分だ」
なるほど。さすが天才は説明もわかりやすい。
「――いかがかな? 異論のある者は前へ」
異論は出なかった。当然だろう。この変則的なルールであれば盛りあがること間違いなしだ。やはりメガネはすごい。
以降、ゲームはメガネ方式で続けられた。
「王様だ〜れだ!」
次の王様は……
「わ、わたしみたい」
このみちゃんだった。
「…………」
「……このみちゃん?」
なんだかこのみちゃんの様子が少しばかり変だ。じっと黙って俯いて、そのうえ顔も微妙に赤い。何事か考えこんでるようにも見えるけど……。
「どしたん? 平気かいな?」
「……え? あ、うん平気平気、全然平気! ちょっとなにを命令しようか考えてて……」
ははーん、さてはこのみちゃん、なにも考えてなかったな。
「もしかしてこのみちゃんも山田太郎タイプ?」
「ううん、もう決まったから……え、えっと。じゃあ命令するね?」
そう言ったものの、このみちゃんは何度も深呼吸を繰り返し、なかなか命令に踏み切らない。いくらメガネ方式とはいえしょせんゲームなんだから、そんなに緊張することないのに。
数十秒、あるいは数分間に渡る長い沈黙のあと、このみちゃんは意を決したように口を開いた。緊張からか、その顔は最高潮に赤く染まっていた。
「……ゆ、柚花ちゃんの持ってる番号の人が、王様の持ってる王様の人の……ほっぺに、き、きききき、キッス…………で」
後半になるにつれてどんどん声が小さくなっていき、最後のほうはかろうじて聞き取れるレベルだった。
しかし、キッスとはまた、このみちゃんも大胆になったものだ。いったい誰が誰にすることになるのだろう。
「うんと、わたしの持ってる番号の人は……あ、わたしだ」
「わ、わわわわたしはどうかなっ? ……あっ! どうやら王様の人はわたしみたい!」
ふむ。ということは。
「わたしがこのみちゃんのほっぺにキッスすればいいんだよね?」
「う、うん、そうみたい」
「りょーかい」
「……柚花ちゃん、その……いやじゃない?」
「ん? なんで?」
「だって……」
このみちゃんはそれきり沈黙してしまった。
「このみちゃん、わたしがいいことを教えてあげよう」
「……いいこと?」
「欧米諸国ではね、キッスは挨拶みたいなもので、親愛の証なんだって」
言いながら、わたしはこのみちゃんの肩を掴んで、眼前に引き寄せた。
このみちゃんの熱い吐息が頬にかかる。
「ここは日本でわたしは日本人だけど、この気持ちだけは、本当」
このみちゃんのほっぺは、柔らかくて、あったかいマシュマロみたいだった。
「このみちゃんはわたしの、大事な大事な友達だよ」
にっこりと笑いかける。返ってきたのはどこか複雑そうな笑顔だった。
そんなとき、誰かのつぶやきが聞こえた。
「味が濃い……」
鳴亜梨ちゃんだ。
「味が濃いって?」
「このゲームのこと。調味料にたとえるならケチャップの入れすぎ。そこで……」
立ちあがる鳴亜梨ちゃん。
「ここらで趣向を凝らして、新システムを導入しようと思うの」
メガネに対抗してか、そう宣言した。
「どんな?」
「割り箸の代わりに、ポッキーを使います」
先ほど開封したメンズポッキーの箱から、鳴亜梨ちゃんは人数分のポッキーを抜き取り、チョコのかかっていない白い部分を隠すように握ってみんなに向けた。一斉に引く。
「王様だ〜れだ!」
あらわになったのは、ポッキーの白い部分だった。
これでは王様が誰なのかわからない。
「ふふふ、なんと」
鳴亜梨ちゃんは気味の悪い笑みを浮かべて言った。
「この中に一人、王様がいます」
なるほど、手に汗握る心理戦というわけだ。
「あれ? 僕の王冠どこだっけ」
いち早くルールを把握したメガネが真っ先に仕掛けてくる。
王冠を探してる? ということは、メガネが王様!?
「やだなあ、王冠ならさっき食べたじゃありませんか」
このみちゃんが穏やかな口調でたしなめる。
なんだ、ボケていただけか。
「それにしても……あ〜あ、だるいなあ、明日の仮面舞踏会。ブッチしちゃおっかな?」
舞踏会にお呼ばれしてるということは……いや、このみちゃんの性格上、ブッチは考えにくい。
今度はわたしが王様になりきってみる。
「おーい、左大臣ー! あ、そうか。今は左大臣いないんだっけ」
誰もいないのに普段のノリでうっかり呼んでしまい、途端にホームシックになる王様の図だ。王様が一人暮らしを始めたらこんな感じかもしれない。
誰か引っかかるかな?
