04:死因と関係者たち

 試されているように感じるし、事実、私を試すために彼女はここにいる。もちろん、仮に私が役立たずだったとしても、彼女は「その程度のもの」と私を認識するだろうし、それで十分ともいえた。私が彼女の役に立つ必要などないのだ。

 ただ、その一方で、アレクシアの口から語られた事件に興味が湧いたのは確かだった。ここから遥か遠く離れた――それは現実としても、私自身の感慨としても――エピデンドラム公爵家で起きた凄惨な殺人事件。

 ここに来てからまるで思い出すこともなかった、エピデンドラム邸の美しさを脳裏に思い描いてみる。そこで行われていたという祝いの席の華やかさと、その奥に秘められていたであろう、泥臭いやり取りも。

 まずは、改めてアレクシアの言葉を咀嚼しなおしてみる。まだ、事件を完全に思い描くには何かが足りていないのだと思う。

「……そうだね。まず、オーブリー卿の死因だけど、短剣による刺殺ということだったね。後ろからかい、正面からかい?」

「正面からずぶりだ。ちょうど、心臓を貫く形になっていたそうだ」

 心臓を貫く一撃。それでは、確かにオーブリー卿であろうとひとたまりもなかったであろう。ことさら憐れむ気になれないのは個人的な感情によるものだが、随分とあっけない死に方をしたものだ、とは思う。

「凶器は短剣で間違いないんだね?」

「どういうことかな」

「例えば、そうだね……、記術スクリプトによる傷である可能性は考えられないかな」

 記術スクリプトを用いた犯罪は世界的にも記術スクリプト適正の低い女王国民の間ではそこまで一般的ではない。しかし精霊女王の血を濃く引く我々貴族クイーンズブラッドにとっては、殺害の手段として十二分にありうる話であると思う。

 とはいえ、アレクシアは私の言葉を一笑に付してみせた。

「そんな、叔父さまじゃあるまいし。ああ、しかし叔父さまのおかげで警察も記術痕スクリプト・サインは確認するようになったらしいな。もちろん記術スクリプトが使われた痕跡はなかったし、傷口は短剣の刀身と一致している、というのが警察の見解だ」

 警察も一時に比べれば随分きちんと捜査をするようになったということか。とはいえ、相手はこの国の頂点に最も近い公爵家だ。捜査しづらさを感じているのは間違いないだろうし、目に見える犯人がいるならば、それで終わりにしてしまいたいところだろう。

 ただ、その一方で、終わりにできないだけの理由があって、だからアレクシアはここにいる。どれだけ私が鈍くても、そのくらいはわかる。

 アレクシアは、落ち着いてこそいるが、ヒルダが犯人であることを疑ってかかっている。実の母が犯人であることを信じたくない、だけなのかもしれないし、何か自分でも言葉にできない違和感を抱えているのかもしれない。

 そして、アレクシアの言葉には私もどこか違和感のようなものを感じている。その正体が掴めるまでは、姉が犯人と決め付けるのは尚早に過ぎる。

「なら、最初に死体とヒルダを見つけたのは誰かな」

「母つきの使用人だ。立食の時間に母が姿を消したことに気づいて探していたところ、休憩のために解放していた一室で、オーブリー伯父上の死体と短剣を持っている血まみれの母を見つけた、ということらしい。……が」

「何か引っかかるところがあるのかい?」

 アレクシアは腕を組み、思案するように沈黙した。けれどそれもごく一瞬のことで、閉ざされた唇はすぐに開かれることになった。

「使用人が第一発見者かというと、疑問が残るのだ」

 その声は、先ほどよりも一段低く聞こえた。

「それ以前に現場を見た人物が他にいたと?」

「見ていたかどうかは定かではない。けれど、もう一人、使用人より前にその場にいたことだけは間違いないのだ」

「もう一人の登場人物、というわけだね。それは誰なのかな」

 アレクシアの目が僅かに伏せられ、長い睫毛が目の上に影を落とす。

「私の、双子の妹だ」

 双子。それは初耳だが、ひとまずアレクシアが話すのに任せることにする。重要なのは、その双子の妹とやらが何を見ていたのか、もしくは何を見ていなかったのか、だ。

「私の妹はニア……、アントニア、というのだが、その日は基本的に母と行動を共にしていた。私もそれは記憶している。ただ、事件直前についてははっきりとしたことはわかっていないのだ。一つだけ確かなことは、使用人が伯父上の死体と母を発見した時、アントニアは部屋のソファの上に寝かされていた、ということ」

「最低でも、その瞬間に意識はなかった、ということだね」

 そういうことだ、とアレクシアは一つ頷く。

「母が伯父上を殺した瞬間も意識を失っていた、と供述している。自分がどうしてそこに寝かされているのかもわかっていなかったようで、とにかく記憶にあやふやな点が多すぎる」

「好意的に見るなら、母が伯父を殺すという事件の凄惨さに衝撃を受けて、その時の記憶を無意識に闇に葬り去った、といったところだろうね」

 そして、穿った見方をするなら、それらが全て嘘で、何か自身に不都合なことを秘匿しているという可能性が考えられるし、そちらの方がよっぽど現実味がある。アレクシアも私の言わんとしていることはわかってくれたのだろう、軽く肩を竦めて言った。

「当然、ニアの供述は真っ先に疑われた。ただ、捜査が進むにつれ、結局ニアが起きていようが寝ていようが、その場で母さまが伯父上を殺した、という理屈以上の説明をつけられそうにない、ということになったのさ」

「凶器を手にした姉さんがそこに立っていた、という状況以上に明白に犯人を指し示すものがない……、か」

 手枷の鎖を指で弄びながら、鉄格子越しのアレクシアを見やる。アレクシアはひとつ頷いて私の言葉を肯定したが、すぐに「しかし」と言葉を続ける。

「ニアは、今もなお、母さまが犯人ではないと信じている。自分がきちんと覚えてさえいれば、とその時のことを悔やんですらいる。わたしは、母さまと、母さまを信じているニアのためにも、ことの真相を知りたいと願っている」

「君が知りたいのではなく?」

「どうだろう。いても立ってもいられなかったのは確かだが、それが本当に『わたしの気持ち』なのかは、わからないままでいるのさ」

 アレクシアは鈍く笑ってみせるけれど、その気持ちを私が共有することはできない。私はどこまでも他人であって、アレクシアやその妹、それにヒルダの感じていることを知ることなどできやしないのだ。

 ただ、気持ちや感情といった目に見えないものではなく、現実に起きた出来事を詳らかにすることなら、試みることができる。

「そうだね。……なら、一つずつ、順番に考えていくことにしようか」

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