手応えこそあったものの、リアクションは特に返ってこない。みんな、手強い。
そんな中、鳴亜梨ちゃんがおもむろに立ちあがった。
「これより王位継承式を執り行う。委譲してほしい人!」
――本当に鳴亜梨ちゃんは王様なのか? 保証はない。だけど……
ここは一か八か!
わたしは威勢よく挙手をした。
「はい!」
「残念、あたしは王様ではありません〜」
結局、溶けたチョコで手がベタベタになるだけのゲームだった。気持ち悪かったので鳴亜梨ちゃんの髪でこっそり拭った。鳴亜梨ちゃんは麻由ちゃんの髪で拭っていた。
鳴亜梨方式が採用されることは金輪際ないだろう。
そんなとき、玄関のほうから物音が聞こえた。
「ただいまー……ってうわ。靴がたくさんだ」
どうやら広見家の大黒柱が帰宅したようだ。
突如響いた見知らぬ大人の声に、みんなは些か緊張気味に顔を見合わせている。
「おかえりとうさん。今日は早かったね」
顔を覗かせた父に、娘が声をかける。
広見父はがたいもよく、ぱっと見は「怖い人なのかな?」という印象も受けなくはないが、表情からにじみ出る穏やかな気性は隠せるようなものではない。娘に向ける視線も優しさに満ちている。芸能人にたとえると照英に似ている。
「お帰りなさい」
全員で元気よく出迎える。鳴亜梨方式によってしらけた空気も一気に霧散した。
「おお、これはたまげたな。悠斗の友達かい? 悠斗が友達をつれてくるなんて、はは、珍しいこともあるもんだ。みなさん、出来の悪い息子だが、どうかこれからも仲良くしてやってほしい」
「あの、おじさん……」
「ん? その
「柚花です。あの……」
「おお、そうだったそうだった。懐かしいねえ、はっはっは」
「どもです。で、おじさん……」
「父さん、父親っぽいキャラとか作らなくていいから」
もやもやしていたわたしの胸中を悠斗が代弁してくれた。
「えっ、そうなの? なーんだ。ねーねーみんなそれ王様ゲームやってるんでしょ? ぼくも混ぜてよ!」
急にフランクになった。麻由ちゃんやおばさんと違い、数えるほどしか会う機会のなかったおじさんだが、良くも悪くも当時とまるで変わっていないようで安心した。
「今の王様はお父様ですよ」
鳴亜梨ちゃんの口から衝撃の事実が飛び出す。
「うそっ、まじ? やった!」
スーツ姿のままのしのしと輪に加わる。
「あ、自己紹介がまだだったね。ぼくは
「それで秀彦、王様ゲームの経験は?」
鳴亜梨ちゃんが失礼にもファーストネームで呼び捨てるが、気にしたふうもなく秀彦は答える。
「見くびってもらっては困るな。なんたって麻由と二人で毎晩のように秘密の特訓をしてるからね」
麻由ちゃんに王様ゲームなんて仕込んだのはこの人か。
秀彦さんはにやにやと、舐めるように一同を見渡して、
「ぐふふ、じゃあ命令するよ。六番の人が三番の人に――」
「あ!」
いきなり悠斗が立ちあがる。
「王様ゲームの途中で立ちあがるなんて、親はどういう教育してるんだ」
かきーん、かきーんと声に出して割り箸と菜箸を空中で戦わせていたメガネがその手を休め、親を前に憤慨する。
「父さん頼む、女子会に入ってくれ!」
悠斗……いきなりなにを言いだすのだろう。父親に母親の面影でも重ねてしまったのだろうか?
「女子会? なんだいそれは?」
「俺たち、麻由を含めた七人のチーム名みたいなもんだ。……背に腹は代えられない。今すぐ加入してくれ!」
「それ超面白そうじゃん。よしわかった、じゃあ――」
「待った!」
わたしは慌ててストップをかける。
危ないところだった。悠斗の意図は明白だ。さっきわたしが麻由ちゃんを引き入れたのと同じ。再び女子会の男女比を均衡状態に戻そうとしている。
「ちっ……気づかれたか」
「秀ちゃん。残念ですがあなたの加入は認められません」
「入会可、不可の基準はなんだ? 性別か? 年齢か? 明確な基準を提示しろ」
「それはっ……え、選ばれし者っていうか……」
「リーダーの主観というわけか? 曖昧な基準だな。それは職権濫用に当たるんじゃないのか?」
「くっ……」
反論できなかった。なぜなら、悠斗がなにか難しいことを言っているから。
もどかしさに俯いていると、
「ここは公平を期すため、多数決といきましょう」
メガネがお得意の提案をする。
「少々不利だが……いいだろう」
「……了解」
渋々了承する。男子会になるのも抵抗があるが、それ以上に女子会におっさんを入れたくない。お互いのために。どちらにしろ、女子会の看板をやすやすと明け渡す気はなかった。
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